春風亭小朝

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春風亭 小朝(しゅんぷうてい こあさ、1955年3月6日 - )は、日本落語家俳優。本名は花岡 宏行(はなおか ひろゆき)。東京都北区出身。東京電機大学高等学校卒業。前座名は春風亭 小あさ(読み同じ)。出囃子は『さわぎ』。キャッチフレーズは『横丁の若様』。社団法人落語協会理事(2001-2006年まで)。芸能事務所春々堂(はるはるどう)を経営し、自らのマネージメントもそこで行っている。以前はオフィスてるてる(師・5代目春風亭柳朝の会社)所属。シンガーソングライター泰葉は元妻。

目次

[編集] 概要

デビュー前から落語界のトップになると期待された逸材で、非常に早い段階で高い知名度、富と名声を得た。落語界で唯一、日本武道館で単独公演を行った。東京歌舞伎座での単独公演も行っている。

また、舞台俳優として、大会場での1か月単位の商業演劇で座長を務めた[1]。この経験のある落語家は存命者では小朝のほかに一人だけしかいない[2]

クラシック音楽にも造詣が深く、指揮者として円光寺雅彦に弟子入りしている。すでにプロの指揮者としてオーケストラを率い何度かコンサートを開いた。近年は、大谷康子東京音楽大学教授(東京交響楽団コンサート・ミストレス)と合同のコンサートを行っている。また、かつてTBSラジオでは作曲家・諸井誠とクラシック音楽の紹介番組を持っていた。

[編集] 経歴

[編集] 林家正蔵との関係

8代目正蔵(後の林家彦六)と9代目正蔵とは師弟、一門などの関係はないが、小朝は双方と深いつながりがある。

[編集] 8代目との関係

小朝は8代目(彦六)の孫弟子である。なお、彦六存命中に真打になった孫弟子は小朝だけである。師匠柳朝は8代目林家正蔵の総領弟子。8代目の弟子である林家木久扇とも関係が深い。

[編集] 9代目との関係

元妻である泰葉は林家三平の次女で、7代目林家正蔵の孫。そのため9代目林家正蔵(旧名・こぶ平)と2代目林家三平(旧名・いっ平)は離婚まで義弟にあたり、現在小朝は彼らの後見人を務めている。こぶ平の9代目正蔵襲名と、いっ平の2代目三平襲名は小朝と泰葉が尽力しており、小朝は離婚会見の中で「これからも(いっ平の)三平襲名に向けて彼女と力を合わせて頑張る」との趣旨の発言を残している。

真打昇進前後にTBSラジオ夜はともだち』のパーソナリティーを務めていたこともあり、「くるくるダイヤル ザ・ゴリラ」のパーソナリティーの経験のある9代目との共通点の1つでもある。2005年4月3日MBSヤングタウンMBSの東京スタジオから生放送された際に、9代目らとともに出演。そこで9代目の物真似(「あにちゃん、こんなの食べられまちぇんよ」)を披露し、爆笑を買っていた。現在でも枕話でこの物真似を披露することがある。しかも「正蔵襲名前のこぶ平時代」とは変化をつけて物真似をする周到ぶりである。

