日産・パルサー

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パルサー (PULSAR) は、日産自動車1978年から2000年まで製造、販売していた小型乗用車である。

目次

[編集] 概要

4ドアセダンからスタート。その後ハッチバッククーペライトバンが設定された。その生涯を一貫してヨーロピアンイメージの小型車として開発/生産された。

[編集] 沿革

[編集] 初代 N10型(1978年-1982年)

日産・パルサー(初代)
N10型
3ドアクーペ
 
 
 
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メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1978年-1982年
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 3ドアクーペ
4ドアセダン
3/5ドアハッチバック
5ドアライトバン
 
ハイブリッド {{{ハイブリッドシステム}}}
 
エンジン A14型(シングルキャブ)水冷直列4気筒OHV1397cc(80ps/6000rpm 11.5mkg/3600rpm)
 
モーター {{{モーター}}}
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 5速手動
3速半自動
 
駆動方式 エンジン横置き前輪駆動
 
サスペンション 前:ストラット/コイル
後:セミ・トレーリングアーム/コイル
 
全長x全幅x全高 3,940x1,620x1,360mm
 
全長 {{{全長}}}
 
全幅 {{{全幅}}}
 
全高 {{{全高}}}
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース 2395mm
 
車両重量 840kg
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
燃費 {{{燃費}}}
 
ステアリング位置 {{{ステアリング位置}}}
 
データモデル 4ドア1400TS-G(1978年)
 
 
本体価格 {{{本体価格}}}
 
別名 {{{別名}}}
 
先代 日産・チェリーF-Ⅱ
 
後継 {{{後継}}}
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車 {{{同車台}}}
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 
1978年5月
チェリーF-Ⅱ(F10型、1974年発売)の後継車種としてN10型パルサー登場。
発売当初はファストバック(2ボックス)スタイルながら、独立したトランクを持つ4ドアセダンのみ。エンジンは直列4気筒OHV1200/1400ccのA12/A14型。駆動系の配置は、エンジン、トランスアクスルを上下(2階建て)に配するイシゴニス式。サスペンションは前ストラット、後セミ・トレーリングアームの四輪独立で、スプリングは前後ともコイルスプリングを用いるなど、機構的には先代のチェリーF-Ⅱを踏襲している。また、1400cc車には独特のH形ゲートを持つクラッチレス[1]MT(あるいはセミAT)「スポーツマチック」車も引き続き設定された。デビュー時の広告では、パルサーを中心に、欧州を代表する小型FF車フォルクスワーゲン・ゴルフルノーサンクミニを並べ、「パルサー・ヨーロッパ。」と謳っていた。
1978年9月
3ドアハッチバック、3ドアクーペ及びA14E電子制御燃料噴射(ニッサンEGI)付きエンジン搭載車を追加発売する。
1978年11月
パルサーバン発売。
コストと耐久性を重視してリアサスペンションをリーフ・リジット式とするのが常であるバンモデル(前身のチェリー・バンもリーフ・リジット式であった)としては珍しく、横置きトーションバー・スプリングを用いたフル・トレーリングアーム式独立懸架を採用していた。スペース効率に優れたこのサスペンションにより、超低床レイアウトを実現し、荷室は、小さな外寸にそぐわない天地に広い空間を構築していた。また、その超低床レイアウトを生かすべく、バックドアは開口見切りを大きく下げており、結果リアバンパーは極端に天地に薄いものとなっていた。
1979年8月
パルサーバンが昭和54年排出ガス規制適合によりN11型系車となる。
1979年9月
5ドアハッチバックを追加。
基本的に4ドアセダンと同じスタイルのボディに、3ドアハッチバックと同じリアゲートを組み合わせたもので、4ドアセダンに比べリアシートのバックレストが可倒式になり実用性が増した。また、トランクの開口部が上方向に広がったが、開口部下端は4ドアセダンのバンパーレベルからテールランプ上端に上がった。
1980年2月
サンルーフ付車追加。
1980年5月
マイナーチェンジ。角型ヘッドライトを採用。4ドアセダン廃止。
1981年3月
2度目のマイナーチェンジを実施。
エンジンが、直列4気筒SOHCE型に変更される。排気量は1300と1500ccで、型式はそれそれE13、E15型である。駆動系の配置は、エンジン、トランスアクスルを直線状に配するジアコーサ式となる。同時にトルクコンバータプラネタリーギアを用いた一般的な構造の3速フルATが開発され、「スポーツマチック」は廃止。また、バンの基本型式がN10型に戻った。モデル末期に大掛かりな機構の変更がなされたが、これは同年10月に発売のB11型サニー(同車初の前輪駆動)のパイロットモデルとしての役割を果たす為であった。

