日産・チェリー
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日産・チェリー (CHERRY) は、かつて日産自動車が販売していた乗用車である。
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[編集] 概要
チェリーは、もともと、日産自動車と合併以前のプリンス自動車工業にて次世代の量産の前輪駆動(FF)車として開発されていた車種であり、1966年8月に日産自動車と合併した後も引続き旧プリンス出身の日産社員を中心に開発が続行され、1970年に日産初の量産前輪駆動(FF)車として発売された。
エンジン・トランスミッションはBMC・ミニと同様、エンジン横置、ブロックの真下にトランスミッションを置く二階建てで、いわゆるBMC式、あるいはイシゴニス式と呼ばれるレイアウトであった。
1978年の3世代目へのモデルチェンジに際し、車名がチェリーからパルサーへの変更後も、しばらくの間、スカイラインやローレルと同様に旧プリンス出身の日産社員を中心に車両開発されていた。
車名の由来は、「桜」を示す英語「Cherry」から。
[編集] ディーラー網
新規車種のチェリーの発売に際して、日産の新たな販売系列として「チェリー店」が設立される事となり、「チェリー店」の設立には、1970年10月をもって自社ブランドの軽自動車「コニー」の生産販売から撤退した日産自動車グループの愛知機械工業の販売系列の「コニー店」の大半が、「日産コニー○○販売」から「日産チェリー○○販売」に社名変更した上で「コニー店」から「チェリー店」に鞍替えして設立されている。
「チェリー店」の取扱車種には、主力車種のチェリーの他に、上級車種のバイオレット、チェリーの名を冠したチェリーキャブ(後のチェリーバネット)が投入され、1977年にはチェリー店で取り扱われていたバイオレットがバイオレットの兄弟車種として発売されたオースターに取扱車種が変更、1978年には主力車種のチェリーの3代目へのフルモデルチェンジを機にパルサーへ車名変更され、1980年には高級車種のレパードTRXが投入された。
しかし、1978年の3代目へのフルモデルチェンジの際に、それまでのチェリーからパルサーに車名変更された後も、販売系列の「チェリー店」の名称や販売会社名の「日産チェリー○○販売」の名称が変更される事も無かったが(広告上では「パルサー販売」「パルサー販売会社」「日産チェリー販売会社」と表記)、1980年代後半に「チェリー店」の取扱車種が「プリンス店」と共通化されて、全国各地の大半の「チェリー店」が同じ地域の「プリンス店」との合併・統合が相次いで「チェリー店」の店舗が少数となり、1999年には「サニー店」と統合されレッドステージ店となった。
[編集] 歴史
[編集] 初代 E10型(1970-1974年)
| 日産・チェリー(初代) | |
|---|---|
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4ドアセダン
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| 乗車定員 | 5名 |
| ボディタイプ | 2/4ドア セダン 3ドア クーペ 3ドア ライトバン |
| エンジン | A12型(ツインキャブ)直列4気筒 OHV 1171cc(80ps/6400rpm 9.8kgm/4400rpm) |
| 変速機 | 4速手動 |
| 駆動方式 | FF |
| サスペンション | 前:ストラット式独立/コイルばね 後:セミ・トレーリングアーム式独立/コイルばね |
| 全長 | 3610mm |
| 全幅 | 1470mm |
| 全高 | 1380mm |
| ホイールベース | 2335mm |
| 車両重量 | 670kg |
| 最高速度 | 160km/h |
| データモデル | 4ドア1200X-1(1970年) |
| -このスペック表は試行運用中です- | |
- クラス的にはカローラやサニーに代表されるいわゆる「大衆車」クラスよりもやや下に属し、日本国内では、初めて自動車を持つ若者や、軽自動車からの乗り換え需要を主なターゲットとした。
- 搭載エンジンは直列4気筒OHV1000cc A10型、および直列4気筒OHV1200cc A12型ツインキャブ仕様(X-1)の2機種。サスペンションは前ストラット、後セミ・トレーリングアームの4輪独立で、前後ともコイルスプリングを用いた。
- 当初は4ドアセダンおよび2ドアセダンのみの設定であった。
