日本格闘競技連盟
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| 日本格闘競技連盟 | |
|---|---|
| 設立年 | 2009年 |
| 種類 | 各種格闘技 |
| 関連組織 | 日本レスリング協会 |
| ウェブサイト | |
日本格闘競技連盟は、日本国内における各種格闘技が参加する上部団体である。
目次 |
[編集] 概要
財団法人日本レスリング協会の下部団体である。傘下競技・団体は下記のとおりである。アマチュアも、プロも渾然一体となって含まれている。(レスリング以外は、)オリンピックやワールドゲームズなど各種国際競技会に参加するためのルートがなかった競技が多数を占める。これら競技のこうした大会への参加を、上部団体である日本レスリング協会を通じて行うための組織が当連盟である。日本レスリング協会は、日本体育協会とそこから分離した日本オリンピック委員会(JOC)の両方に加盟しており、当連盟参加者は、オリンピックやアジアオリンピック評議会(OCA)が関連する大会(アジア大会)に出場することができる。
会長を含む役員の多くは日本レスリング協会役員である。また当連盟の各競技の代表も、レスリング出身であった者が多い。また、当連盟役員間で、もともと、別の役員の団体に役員として就任する、すなわち、役員職の回しあいをしているというケースも多い。
[編集] 参加が想定される大会
夏季オリンピックのほかに、1924年以降冬季オリンピックが開催されており、2010年からはユースオリンピックが開催されることが決定している。国際オリンピック委員会 (IOC) は、さらに、5つの大陸の民族の伝統的な格闘技だけを集めた世界大会を構想しているという[要出典]。それら競技は従来はオリンピックなどの埒外であり、大会に出場するための効率的な組織化もされていなかった。
- 第1回アジアマーシャルアーツゲームズ(連盟発足前、2009年8月1日 - 8月9日、タイ・バンコク市。後述する「ワールドマーシャルアーツゲームズ」のアジア版)
- 第3回アジアインドアゲームズ(2009年11月、ベトナム・ハノイ市)
- 第1回ワールドマーシャルアーツゲームズ(2010年8月末、中国・北京市。GAISF主催。ワールドゲームズの格闘技版)
[編集] 沿革
- 2009年10月20日 設立
[編集] 趣旨
(日本)国内における格闘競技の団体との繋がりを強化し、それぞれの団体が協力しながら普及・発展・強化し、競技人口の増大を計り、ひいては他国に対して影響力とイニシアチブを持ち、世界をリードする団体に成長し、世界の平和に寄与すること。
[編集] 役員・参加競技・団体
| 大別 | 競技名 | 解説 | 当連盟への所属団体 | 団体webサイト | 当該団体会長名 | 会長の他役職 | 現役時戦績 | 当連盟での役職 | 当該団体のその他の役員で、当連盟で役職に就く者 |
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| レスリング派生競技 | レスリング | 財団法人日本レスリング協会 (JWF) | [1] | 福田富昭 | 国際レスリング連盟(FILA)副会長、日本オリンピック委員会常務理事・選手強化本部長。アテネオリンピック (2004年) 日本選手団総監督。実業家(ユー・エイチ・アイ システムズ社長、ユニマット元社長など) | フリースタイルのレスリング選手として、レスリング世界選手権・全日本レスリング選手権大会で優勝(共に1965年) | 会長 | ||
| kurash | ユーラシア内陸部トルキスタンで伝承される組み技格闘技。ウズベキスタンでは国技に相当。似た名のキックボクシング興行とは無関係 | 日本クラッシュ協会 | [2] | 今泉雄策 | 全国少年少女レスリング連盟(日本レスリング協会傘下団体)会長。日本レスリング協会副会長。財団法人スポーツ会館会長。修斗今泉堅太郎の父、サンボ今泉斉介の叔父 | (フリースタイルのレスリング選手として、レスリング世界選手権優勝(1963年)、全日本レスリング選手権大会優勝3回(1960, 1961, 1963)) | 常務理事 | ||
| コンバットレスリング | レスリングに関節技と絞め技を加えた競技。総合格闘技から打撃を除いた競技。 | 日本コンバットレスリング連盟 | [3] | 木口宣昭 | 全国少年少女レスリング連盟(日本レスリング協会傘下団体)副会長。日本修斗協会副会長。日本レスリング協会総合格闘技委員会代表。 | (グレコローマンのレスリング選手として、レスリング全米選手権、全日本学生レスリング選手権優勝) | 理事 | ||
| パンクラチオン | 国際レスリング連盟が推進しようとしている総合格闘技。古代ギリシアの同名競技にあやかって命名された | 日本パンクラチオン協会 | [4] | 北出雅人 | 頂上会テアゲネス館長、日本O-SPORT連盟会長、FAOS東アジア連盟 副会長、日本ムエタイ協会選手強化委員長 | (K-1モンスターチャレンジ'99準優勝、国体デモンストレーション行事 武術優勝、他、極真など多数) | 理事 | ||
| シルム(ベルトレスリング) | 韓国の国技 | 日本ベルトレスリング連盟 | (不明) | 事務局長田中弘済が当連盟理事 | |||||
| SRC | PRIDEの後継興行。2008年旗揚げ | 日本総合格闘技協会 | [5] | 福田富昭 | (前掲) | ||||