パルサーはレース活動が活発で、クーペによるワンメイクレースが開催された。1981年にはRACラリーに参戦。


[編集] 2代目 N12型(1982年-1986年)

日産・パルサー(2代目)
N12型
セダン GL
 
 
 
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メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1982年-1986年
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
4ドアノッチバックセダン
2ドアノッチバッククーペ
 
ハイブリッド {{{ハイブリッドシステム}}}
 
エンジン 直列4気筒1.5L E15ET/E15E/E15S
1.3L E13S
直列4気筒ディーゼル1.7L CD17
 
モーター {{{モーター}}}
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 3AT/4MT/5MT
 
駆動方式 FF
 
サスペンション
 
全長x全幅x全高 3,960x1,620x1,390mm
 
全長 {{{全長}}}
 
全幅 {{{全幅}}}
 
全高 {{{全高}}}
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース 2,415mm
 
車両重量 785kg
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
燃費 {{{燃費}}}
 
ステアリング位置 {{{ステアリング位置}}}
 
 
 
本体価格 {{{本体価格}}}
 
別名 {{{別名}}}
 
先代 {{{先代}}}
 
後継 {{{後継}}}
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車 {{{同車台}}}
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 
1982年4月
N12型にモデルチェンジ。ボディタイプは3ドアおよび5ドアハッチバック、2ドアノッチバッククーペのラインナップ。クーペはグレード名を「EXA(エクサ)」シリーズとし、角型2灯式のリトラクタブルヘッドランプを採用していた。
1982年6月
4ドアサルーン(セダン)を追加発売。エンジンはE13S/E15S(キャブレター仕様)/E15E(EGI仕様)を搭載。
1982年10月
パルサーエクサ特別仕様車発売。
1983年5月
E15ET(ターボ仕様)とディーゼルのCD17を追加及び一部改良。一部グレードに日本初のドアミラーを装備。
1983年7月
日産とイタリア アルファ・ロメオとの技術提携により「アルファロメオ・アルナ」(合弁会社名「Alfa Romeo e Nissan Automoveicoli S.p.A」に由来)が登場。ヨーロッパで販売された。ボディ形状は3ドア/5ドアハッチバックのみで、フロントおよびリアの意匠がパルサーと異なるほか、エンジンはアルファ・ロメオ製の「スッド」由来の水平対向4気筒・SOHCエンジンを搭載していた。
1984年3月
マイナーチェンジ。3ドアハッチバックの1500cc車をアルファ・ロメオと提携したモデル「ミラノX1」シリーズとする。
1985年2月
特別仕様車1300 5ドア TCスペシャルXV及びTS-GスーパーエクストラXV発売。
1985年5月
「3ドアハッチバック1300ELLE-S」、および「3ドアハッチバック1500ミラノX1 ホワイト・ミラノ仕様」を設定。ターボチャージャーの冷却方式を水冷式に変更。パルサーエクサコンバーチブルを100台限定発売。
1985年9月
特別仕様車1300 4ドアTCスペシャルXV発売。
1985年12月
アルファシリーズ追加。
1986年
アルファ・ロメオ アルナ生産終了。
1986年5月
セダン、ハッチバックはN13型にモデルチェンジされるも、クーペは10月まで販売された。

[編集] 3代目 N13型(1986年-1990年)

日産・パルサー(N13型)
4ドアセダン
 
 
 
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メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1986年-1990年
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 3/5ドア ハッチバック
4ドア ノッチバックセダン
 
