日本生命硬式野球部
日本生命硬式野球部の最新ニュースをまとめて検索!
| チーム名(通称) | 日生、日本生命 |
|---|---|
| 加盟団体 | 日本野球連盟 (社会人野球) |
| 加盟区分 | 企業チーム |
| 創部 | 1929年 |
| チーム名の遍歴 | 日本生命(1929年~ ) |
| 本拠地自治体 | 大阪府大阪市 |
| 練習グラウンド | 日本生命千里山グラウンド(大阪府吹田市) |
| チームカラー | 赤色 |
| 監督 | 杉浦正則 |
| 都市対抗出場回数 | 51回 |
| 都市対抗最近の出場 | 2009年 |
| 都市対抗最高成績 | 優勝 |
| 日本選手権出場回数 | 28回 |
| 日本選手権最近の出場 | 2009年 |
| 日本選手権最高成績 | 優勝 |
| クラブ選手権出場回数 | ※出場資格なし |
| クラブ選手権最近の出場 | |
| クラブ選手権最高成績 |
日本生命硬式野球部(にほんせいめいこうしきやきゅうぶ)は、大阪府大阪市に本拠地を置き、日本野球連盟に所属する社会人野球チームである。(練習グラウンドは大阪府吹田市に所在。)
歴史は古く、創部は戦前1929年までさかのぼる。戦後、大阪のみならず西日本を代表する名門チームとして、プロ野球選手を多数輩出。また、ミスターアマ野球こと杉浦正則投手(現・監督)のように、日本代表選手も多数送り出している。
都市対抗野球は歴代チーム中最多の51回、日本選手権も28回(パナソニックの31回に次ぐ記録)の出場を誇る。選手の補強は保険会社である側面から、基本的に大卒者であることが条件であるが、福留孝介のようにプロ入り前提で一時的に入社を許可した特例もあった。
目次 |
[編集] 設立・沿革
- 1929年 創部
- 1953年 都市対抗野球大会初出場
- 1974年 日本選手権初出場(第1回大会)
- 1985年 都市対抗野球大会初優勝
- 1990年 日本選手権初優勝
- 1997年 都市対抗野球3度目の優勝
- 2002年 日本選手権2度目の優勝
[編集] 主要大会の出場歴・最高成績
- 都市対抗野球大会 出場51回、優勝3回(1985,92,97年)
- 日本選手権 出場28回、優勝2回(1990、2002年)
- JABA東京スポニチ大会 優勝6回(1951,55,59,68,71,97年)
- JABAベーブルース杯争奪大会 優勝1回(1965年)
- JABA京都大会 優勝8回(1950,62,91-93,96,2003,06年)
- JABA岡山大会 優勝8回(1959-61,72,84,86,2003,04年)
- JABA四国大会 優勝4回(1978,88,93,94年)
- JABA高砂市長杯争奪大会 優勝1回(2002年)
- JABA広島大会 優勝1回(2002年)
[編集] 主な在籍選手
- 土井善和投手兼任コーチ(シドニーオリンピック日本代表)
[編集] 主な出身プロ野球選手
- 新谷博投手(1991年西武ドラフト2位→日本ハム)
- 大島公一内野手(1992年近鉄ドラフト5位→オリックス→東北楽天)
- 仁志敏久内野手(1995年読売ドラフト2位→横浜)
- 福留孝介内野手(1998年中日ドラフト1位→シカゴ・カブス)
- 下山真二外野手(2002年大阪近鉄ドラフト8巡→オリックス)
- 佐藤充投手(2003年中日ドラフト4巡)
- 渡辺亮投手(2005年阪神大学生・社会人ドラフト4巡)
- 下敷領悠太投手(2007年千葉ロッテ大学生・社会人ドラフト5巡)
- 大島洋平外野手(2009年中日ドラフト5位)
[編集] 関連項目
|
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年12月2日 (水) 16:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【日本生命硬式野球部】変更履歴