| ワールドビクトリーロード | [6] | 菅原邦夫(社長) | (選手ではない) | 理事 | 広報担当國保尊弘が常務理事 | ||||
| 柔術・修斗 | 修斗 | 打撃・組み技を組み合わせた総合格闘技。プロもアマチュアも盛ん | インターナショナル修斗コミッション | 浦田昇(コミッショナー) | (フリースタイルのレスリング選手。全日本学生レスリング選手権大会優勝2回(1961, 1962年)) | (当連盟の役員ではない) | |||
| 日本修斗協会 | [7] | 草柳和宏 | (当連盟の役員ではない) |
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| ブラジリアン柔術 | 特殊なポジショニング技術が発達し、祖である柔道とは別競技となっている。プロもアマチュアも盛ん。 | 一般社団法人日本ブラジリアン柔術連盟 | [8] | 中井祐樹 | パレエストラ代表 | 柔術黒帯(日本人として初)、修斗ウェルター級第3代王者。七帝柔道(北大) | (当連盟の役員ではない) |
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| ヨーロピアン柔術 | ワールドゲームズの競技種目 | 全日本柔術競技連盟 | [9] | 原田貞朋 | 国際糸東流空手道聖心会宗家、財団法人全日本空手道連盟学生連盟役員 | (大学時代より体育会で空手を実践) | 理事 | ||
| 立ち技 | ムエタイ | タイの伝統武術 | 一般社団法人日本ムエタイ協会(WMF-J) | [10] | 鴇稔之 | 世界ムエタイ連盟日本代表、新日本キックボクシング協会理事 | (キックボクシング(MA日本連盟)・日本バンタム級王者) | 常務理事 | 協会副会長猪股敢兒が理事 |
| シラット | インドネシアの伝統武術 | 日本プンチャック・シラット協会 | [11] | 早田恭子 | 宗教法人日本ムスリム協会理事 | 理事 | |||
| その他総合格闘技団体 | パンクラス | プロ・アマチュアそれぞれに門戸を開く総合格闘技団体 | 株式会社パンクラス | [12] | 坂本靖(社長) | (選手ではない) | 理事 | ||
| ZST | リングスの後継興行 | ZST | [13] | 山城裕之(代表) | 株式会社しんわ(介護) | ZSTで3戦1勝1敗1分 | (当連盟の役員ではない) | 大会統括・広報上原譲が理事 | |
| スポンサー | 安田隆夫 | ドン・キホーテ会長・CEO。SRC・修斗などのプロ大会の大口スポンサー | (選手ではない) | 副会長 | |||||
| 太刀川恒夫 | 東京スポーツ新聞社会長。日本レスリング協会副会長。アマチュアレスリングの支援者。各種のプロレス興行を多く主催。児玉誉士夫秘書 | (選手ではない) | 副会長 | ||||||
| 石﨑由則 | 産業廃棄物処理会社石崎産業(アイザック)経営。アマチュアレスリングの支援者。 | 副会長 | |||||||
| 浅井和子 | 弁護士。日本総合格闘技コミッション(SRC)委員。『民間大使ガーナへ行く』 ISBN 978-4286023540 | (選手ではない) | 監事 | ||||||
なお、前掲の第1回アジアマーシャルアーツゲームズ(2009年8月)の開催競技は次の通りであった。
- 柔道(当連盟とは無関係)
- テコンドー(当連盟とは無関係)
- 空手道(当連盟とは無関係)
- ムエタイ
- キックボクシング(日本代表参加せず)
- Kurash(日本代表参加せず)
- 柔術(日本代表参加せず)
- 中国武術・功夫(日本代表参加せず)
- シラット(日本代表参加せず)
[編集] この団体の意味
アマチュア団体(日本レスリング協会)がプロ団体を傘下に収めるという異例の事態である(珍しいことではあるが、サッカー協会などの例もあり、皆無ではない)。しかし福田会長をはじめとする協会幹部はPRIDEが存在していたころからこの構想を持っており、SRC(戦極)発足時には直接的に関与した。
以下のような、過去にもめごとを起こした団体同士がともに当連盟に集っている。
- 修斗対パンクラス - 2002年5月11日のパンクラス興行に修斗選手が参戦することを巡り、諍いが起こった。修斗では「パンクラスの大会に出場した選手は修斗ライセンス剥奪(交付していない場合は今後の交付不許可)」という決定をした。しかしいつの間にかその決定は無きものになっている。ワールドパンクラスクリエイトが崩壊し現会社に移行する前後に、修斗選手がパンクラスに普通に出場するようになり、2009年11月23日の修斗にパンクラス選手が大挙して出場。
- 修斗対SRC - 2008年末、SRCが企画した「戦極育成選手トライアウト」で、合格した育成選手への報償として「アマチュア修斗への出場をコーディネート」と発表したが、これは修斗側の了承を経ないものであった。両者が協議し、2009年2月ごろ和解し共同でビジネスを企画することとした。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月19日 (木) 22:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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