ハイブリッド {{{ハイブリッドシステム}}}
 
エンジン 直列4気筒1.6L CA16DE
1.5L E15E→GA15E、E15S→GA15S
1.3L E13S
直列4気筒ディーゼル1.7L CD17
 
モーター {{{モーター}}}
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 4AT、3AT、5MT、4MT
 
駆動方式 FF/4WD
 
サスペンション
 
全長x全幅x全高 4,030x1,640x1,380mm
 
全長 {{{全長}}}
 
全幅 {{{全幅}}}
 
全高 {{{全高}}}
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース 2,430mm
 
車両重量 990kg
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
燃費 {{{燃費}}}
 
ステアリング位置 {{{ステアリング位置}}}
 
 
 
本体価格 {{{本体価格}}}
 
別名 {{{別名}}}
 
先代 {{{先代}}}
 
後継 {{{後継}}}
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車 {{{同車台}}}
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 
1986年5月
N13型にモデルチェンジ。4ドアセダン、3ドア/5ドアハッチバックの3タイプのボディをラインナップ。クーペは新車種「EXA(エクサ)」として独立したため(型式上はKEN13となっており、後記の日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞にも含まれていた)パルサーのバリエーションとしては廃止。エンジンはE13S、E15S、E15E、CD17に加えてCA16DEを搭載。フルライン化されつつあったターボエンジンを廃止する。また、量産車世界初となるビスカスカップリング式4WD「フルオート・フルタイム4WD」搭載車をラインナップ。カーコンポのスピーカーに世界ブランドのJBL社のものが標準採用される。運転席ドア開口後部に専用の傘が収納できる“アンブレラポケット”を3ドアに設定。姉妹車ラングレーリベルタビラ、エクサと共に日産初の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
1987年2月
特別仕様車扱いで「トリプルビスカス・フルオート・フルタイム4WD」搭載車を発売。後のアテーサへの橋渡し的モデル。
1988年4月
マイナーチェンジで1.5LのエンジンがGA15SGA15Eという通称「スーパーインテークエンジン」(4気筒SOHC12バルブ)へ変更された。同時に新グレードM1'NとR1ツインカムを設定、ミラノ系のフルカラースポーツ仕様にダークグリーン色を設定。トリプルビスカス・フルオート・フルタイム4WDが通常モデルになる。

なお、このモデルはオーストラリアでも販売されていたが、フロントマスクは姉妹車であるラングレーのものに、エンジンは国内仕様にはない1.8Lに換装されて発売されていた。 


[編集] 4代目 N14型(1990年-1995年)

日産・パルサー(N14型)
4ドア
 
 
 
3ドア
 
メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1990年-1995年
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 3/5ドア ハッチバック
4ドア ノッチバックセダン
 
ハイブリッド {{{ハイブリッドシステム}}}
 
エンジン 直列4気筒2.0L SR20DET
1.8L SR18DE
1.6L GA16DE
1.5L GA15DS
1.3L GA13DS
直列4気筒ディーゼル1.7L CD17
 
モーター {{{モーター}}}
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 4AT/5MT
 
駆動方式 FF/AWD
 
サスペンション
 
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
 
全長 3,975-4,230mm
 
全幅 1,670mm
 
全高 1,385mm
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース
 
車両重量
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
燃費 {{{燃費}}}
 
ステアリング位置 {{{ステアリング位置}}}
 
 
 
