日高見国

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日高見国(ひたかみのくに)は、『日本書紀』に登場する現在の東日本(一説では東北地方岩手県内の北上川流域)にあったとされる蝦夷(地方勢力圏)である。

景行天皇27年、武内宿禰が東国を巡視し、「東に日高見国がある。蝦夷が住んでおり、土地は肥沃で広大である。征服すべきである」と報告 [1] した。 日本武尊が派遣され、平定されたとしている。北上川流域に比定されており、北上川という名前は「ヒタカミ」に由来するとされている[要出典]

祝詞の一つである「大祓詞」の中では「大倭日高見国(おほやまとひたかみのくに)」が日本の別名として登場する。これについては神話学者の松村武雄が、「日高見」は「日の上」のことであり、天孫降臨のあった日向国から見て東にある大和国のことを「日の上の国(日の昇る国)」と呼んだものだとする説を唱えている[要出典]。その説によれば、神武東征によって大和国に移ったことによって「日高見国」が大和国よりも東の地方を指すようになり、最後には北上川流域を指すようになったということになる。

旧国名の常陸国(ひたち)は、ひたかみのくにへの道(ひたかみみち)の転訛といわれる。

[編集] 脚注

  1. ^ 日本書紀 卷第七 景行天皇 『廿七年春二月辛丑朔壬子 武内宿禰自東國還之奏言 東夷之中 有日高見國 其國人 男女並椎結文身 爲人勇悍 是總曰蝦夷 亦土地沃壞而曠之 撃可取也』 “椎結文身”とは、日高見國の住民である蝦夷達が、椎結=髪を分け、文身=刺青をしていた事を指す。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月22日 (日) 18:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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