春風亭昇太

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春風亭 昇太(しゅんぷうてい しょうた)は、落語家の名。先代は前座の時に名乗っただけであるため、代数をつけて呼ぶことはない。


しゅんぷうてい しょうた
春風亭 昇太
本名 田ノ下 雄二
生年月日 1959年12月9日(49歳)
出生地 日本静岡県静岡市清水区
活動期間 1983年 -
活動内容 落語家落語芸術協会監事)
配偶者 なし

春風亭 昇太(しゅんぷうてい しょうた、本名:田ノ下 雄二(たのした ゆうじ)、1959年12月9日 - )は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身の落語家5代目春風亭柳昇の弟子。大師匠は“春風亭の先生”こと6代目春風亭柳橋。前座名は、春風亭 昇八。愛称は「ちび師匠」。落語芸術協会に所属。現在同協会監事。出囃子は『デイビー・クロケット』。血液型はO型。定紋は『クラゲ』(「笑点」では『五瓜に唐花』)。

目次

[編集] 一門

師の春風亭柳昇は、自身の身体的特徴もあり(入門前に手の指を数本欠いていた)、新作落語専門であったが、弟子たちは新作派(昔昔亭桃太郎)、古典派(9代目春風亭小柳枝瀧川鯉昇)とバラエティに富む。昇太は新作が売物であるが、古典もかなりの量を手掛けている。ただし、誰とも似ていない昇太流の強烈なアレンジが効かせてある。

また、テレビ活動に力を入れるところも師・柳昇譲りである(昇太はそもそもテレビから出てきて弟子入りしたということもあるが。)

昇太は前述のごとく6代目春風亭柳橋の一門で、柳派であってもルーツは春風亭柳枝(4代目とそれ以前の)。同じ春風亭であっても、春風亭小朝は大師匠林家彦六の一門で、3代目柳家小さんの系統。昇太と小朝の間には一門の関係はない。

[編集] 略歴

東海大学第一高校を卒業。高校時代はソフトボール部に所属していた。東海大学文学部に入学し、ラテンアメリカ研究会に入ろうとしたがたまたま留守で、隣の部屋が部室だった落語研究部に入る(同時に学生プロレスのリングアナ兼、実況として活躍)。落研時代の高座名は「頭下位亭切奴」(とうかいてい きりど)。名前の由来は、突然部室にやって来た一年生に上級生が「ドッキリした」ことから、ドッキリ→きりどっ→きりど、となったという。学生時代にテレビ東京の「大学対抗落語選手権」にて優勝、落研の先輩のすすめでテレビ朝日の「ザ・テレビ演芸」に漫才コンビ、ザ・まんだらーずとして出演。二代目グランドチャンピオンになったのを期に大学を中退し、春風亭柳昇に入門した。前座時代より「演芸ひろば」司会など、テレビに多数出演。

当初三遊亭圓丈の所に弟子入り志願に行く予定だったがたまたま楽屋に柳昇がいて話を伺う事が出来たのがきっかけで入門することを許された。前座名の昇八は、柳昇の8番弟子であることから付けられている(林家彦六の9番弟子である林家九蔵とほぼ同様の理由)。師匠が新作落語の名手と謳われた柳昇ということもあり、同じく新作落語を活動の中心に置き、「悲しみにてやんでい」など型破りな新作落語で人気を得て、1992年に7人抜きで真打に昇進した。その後2000年の独演会「古典とわたし」など独自の解釈を加えた古典落語にも挑戦する(二つ目の時代には既に独演会で古典落語に挑戦し、アレンジを加えた「初天神」を披露し、好評を博している)。

2005年には落語を題材にしたドラマ「タイガー&ドラゴン」に出演し、自ら出演俳優らに落語の演技指導も行った。同年10月からはオールナイトニッポンのパーソナリティーを務めるなど、多方面で活躍。2006年1月8日放送の毎日放送(MBSテレビ)制作のドキュメンタリー番組情熱大陸」で特集された。落語家によるデキシーバンドにゅうおいらんず」でトロンボーンを担当。(師匠・柳昇も噺家になる前の会社勤めをしていた頃に勤め先の吹奏楽団でトロンボーンを吹いていた)また、東西落語界の壁を超えた六人の会の一人であり、「SWA」の一員。

2006年5月より日本テレビ系『笑点』の大喜利メンバーに加入した。

[編集] 芸歴

  • 1983年 春風亭柳昇に弟子入りし、春風亭昇八と名乗る。上述のように、前座名は柳昇の8番弟子であることに由来。
  • 1986年9月 二つ目に昇進、春風亭昇太に改める。
  • 1992年5月 席亭推薦により抜擢にて真打昇進。