本体価格 {{{本体価格}}}
 
別名 {{{別名}}}
 
先代 {{{先代}}}
 
後継 {{{後継}}}
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車 {{{同車台}}}
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 
1990年8月
N14型にモデルチェンジ。
N13型まで存在していた姉妹車のリベルタビラとラングレーがN14型へのモデルチェンジを機にパルサーに統合された事に伴い、取扱系列が従来のチェリー系列販売会社に加えて、リベルタビラ取扱の日産店系列販売会社とラングレー取扱のプリンス店系列販売会社も加わった。
バブル期のモデルであるため、グレード/バリエーションが多い。グレード名だけで V1M1J1JK1K1-DX1X1RGTGTIGTI-R の10種類が存在し、エンジンの排気量は1.3L、1.5L、1.6L、1.7Lディーゼル、1.8L、2.0Lターボの6種類が存在しており、この代からガソリンエンジン車が全てDOHC16バルブ化された。
ボディタイプは3ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアセダン[2]がある。これらに MT/AT や 2WD/4WD も組み合わせると極めて多くのバリエーションが存在した。
中でも目玉は4連スロットルバルブ等を搭載し、ハイチューン化されたSR20DET型 2.0L 230PS ターボエンジン[3]と、U12型ブルーバードSSS-Rから熟成されたフルタイム4WDシステム「ATTESA」を3ドアハッチバックに搭載したホットモデル「GTI-R」である。
1992年
九州工場での生産を開始。
1992年9月
マイナーチェンジで前後に日産のCIマークが付く。

[編集] GTI-R

GTI-R」はN14型パルサーのイメージリーダーとして開発初期の段階から企画され、WRCへの参戦を前提に設計された。日本テレビよみうりテレビ系で放送された「EXテレビ」でも、WRC出場前から多数の生CMを打つなど、派手な広告戦略を取った上で、日産の新しいラリーウェポンとしてかなりの自信と期待を持ってリリースされた。

当初、ハイパワーエンジンに対して小さな車体は、ラリーフィールドでの強力な武器となると考えられていたが、改造範囲の狭いグループAであることが災いし、タイヤサイズの拡大ができずにパワーをもてあまし、エンジンルームの狭さから、ラジエターインタークーラーの冷却が十分に行えないなど、競技車両として様々な問題が露呈した。

1992年のスウェディッシュラリーで総合3位を獲得、グループNクラスでは年間タイトルを獲得する一方、早々とWRCからの撤退を発表するに至り、「ラリーの日産」復活を期待していた多くのファンを落胆させる結果となった。

なお、英国ラリー選手権(BRC)では、SR20DE型を搭載したFFのGTI(現地名・サニー・GTI)がNMEからF2クラスに参戦し、1996年1997年、見事にチャンピオンを獲得している。

競技車両としては短命であったが、市販車はパルサーがN15型にモデルチェンジする末期までカタログ落ちせず、堅調な販売を続けていた。小さなボディーにハイパワーエンジンというコンセプトは、夜中の峠道を疾走するローリング族や、ラリーイメージを好むユーザーからの人気を獲る事となり、今なお根強いファンを持つ。

また、GTI-Rのエンジンは当時の多くの日産車に採用されているSR20DE系エンジンではあるが、通常版とは異なる特殊パーツを備えていたため、ほかのSR20DETエンジンへのパーツの流用や、P10型プリメーラ等のSR20DE系エンジンを搭載したFF車または、FFベースの4WD車へのエンジンそのもののスワップが行われた(縦置き、横置きでは同じSRエンジンでも形状が異なり、互換性があまり無い)。


[編集] 5代目 N15型(1995年-2000年)

日産・パルサー(N15型)
4ドア(後期型)
 
 
 
3ドア(前期型)
 
メーカー {{{メーカー}}}
 
親会社 {{{親会社}}}
 
製造国 {{{製造国}}}
 
製造期間 1995年-2000年
 
設計統括 {{{設計統括}}}
 
デザイナー {{{デザイナー}}}
 
乗車定員 5人
 
ボディタイプ 3/5ドア ハッチバック
4ドア ノッチバックセダン
 
ハイブリッド {{{ハイブリッドシステム}}}
 
エンジン 直列4気筒1.8L SR18DE
1.6L SR16VE、GA16DE
1.5L GA15DE
直列4気筒ディーゼル2.0L CD20
 
モーター {{{モーター}}}
 
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
 
最高出力 {{{最高出力}}}
 
最大トルク {{{最大トルク}}}
 
変速機 4AT、5MT
 
駆動方式 FF/AWD
 
サスペンション
 
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
 
全長 4,140-4,320mm
 
全幅 1,690mm
 
全高 1,385-1,445mm
 
最低地上高 {{{最低地上高}}}
 
ホイールベース
 
車両重量
 
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
 
総重量 {{{総重量}}}
 
最大積載量 {{{最大積載量}}}
 
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
 
燃費 {{{燃費}}}
 
ステアリング位置 {{{ステアリング位置}}}
 
 
 
