星勝
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星 勝(ほし かつ、1948年8月19日 -) は作曲家、アレンジャー、ギタリスト、プロデューサー。英語表記はKatz Hoshi。旧名 まさる。
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[編集] 略歴
1966年、鈴木ヒロミツらと、GSグループモップスを結成。ギタリスト、ボーカルとして活躍。モップス解散後は、プロデューサー、アレンジャーとして活動。また、小椋佳、安田裕美らとフライング・キティ・バンドに参加した。
[編集] エピソード
- モップス時代につきあいのあった井上陽水のポリドールデビューアルバム「断絶」がアレンジプロデュースデビュー作。
- この時、ポリドールのプロデューサーで後のキティレコード社長・多賀英典とミキサーの大野進と知り合い、以後多賀の手がける作品をサウンド面で支えることになる。「多賀さんと大野さんと出会ったとき、どうせ歌謡畑の人なんだろうなと思っていたら音に対する執念が本当にものすごくて、すぐ信頼関係ができた」
- 当時、編曲といえばちゃんとした音楽教育を受けた人がほとんどだったが、星勝の場合ほとんど独学だった。当初譜面が読めなかったと告白している。「断絶」の制作は、ほとんどモップスのメンバーによる演奏。
- 歌謡曲のアレンジといえばコードだけ書いて演奏家にまかせることが多かった当時、「断絶」の制作に関して星はほとんどの楽器の譜面を緻密に書き込んだと言われている。
- 陽水4枚目のアルバム「氷の世界」をサウンドプロデュース。アナログレコード総生産数第1位のアルバム(ちなみに第2位は小椋佳の「彷徨」)。また、陽水の「二色の独楽」でレコード大賞の編曲賞を受賞している。
- 「多賀さん、他に何やってるんですか?」と聞いて渡されたのが小椋佳の「青春」。当時小椋佳のアレンジャーは小野崎孝輔さんでクラシック出身。ロック絶対主義だったので軽いサウンドだなぁ程度の感想を持って、まったく別世界の人だと思っていたら、多賀さんに「小椋佳やってみない?」と言われて「何でオレが…」って思った。そうしたら「陽水や安田裕美と好きに曲を書いていいよ」と多賀さんが言うのでその気になりました」
- 多賀英典にそそのかされて小椋佳の「残された憧憬」に着手。「多賀さんと大野さんと小椋さんのアルバムにかける尋常ではない執念に圧倒されてすぐ一緒になってのめり込んだ。最高傑作だと思う」「小椋佳のナイーブな部分をどうサウンドにしていくかに全力投球した。クラシカルでナイーブなロックサウンドがあるということを思い出しました」
- 小椋佳が譜面も読めずギターも弾けないので、曲を付けにくい詞は星勝に作曲をお願いすることが多かった。小椋佳の曲と思っていたら実は星勝の曲だったというのは数多い。陽水との共作の「白い一日」や「坂道」も小椋佳バージョンは星勝が全面的にサウンドプロデュースをしている。本人達はお互の音楽性に疑問符を持っていたようだが、多賀社長曰く「小椋佳と星勝はサウンド的に切っても切れない関係」。
- 多賀に小椋佳の「シクラメンのかほり」と「めまい」のアレンジを依頼され、このとき小野崎孝輔と一緒に作るようにと指示を受ける。「星君にこんな感じってスケッチアレンジを渡したら全部ロックに書き換えられてもどってきた。結局一小節ごと相談しながら作りました。大変な作業だったがロックを全く脈絡も根拠もなく全面に押し出すパワーにはすごいヤツが現れたと舌を巻きました」(小野崎談)。実際「シクラメンのかほり」と「めまい」のオリジナルを聞くと世間のクラシカルなイメージとは裏腹に、リズムセクションが非常にハードに仕上がっている。高中正義と大村憲司と椎名和夫の怪しいフレーズが随所にちりばめられており、星勝の小野崎に対する強烈なライバル意識を感じられておもしろい。これに懲りたのか、「道草」以降はリズムアレンジとストリングスアレンジという分担作業が一般的になる。
- キティレーベル第1号のアルバム「道草」の制作にサウンドプロデューサーとして参加。
- このころRCサクセションの「シングル・マン」に着手。タワー・オブ・パワーやミッキー吉野が参加したがまったく売れずすぐに廃盤となった。忌野清志郎は、「モップスは好きだったからあの感じやヴァニラ・ファッジみたいなものを期待したのに、陽水のアルバムみたいにされそうになった」と語っている。
- 「シクラメンのかほり」「俺たちの旅」などで小椋佳ブーム到来。NHKコンサートで生まれて初めて指揮棒を振る。小椋佳と二人で「スタンド・スティル」を歌唱した。
[編集] 主な作曲作品
[編集] 主な編曲作品
- RCサクセション「ヒッピーに捧ぐ」「スローバラード」
- 安全地帯「ワインレッドの心」
- 井上陽水「傘がない」「氷の世界」「結詞」「招待状のないショー」「とまどうペリカン」「人生が二度あれば」「いっそセレナーデ」「リバーサイド ホテル」
- 上田正樹「悲しい色やね」
- H2O「僕等のダイアリー」
- 小椋佳「花化粧」「野ざらしの駐車場」「スタンド・スティル」「シクラメンのかほり」「時」「盆がえり」「俺たちの旅」「揺れるまなざし」「流れるなら」「モク拾いは海へ」
- 甲斐バンド「アウトロー」他
- 来生たかお「夢の途中」「気分は逆光線」「セカンド・ラブ」
- 高中正義「PROLOGUE」「CAN I SING FOR YOU」
- 谷村新司「階」
- 中島みゆき「あした天気になれ」
- 浜田省吾「木枯らしの季節」「悲しみは雪のように(リメイク版)」「君に捧げるlove song」他
- 原田知世「悲しいくらいほんとの話」
- ヘレン笹野「心細いな(うる星やつらエンディング)」
- 薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」
[編集] 主なプロデュースアルバム
※主にサウンドプロデュース
- RCサクセション「シングル・マン」
- 安全地帯
- 井上陽水「断絶」「陽水II センチメンタル」「氷の世界」「二色の独楽」「招待状のないショー」
- 小椋佳「残された憧憬」「夢追い人」「道草」「遠ざかる風景」「5・4・3・2・1・0 」「心の襞」「長距離電話」「マルコポーロの冒険」
- 浜田省吾「WASTED TEARS」「EDGE OF THE KNIFE」「初秋」
[編集] 音楽担当作品
[編集] テレビ
[編集] 劇場映画
- 太陽を盗んだ男(1979年)
- 限りなく透明に近いブルー(1979年)
- 動乱(1980年・監督:森谷司郎、主演:高倉健)
- じゃりん子チエ(1981年)
- セーラー服と機関銃(1981年)
- ションベン・ライダー(1983年)
- うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(1984年)
- プルシアンブルーの肖像(1986年)
- おもひでぽろぽろ(1991年)
- おろしや国酔夢譚(1992年)
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