[編集] 人物

  • 未だ独身矢口真里の父と同年齢のため、既に矢口くらいの年齢の娘がいてもおかしくないと、自他共にネタにすることがある。大喜利でも自虐ネタに使い、司会の桂歌丸から「早く嫁貰いなよ」、「これじゃ嫁来ねぇよ」と言われる。
  • アジの干物まで作るほどの料理好き。
  • 持っている着用メガネは50本以上。
  • 自宅には、ダイヤル式テレビや蓄音機などレトログッズだらけの部屋がある。
  • 愛車はトヨタパブリカ。他にもダットサンブルーバード312やホンダカブC100も所有。本人曰く「一番の夢は平屋の家を建てて庭に置いたパブリカやダットサンを眺めつつ縁側でお茶を飲むこと」
  • 趣味は、中世城郭めぐり。またミドリフグハムスターモモンガを飼育している。
  • プロレス好きとしても知られ、ルチャリブレ観戦にわざわざメキシコまで行き、覆面をまとめ買いしたこともある。
  • 東京ヤクルトスワローズのファンであり、「ウチくる!?」で間接的に高津臣吾についてコメントしたこともある。
  • サッカーでは、清水出身ということで、自他共に認めるJリーグ清水エスパルスのサポーターである。チーム会報「エスパルスニュース」で連載を持っていたこともある。
  • その昔『月刊コロコロコミック』のRCラジコンの番組「タミヤRCカーグランプリ」に出ていた事を今は隠しているが、「笑点」の大喜利の時、結婚できない男というお題の中で、本名とともにたい平に暴露された。
  • 独演会の開演時には、「携帯電話撲滅キャンペーン」の自作映画を上映。さらに、噺と噺の間に行うステージ上での生着替えが定番となっている。
  • 2007年に初めて直弟子を持った。オフィシャル本の中では、男同士でサシで向き合うのがこんなにも気恥ずかしいことなのかと感じ、柳昇への弟子入り当時のことを思い出しながら、どう稽古を付けたらよいか模索しているとのこと。また「笑点」に出演するようになってから地方のコンビニエンスストアポルノ雑誌が買えなくなったため、せっかく取った弟子に買いに行かせることにしたと語っている。
    • 因みに、弟子に仲人(いわゆる、媒酌人)を頼まれた場合(即ち、弟子に結婚を先に越された場合)は、破門にする」と明言している(ただし、ネタの可能性もある)。

[編集] 「笑点」の大喜利メンバーとして

演芸コーナーで若手大喜利を放送していた頃には大喜利メンバーの1人として出演していたことがあり、90年代に入ってからは司会を務めるようになった(BS笑点笑点Jr.での総合司会につながる)。大喜利メンバーの新加入年齢では、4代目三遊亭金馬の41歳を抜いて歴代最高齢である(46歳)。

加入して日が浅い頃には奇をてらうことのない答えが多く、答えた後に会場が一瞬沈黙状態になることもあった。喋る途中で呂律が回らない、舌を噛むという師匠柳昇と同様の欠点があり、「カミカミ王子」を自虐ネタとしている。

兄弟番組の「笑点Jr.」では、「BS笑点」としてスタートしてから現在に至るまで総合司会を務め、ハキハキと取り仕切る様が映る。大喜利でも司会を務めるが、威厳を敢然と振りかざすには至らず、若いパワーを持て余し暴走気味のメンバーに振り回される様子もしばしば映る。

「笑点」の大喜利でのキャラクターについては「大喜利 (笑点)#春風亭昇太」を参照

「笑点Jr.」の大喜利でのキャラクターについては「笑点Jr.#春風亭昇太(総合司会)」を参照

[編集] 主な新作落語

  • 『悲しみにてやんでい』
  • 『ワシントン伝』
  • 『力士の春』
    • 立川藤志楼・演によるリニューアル作品『力士の春'08』もあり
  • 『ストレスの海』
  • 『宴会の花道』
  • 『リストラの宴』
  • 『愛犬チャッピー』
  • 『お父さんの決断』
  • 『夫婦に乾杯』
  • 『吉田さんのソファー』
  • 『マサコ』
  • 『遠い記憶』
  • 『人生が二度あれば』
  • 『花粉寿司』

[編集] 出演番組

[編集] 現在

[編集] 過去

[編集] 映画

[編集] CM

[編集] 著書

  • 「ボクがモスラを好きなわけ」
  • 「楽に生きるのも、楽じゃない」
  • 「はじめての落語。春風亭昇太ひとり会」
  • 「楽しんだ者勝ち」(林家たい平と共著)

[編集] 一門弟子

  • 春風亭柳太郎(※元は弟弟子だが師の柳昇の死により移門)
  • 春風亭昇吉
  • 春風亭昇々
  • 春風亭昇也

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月23日 (月) 01:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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