本体価格 {{{本体価格}}}
 
別名 {{{別名}}}
 
先代 {{{先代}}}
 
後継
 
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
 
車台共有車 {{{同車台}}}
 
同クラスの車 {{{同クラス}}}
 
1995年1月
N15型発売。
ボディタイプは当初、3ドアハッチバック(パルサーセリエ)と4ドアセダン。
スポーティ系のX1/X1R/GTI(GT)と、ラグジュアリー/ベーシック系のCJ-I/CJ-II(セリエはREZZO等)の2系統のラインナップ。
エンジンはガソリン車が1.5LのGA15DE型(X-1/CJ-I/CJ-II)、1.6LのGA16DE型(X1R)、プレミアムガソリン仕様の1.8LのSR18DE型(GT)、ディーゼル車が2.0LのCD20型をそれぞれ搭載していた。4WDは2仕様があり、フルオートフルタイム式(GA15DE型搭載)とアテーサ(CD20型搭載)がラインナップされた。
前輪駆動車のリアサスペンション固定車軸トーションビーム式(マルチリンクビーム)となった。
1996年6月
SR18DE搭載のパルサーセリエGTIの5速MT車をベースに、オーテックジャパンが開発を行ったAUTECH VERSIONを発売。形式はHN15改(前期型)。先行して発売していたHP10改プリメーラに準ずるチューン(但しエキゾーストマニホールドのみFF車用SR20DE標準車のもの)を施したプレミアムガソリン仕様175馬力のSR20DE改良型(1,998cc)を搭載し、一部クロス化した専用ビスカスLSD付き5速MTとの組み合わせでスポーティな走りを可能とした。外観上の特徴は大型フォグランプ内蔵のフロントエアロバンパーと、専用大型ルーフスポイラー、専用サイドステップ、RNN14パルサーGTI-Rと共通の専用フロント・リアブレーキ、藤壷技研製マフラー、専用センターマフラー、スポーツサスペンション、205/50R15 85VのブリヂストンGグリッドタイヤを装備していた。
内装はブラックを基調にオーテックジャパンのロゴが入ったホワイトメーターを装着。専用のシート地とドアトリムクロスを採用していた。ボディカラーはブラック(#KH3)とブルーイッシュシルバー(#KG1)の2色。
1996年9月
マイナーチェンジ(中期型)。全車運転席及び助手席のSRSエアバッグを標準化した。また、ABSを標準装備化した。車名ロゴ変更、日産CIマークのサイズと取り付け位置変更が行われた。また、中期型からは搭載されるエアコンが変更され、エアコンフィルターの装着が可能になった。
1996年9月
AUTECH VERSIONをマイナーチェンジ(後期型)。ベース車両のマイナーチェンジに準じ、前席デュアルSRSエアバッグとABS搭載。
1997年9月
マイナーチェンジ(後期型)。主に外観がリニューアルされた。マルチリフレクタータイプのヘッドランプを採用し、フロントグリル、リアコンビネーションランプ、前後バンパー形状が変更されたほか、全シリーズハンドル形状の変更が行われた。また、オドメータートリップメーターを液晶化した。
SR18DEエンジン搭載車がAT車のみに廃止。
1596cc 175馬力プレミアムガソリン仕様のNEO VVL可変バルブタイミング&リフト機構)を採用したSR16VE(通称青ヘッド)を搭載したVZ-Rを追加発売。型番はセダン、セリエ共にJN15。組み合わされるトランスミッションは5速MTのみ。VZ-RにはRNN14パルサーGTI-Rと共通のフロント・リアブレーキが採用された。
「S-RV」のRV風装飾を排除した5ドアモデル「F」追加。
1997年
SR16VE搭載のVZ-Rベース(FF・5速MTのみ)のエアロセレクションとSR20DE搭載のエアロスポーツ(4WD・5速MTとOD付き4速AT)を追加。共にオーテックジャパンが開発を担当した。
エアロセレクション
大型フォグランプ内蔵のフロントエアロバンパーと、専用大型ルーフスポイラー、藤壷技研製専用マフラー、205/50VR15のブリヂストンポテンザRE710Kaiタイヤを組み合わせたゴールドの専用アルミホイールが外観上の特徴。赤ステッチの入った専用MOMO社本革巻シフトノブ&専用パーキングブレーキレバー、ホワイトメーター、専用のシート地とドアトリムクロスを内装に採用していた。
エアロスポーツ
IPF製の大型フォグランプと大型フェンダーが外観上の特徴で、大型フェンダー採用によりシリーズ唯一の3ナンバー車となっている。背面スペアタイヤキャリア付車と無車が選べた。内装には専用のシート地とドアトリムクロス、ホワイトメーター、本革巻ステアリングを採用していた。
1997年
パルサーセリエ3ドアに当時参戦していたスーパー耐久(S耐)レース向けとしてVZ-R・N1および同レース仕様車を追加発売。ルキノハッチの同グレードと合わせ200台の限定生産。

