日本電建
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 未上場
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| 本社所在地 | 東京都中央区八重洲2丁目10番12号 |
| 代表者 | 小佐野隆正 |
| 資本金 | 60億4,560万円 |
| 売上高 | 186億1,400万円 |
| 決算期 | 3月 |
| 主要株主 | 国際興業株式会社 |
| 関係する人物 | 小佐野賢治 田中角栄 |
| 特記事項:データは全て大東建託へ譲渡前の2001年3月期のもの。 | |
日本電建株式会社(にほんでんけん)とはかつて存在した住宅メーカー。主に木造住宅を手がけた。東京都中央区に本社を置き、全国に支店網を築いていた。国際興業グループの一つであったが、2002年に大東建託へ建築部門を譲り渡し、国際興業グループを離れた。
目次 |
[編集] 沿革
- 1961年:田中角栄が経営入り。
- 1965年:小佐野賢治が田中角栄より譲り受け、国際興業グループ入り。
- 1973年:プロゴルファー青木功が契約プロとなる。
- 2002年:大東建託へ建築部門を譲渡し国際興業グループを離れる。新日本電建へ社名変更。
[編集] 概要
日本電建は、当時一般的でなかった住宅・建物を月賦で販売する方法を積極展開し、一時は住宅販売のトップ企業であった。しかし組合活動が激化し弱体化していた。そのころ、田中角栄が全株を所有していたが、1965年に田中角栄に請われる形で小佐野賢治が譲り受ける。その後日本電建は再建を果たし業界トップの地位に返り咲いた。 2002年に大東建託へ建築部門を譲り渡すこととなり、国際興業グループを離れる。大東建託への譲渡後、「新日本電建」と社名を変更、更に2003年「大東住託」と社名変更した。
なお、プロゴルファーの青木功は日本電建の所属プロだったこともある。
[編集] 関連項目
- 殖産住宅相互 - 日本電建とともに「割賦三社」とよばれたかつての住宅販売大手。
- 太平住宅 - 日本電建とともに「割賦三社」とよばれたかつての住宅販売大手。
- 国際興業バス西浦和営業所 - 路線内に「白鍬電建住宅」というバス停名が残る。
[編集] 参考文献
- 大下英二著「政商」
- 不動産流通研究所「R.E.port2002年3月8日」
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最終更新 2009年11月22日 (日) 15:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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