日産・R383

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日産・R383(にっさん・アールさんはちさん)は、日産自動車1970年日本グランプリ、およびCan-Am参戦用に開発したプロトタイプレーシングカーである。当時の国際自動車連盟(FIA)規定でグループ7にあたる。しかし実戦には一度も出場せず、「幻のマシン」とも呼ばれる。

[編集] 概要

1969年のグランプリを制覇した日産は、グランプリの連覇とCan-Am参戦を見通し、次期型マシンR383の開発に着手する。R38シリーズの総決算と呼べるマシンを目指し、日本グランプリ用はR382と同じGRX-3型V12気筒6.0リットルエンジンを搭載、Can-Am用はそれにターボを装着することになっていた。 R382と外観上最大の相違は、サイドラジエターになったこと。このためノーズはすっきりスマートになった。空力特性の追求がそれまで以上に重要になっていたからである。

しかし1970年6月8日、日産はこの年のグランプリ不参加を表明する。相手を無くしたトヨタもこれに続き、結局この年のグランプリは中止となる。 グランプリ不参加は決定したものの、Can-Am参戦を目指しR383の開発は続行された。この年の8月には1号車が完成している。しかしCan-Am参戦を決定していたトヨタが、8月に起こした死亡事故で参戦を断念し、日産もこれに次ぐことになる。9月21日、正式にR383の開発は中止される。

1度も走行することなくお蔵入りしたR383が、報道陣に公開されたのはそれから6年も経った1976年のことである。そしてレストアされ、サーキット走行が一般に公開されるのはそれから更に30年後の2006年のニスモフェスティバルにてである。

最終更新 2009年10月8日 (木) 09:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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