専用のSR16VEエンジン(通称赤ヘッド)は専用シリンダーヘッドや吸排気を採用し、クランクシャフトとフライホイールのバランス取り、ポートと燃焼室、吸排気マニフォールドの研磨などのチューンを施し、当時1.6Lクラス最強の200psを発生した。1.6ℓNAエンジンには珍しく、追加インジェクター(インマニ裏側)や吸入口の可変フラップなどを装備。またSR16VEエンジン自体が、SR20エンジンのショートストローク版であることから、ピストンやスロットルボディなどがSR20系の有用なカスタムパーツとして知られている。 組み合わされるトランスミッションはベース車のVZ-Rと同仕様の5速MTのみ。サスペンションはVZ-R標準車と同様のものが使われていた。

1998年10月
パルサーセリエ3ドアにVZ-R・N1 Version2および同レース仕様車を追加発売。ルキノハッチの同グレードと合わせ1999年3月末までの限定受注、300台の限定生産。

Version2は前年型から細かな改良が行われており、サスペンションはスタビライザー径を太くするなどVersion2専用のものに変更され、それに合わせてタイヤサイズを変更(195/55VR15から205/50VR15へ、銘柄はダンロップ製FORMULA W-10を採用)している。藤壷技研製専用メインマフラーを標準装備。

内装が大幅にグレードアップされ、MOMO社製本革巻スポーツステアリング、R32スカイラインGT-Rタイプ(フレームが共通)の専用モノフォルムバケットシート、専用シート地(座面のみオレンジ)とドアトリムクロス(オレンジ)を採用していた。このほか、オーテックジャパン扱いのオプションとして、ENKEI製の専用15インチアルミホイールと専用大型ルーフスポイラーが用意されていた。
1999年4月
パルサー、パルサーセリエ3ドアのCD20型ディーゼル車廃止。
2000年8月
パルサー/パルサーセリエ/パルサーセリエS-RV、すべて販売終了。

[編集] モータースポーツ

1999年、VZ-R・N1 Version2に、スポーツオプションとして東名スポーツ製エキゾーストマニフォールドや大型ブレーキキャリパーを設定し、スーパー耐久(S耐)に参戦。シリーズランキング2位、3位を飾る。

このクラスでは最もポピュラーなシビックタイプRと同じ排気量ながらエンジン出力が大きく、また、ボディ剛性も高いことがチューニング業界では知られている。

[編集] 海外向け N16型(2000年-2006年)

日産・アルメーラ」を参照

[編集] 車名の由来

  • パルス状の可視光線、電波、X線を発生する星・天体の総称から(パルサー参照)。

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ クラッチペダルは無いが、電磁クラッチを用いており、シフトレバーに触れるとクラッチが切れる。変速は手動で行う。また、トルクコンバータも併用していた
  2. ^ 一般的には「5ドアハッチバック」であるが、このモデルでは4ドアセダンをベースにリアハッチを付けたタイプとしたため「5ドアセダン」として設定していた
  3. ^ スカイラインGT-Rが復活していなければ250PSだったともいわれる。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月20日 (火) 03:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【日産・パルサー】変更履歴

ご利用上の注意