[編集] エピソード

  • 多趣味として知られる。
  • ギャグのセンスも冴えており、バラエティ番組の出演も多い他、日本武道館などの大会場でコンサート形式の独演会を開いたり、漫才俳優にも挑戦するなど、従来の『落語家』のイメージを覆した点は大きく評価されている。近年は髪を金髪にしている他、駄洒落の被り物をして高座に上がる事もある。
  • 形態模写が得意で5代目柳家小さん7代目立川談志の物真似を披露していた。テレビ番組の企画でビートたけしを真似て漫才をしたことがある。
  • TBSラジオ『夜はともだち』内で放送された『それ行けスネークマン(俗に言うスネークマンショー)』を毛嫌いしていた為に、放送前には「またいやなものが始まった」と話す事もあった。
  • 若手落語家の注目株として多忙を極めてしまい、肥満体になっていた時期がある。これは、ようやく仕事の空いた時間に焼き肉屋へ飛び込み食事をする生活が続いてしまったからである。ある日、通院した医者から「あの人は、もう当分落語どころじゃなくなる」という言葉を耳にしてしまう。それからダイエットを実施し、見事にやせて健康になった。
  • 談志が参議院議員だった時、議員宿舎で噺の稽古をつけてもらった事がある。
  • 近年は六人の会の結成や正蔵の襲名披露パレードなど、プロデューサーとしての手腕が注目されている。
  • 明石家さんまと初めて出会ったのは、さんまが18歳で師匠の2代目笑福亭松之助のカバン持ちをしていた時。さんまは大阪での下積み時代、小朝の事を「凄い奴が東京にいる」と聞いていたという。また、さんまが27歳頃に小朝と一緒の新幹線に乗った際「落語で成功して下さい、僕は落語を辞めてテレビで成功しますから」と話した。その時の事を小朝は落語を辞めた潔さ、自分の将来の事を言われた事などで衝撃を受けて、運命を変えた一言だったと話している。現在でも小朝は「さんまさんは凄い」と話すなど、互いにいい関係を続けている。
  • なお、さんまの落語については「あれだけの話術を持っている人なのに、驚くぐらい面白くない」と評していたという。
  • 小朝がバラエティ番組に多く出ていた頃、師匠柳朝が「こいつは落語と関係ない事ばかりやって困る」と3代目古今亭志ん朝に話した。志ん朝は小朝を呼びつけ「お前は落語以外の事をどんどんやれ。俺は何故いろんな事に手を出しているかと言うと、その反動で猛烈に落語へ帰りたくなるからだ。いろんな事をやっているとその時の力が違うんだ。俺はお前が帰ってこられる奴だと思うから、やれ」と激励したと言う。
  • 離婚後、草野球チームを結成。チーム名は「ボストン・ルーズソックス」。春風亭昇太は「寂しくなったからだ」とネタにしている。
  • 作曲家青島広志とは小学校時代同級生

[編集] 弟子

[編集] 直弟子

[編集] 現在も弟子である者

[編集] 師弟関係を解いた者

彼らは同協会の他の一門に移籍して落語を続けることが許されているので、単に師弟関係を解いただけと思われる。特に亜郎は、旧師小朝主催の大銀座落語祭から、何年も連続して招聘され、出演している。

[編集] 漫談に転向した者

[編集] 廃業した者

  • 春風亭アリス(2000年6月に廃業)

[編集] 移籍組

もとは師・5代目柳朝の弟子であるものの、柳朝の死により小朝の一門に移籍した者。

[編集] 主な出演作

テレビ番組

ドラマ

映画

CM

[編集] 主な著書

  • こあさ知らず(中公文庫、1984年
  • 言葉の嵐(筑摩書房、2000年
  • 苦悩する落語(光文社、2000年)
  • いま、胎動する落語 苦悩する落語2(ぴあ2006年

[編集] CD

[編集] 脚注

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  1. ^ 2003年6月、新宿コマ劇場「恋や恋 浮かれ死神」。かつて三木のり平一座(志ん朝)が手がけ成功させた演目。人形浄瑠璃「先代萩」と「死神 (落語)」とを合わせたストーリー。
  2. ^ この経験があるのは存命者では小朝のほかに桂三枝(2006年)のみ。故人では金語楼、8代目助六(雷門五郎)。なお、1か月でなく、2日だけ大会場(大阪サンケイホール)で公演をしたのは「劇団ドサ回り」(1979年5月11日・12日。副座長・上岡龍太郎はまだしも、座長はあれで、客演に横山ノックという、二重に犯罪的な劇団である)。また鶴光劇団や下町ダニーローズは大会場公演はしていない。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月13日 (日) 06:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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