日高国

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日高国(ひだかのくに)は、明治維新のころ置かれた日本の地方区分のの一つである。北海道に含まれる。領域は現在の日高支庁にあたる。

目次

[編集] 沿革

室町時代15世紀)ころには和人が進出していたようである。

江戸時代ころになると、松前藩によって松前藩家臣が蝦夷と交易を行う七ヶ所の場所と呼ばれる知行地が開かれた。制度的な詳細は商場(場所)知行制および場所請負制を参照されたい。後に置かれた郡との相対は下記のとおりである。

  • サル場所・・・後の沙流郡
  • ニイカップ場所・・・後の新冠郡
  • シツナイ場所・・・後の静内郡
  • ミツイシ場所・・・後の三石郡
  • ウラカワ場所・・・後の浦河郡
  • シャマニ場所・・・後の様似郡
  • ホロイズミ場所・・・後の幌泉郡

江戸時代初期、日高国域ではシベチャリ川(静内川)の漁猟権をめぐり二つの蝦夷アイヌ)の集団メナシクルシュムクルの間で争いが続けられていた。武器を提供してくれるよう松前藩に申し入れた蝦夷の使者が疱瘡で死亡したところ、和人による毒殺と誤解した蝦夷が一斉蜂起したシャクシャインの乱寛文9年6月に勃発、日高国域内でも多くの和人が殺害されたが後に平定されている。

江戸時代後期、日高国域は東蝦夷地に属していた。国防のため寛政11年東蝦夷地は天領幕府直轄地)とされたが、文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり仙台藩が警固を担当した。

[編集] 寺院・神社

寺院は、蝦夷三官寺の一つとして文化年間に建立された等澍院が様似郡にある。

神社は寛文9年創建の浦河神社、寛政10年ころ創建された義経神社、宝永3年に創建された様似郡の住吉神社など、下記の神社をはじめ江戸時代以前に創建されたものが多い。

上記の社格は全て郷社以下である。日高国には、県社以上の社格に列せられた神社は存在しない。

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以下の七郡で構成された。

[編集] 人口

明治5年(1872年)の調査では、人口6574人を数えた。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月5日 (月) 15:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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