日本触媒

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株式会社 日本触媒
NIPPON SHOKUBAI CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 4114 1956年11月12日上場
大証1部 4114 1952年5月6日上場
略称 日触
本社所在地 〒541-0043
大阪府大阪市中央区高麗橋四丁目1番1号
興銀ビル
電話番号 06-6223-9111
設立 1941年(昭和16年)8月21日
(ヲサメ合成化学工業株式会社)
業種 化学
事業内容 基礎化学品事業
機能性化学品事業
環境・触媒事業
代表者 近藤 忠夫(代表取締役社長)
資本金 165億29百万円
売上高 連結:2,891億02百万円
単独:2,078億70百万円
(2009年3月期)
総資産 連結:3,029億48百万円
単独:2,466億36百万円
(2009年3月31日現在)
従業員数 連結:3,290名 単独:1,798名
(2008年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 住友化学(株) 10.41%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 6.46%
新日本石油(株) 5.69%
(2009年3月31日現在)
主要子会社 日宝化学(株) 66.9%
日本ポリエステル(株) 98.1%
日触物流(株) 100%
日本乳化剤(株) 100%
関係する人物 八谷泰造(創業者)
外部リンク http://www.shokubai.co.jp/
特記事項:東京本社東京都千代田区内幸町一丁目2番2号 日比谷ダイビル
  

ファイル:Kogin osaka.JPG 株式会社 日本触媒(にっぽんしょくばい、英称:Nippon Shokubai Co., Ltd.)は大阪市中央区高麗橋と東京都千代田区内幸町に本社を置く化学品製造企業である。1941年創業。

目次

[編集] 概要

創業者であり、日本の石油化学工業の第一人者としてもその名を知られる八谷泰造により1941年に大阪・桃谷にて「ヲサメ合成化学工業株式会社」として設立される。設立当初からまだ知名度が低かったバナジウム触媒を目指すなど、当時としては珍しい企業でもあった。

やがて戦後1949年に日本触媒化学工業株式会社に社名を改称。この先の石油化学工業の飛躍的発展を見越して、当時富士製鉄の社長だった永野重雄からの出資に成功すると、酸化エチレンアクリル樹脂ポリエステルなどの開発事業で成功をおさめると共に、この酸化エチレンやアクリル樹脂などの事業が、現在に至るまで同社の事業の根幹を支え続けている。また高吸水性樹脂の分野でも、世界トップシェアを持っている。

テクノアメニティーを理念として掲げている。テクノロジー(技術)でアメニティー(快適さ)を人々に提供していこうという意味である。

[編集] 事業所

  • 本社:大阪、東京
  • 研究所:基盤技術研究所(吹田、筑波、姫路)、先端材料研究所(吹田、姫路)、機能性化学品研究所(吹田)、電子情報材料研究所(吹田、筑波)、触媒研究所(川崎、姫路)、吸水性樹脂研究所(姫路)
  • 製造所・工場:川崎、姫路、吹田、愛媛
  • 海外事業所:アメリカ、シンガポール、インドネシア、ベルギー、中国

[編集] 沿革

  • 1941年 - ヲサメ合成化学工業株式会社設立
  • 1949年 - 社名を日本触媒化学工業株式会社に改称
  • 1970年 - プロピレン酸化法によるアクリル酸、アクリル酸エステルを日本で初めて工業化
  • 1974年 - 自動車触媒製造開始
  • 1985年 - 高吸水性樹脂本格製造開始
  • 1991年 - 社名を株式会社 日本触媒に改称
  • 1997年 - ダイオキシン類分解触媒製造開始

[編集] 製品

主な取扱商品はアクリル酸と高吸水性樹脂。

  • 世界のアクリル酸製造能力の55%のシェアを持つが、自社のアクリル酸の世界シェアは15%で世界3位である。このギャップはどこから生まれてくるかというと、この会社では世界の化学メーカーにライセンシングを行なっており、その全ての製造能力を合計するとこのような数値となる。
  • 高吸水性樹脂においては世界シェア25%(世界第一位)を取得しており、単純に言い換えると世界中の紙おむつの吸水ポリマーの4分の1はこの会社で製造されたものである。またこの吸収剤は体積の1000倍の水を吸収保持する特性があることから、砂漠にポリマーを埋めて吸水させて植物を植え、砂漠の緑化を行なうプロジェクトが計画されている。
  • この会社の名前にある「触媒」が示すとおりダイオキシン分解触媒や自動車排気ガスの排煙触媒の製造も行なっている。この会社では触媒となる化学品の製造を行なっており、それが適用されるフィルターは製造していない。この触媒付フィルターの中に排煙を通すことで、内部での化学反応が促進され、汚染物質が除去されるという仕組みである。

[編集] CM

1991年製作のCMで台湾の映画監督侯孝賢を、続く1992年製作のCMではフィンランド映画監督アキ・カウリスマキを、それぞれCMディレクターとして起用し、話題を呼んだ。当時番組スポンサーだった「鶴瓶上岡パペポTV」(よみうりテレビ)などでCMが放送されていた。

[編集] スポンサーについている番組

[編集] 関連事項

高杉良の『炎の経営者』(サンケイ出版、1986年)は、1950年11月、社長の八谷泰造が寝台特急筑紫に乗り込み、富士製鉄(現:新日本製鐵)社長永野重雄に出資を依頼するシーンから始まる。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月13日 (金) 09:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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