日笠淳

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日笠 淳(ひかさ じゅん、1958年8月8日 - 、岡山県出身)は、日本のテレビドラマ映画プロデューサー東映所属。役職はシニアプロデューサー兼映像事業部次長。東京大学法学部卒業。

目次

[編集] 略歴・来歴

平成仮面ライダーシリーズとの共鳴効果もあり、『百獣戦隊ガオレンジャー』、『忍風戦隊ハリケンジャー』、『爆竜戦隊アバレンジャー』を商業面で大ヒットさせる。また商業面では苦戦したが、『未来戦隊タイムレンジャー』も大人向けのアプローチが成功し、異色作として戦隊ファンより高い評価を得た。

ライダーシリーズ初参加となる『仮面ライダー剣』は平均視聴率及び玩具の売れ行きも悪く、それが原因で平成仮面ライダーシリーズの一時中断も検討されるなど良い結果を残せたとは言えなかった。2009年現在、日笠のライダーシリーズ参加は同作品のみに留まっている。


[編集] エピソード

  • 日笠と仕事を共にする脚本家やテレビ局のプロデューサーの証言によると、シリーズ構成のイニシアティブを一人で握ることはなく、作品の方向性を多くのスタッフとともに練り上げるタイプのクリエーターとの評がある。そのため打ち合わせにかける時間も半端なものではなく、テレビ朝日のシュレック・ヘドウィックプロデューサーによると、同じ東映の塚田英明より日笠との打ち合わせのほうが長時間に亘ることが多いとのコメントがあった。
  • 吉川進の証言によるとプロデュース以外にも、『星雲仮面マシンマン』のエンディングテーマ「俺の名前はマシンマン」の作詞を八手三郎名義で担当している。大野雄二の名メロディーと相俟って屈指の名曲に仕上がっている。
  • 轟轟戦隊ボウケンジャー』の第28話では脚本の都合上ロボやメカが大量に登場するため、サブプロデューサーの宇都宮孝明は物語が煩雑になる可能性を懸念した。この回の担当監督は竹本昇だったが、結果的にはその問題点が解消された纏まった出来であったという。完成作品の試写を見終わった後、共に見ていた日笠が宇都宮に「竹本監督だからこういう風に撮れるんだよ」と耳打ちしたという。日笠が竹本の特性をどのように把握しているかが窺えるエピソードとして興味深い(出典:『轟轟戦隊ボウケンジャー』キャラクターブックのプロデューサー鼎談)
  • かつて雑誌のインタビューにて「いずれ『秘密戦隊ゴレンジャー』から最新の戦隊まで全ての戦隊ヒーローが揃った映画を作りたい」と構想を語ったことがある。しかし、このテーマについては日笠の上司である鈴木武幸(東映常務取締役)が「今の子供たちは『チェンジマン』とか知らないだろうし、作ったってヒットするかどうか分からないから……」とやや否定的なニュアンスで語っており、プロデューサーとしてのスタンスの違いが浮き彫りになっている。
  • 『ゴーオンジャー』終了後、ホームページに「プロデューサー生活25年、初めて監督陣に自分より年上の人間がいない状況を経験した」と語り、「『ゴーオンジャー』がたとえ自分の関わった戦隊の最後になったとしても悔いの残らない出来になった」と完全燃焼した思いを吐露した。また「優秀な若者も育っているし、いつまでもジジイがプロデューサーをやるのは良くないんじゃないか」「戦隊に関わるのは『ゴーオンジャー』で最後かも」とも語っているが、別にプロデューサー引退宣言ではないとのことである。2009年度はテレビシリーズのプロデュースに関わっていないが、いずれにせよ日笠の今後の去就が注目される。

[編集] 親密なスタッフ

[編集] プロデュース作品

[編集] 連続テレビドラマ

[編集] テレビドラマ(単発)

[編集] オリジナルビデオ

  • 妖怪奇伝ゲゲゲの鬼太郎 魔笛エロイムエッサイム(1987年)
  • 大予言・復活の魔神(1992年)
  • ウルトラマンVS仮面ライダー(1993年)
    • 前項に属する作品のビデオ化タイトルは除く。

[編集] 映画

  • 前項に属する作品の映画化は除く。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年9月7日 (月) 23:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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