- ボディスタイルは、丸みを帯びた凝縮感の強いもので、シンプルながら強い個性を持っていた。サイドウインドウの形が特徴的で、前、後をあわせると目の形に似ていたため「アイライン」と称された。また、Cピラーの造形は、日本らしさを特徴とした車とするため富士山をモチーフとしたとも言われ、車名を「フジ」とすることも検討されたという。
- 1970年 第17回東京モーターショーに、チェリーをベースとするコンセプトカー「270X」を出品。
- 1971年9月 3ドアクーペ追加。冷却ファンがベルト駆動から電動に改められる。
- 1972年3月 A12型シングルキャブ仕様 及び3ドアバン追加。バンのリアサスペンションはセダンと異なりリーフ式リジットであった。(バンは当時業務提携していたいすゞ自動車藤沢工場で生産されていた)。
- 1972年4月 レース・ド・ニッポンに「クーペ」が参戦。その他の国内レースにも日産ワークスとして参戦した。
- 1972年6月 マイナーチェンジ。前後バンパーの大型化、およびセダン系のテールランプの大型化など。
- 1973年3月 オーバーフェンダー付の「クーペ1200X-1・R」追加。
- 1974年9月に上級クラスに移行した「チェリーF-Ⅱ」が発売された後も、初代モデルは日産のラインナップの下端を受け持つ車種としてしばらくの間F-Ⅱと併売された。生産中止後、その市場を直接受け継ぐモデルは長らく現れず、1982年にマーチが発売されるまで日産では1000ccクラスは空白となった。
- 1976年 アクロポリスラリーにプライベーターの手により参戦。
[編集] 2代目 F10型(1974-1978年)
| 日産・チェリーF-Ⅱ(2代目) | |
|---|---|
| 乗車定員 | 5名 |
| ボディタイプ | 2/4ドアセダン 3ドア クーペ 3ドア ライトバン |
| エンジン | A14型(シングルキャブ)直列4気筒 OHV 1397cc(80ps/6000rpm 11.5kgm/3600rpm) |
| 変速機 | 4速手動 |
| 駆動方式 | FF |
| サスペンション | 前:ストラット式独立/コイルばね 後:セミ・トレーリングアーム式独立/コイルばね |
| 全長 | 3825mm |
| 全幅 | 1500mm |
| 全高 | 1375mm |
| ホイールベース | 2395mm |
| 車両重量 | 755kg |
| 最高速度 | 160km/h |
| データモデル | 4ドア1400GL(1974年) |
| -このスペック表は試行運用中です- | |
- 1974年9月 フルモデルチェンジ。サブネームが付き正式には「チェリーF-Ⅱ」となった。
- 初代よりも上級クラスに移行し、同じ日産ではサニーとほぼ同じクラスとなる。
- 機構的には初代を踏襲しており、A型エンジン、2階建てレイアウトの駆動系、前ストラット、後セミ・トレーリングアームの4輪独立懸架などを受け継いでいる。
- 搭載エンジンは旧来のA12型に加え、1400cc のA14型が追加された。一方、1000ccのA10型は姿を消した。
- ボディバリエーションは4ドアセダン、2ドアセダン、3ドアクーペ及びバンの4種類。寸法的には、全長、全幅、ホイールベースがそれぞれ215mm、30mm、60mm拡大された(4ドア)。
- 初代チェリーはシンプルでありながら強い個性を持ったボディスタイルもその大きな特徴であったが、F-Ⅱではそのどちらも影を潜め、当時の他の日産車によく似た没個性的なボディスタイルとなった。一方で、初代(特にクーペ)は後方視界が劣悪であったが、これは幾分改善された。
- 1975年10月 1400が排出ガス50年規制に適合
- 1975年12月 1200が51年規制に適合
- 1976年2月 1400が51年規制に適合。
- 1976年3月 ツインキャブレター装着の1400GXツイン発売
- 1977年11月 「スポーツマチック」と称する3速セミオートマチックトランスミッション搭載車が設定される。
- 1977年2月 マイナーチェンジ。
- 1978年 スウェディッシュラリーにプライベーターの手により参戦。
- 1978年5月 チェリーの後継モデルとしてパルサー(N10型)が登場し、4ドアセダンが廃止。
- 1978年9月 パルサーに3ドアハッチバック(チェリーF-II2ドアセダンの後継モデル)及びクーペ(チェリーF-IIクーペの後継モデル)が追加され、チェリーはおよそ8年の歴史に幕を下ろした。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月11日 (日) 12:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【日産・チェリー】変更履歴







