昭和ノスタルジー

昭和ノスタルジーの最新ニュースをまとめて検索!

昭和ノスタルジー(しょうわノスタルジー)とは、日本人の感情の一つで、昭和時代(主に昭和天皇が権力を剥奪された日本国憲法下で、高度経済成長期およびそれ以降の時期)の社会文化を懐かしむ感情のことをいう。

目次

[編集] 語源・定義など

昭和年間は64年(厳密には62年と2週間)にわたって続いており、その間に日本では政治・経済・社会事情の大きな変化が繰り返されているが、2000年代において昭和ノスタルジーの対象とされることが多い「昭和」とは、いわゆる高度経済成長と呼ばれる1955年から1972年(昭和30年~47年)の間の時期を中心に、1950年代1960年代 - 1974年頃を指すことが一般的である。ただし、その時期以降からの昭和時代全般、すなわち1975年 - 1985年(主に昭和50年代)の時期を含める場合もあり、その点で曖昧性のある言葉である。

バブル景気の時期について、今のところ対象とする機運・動きは本格化していないが、時代の推移・社会構成年代の代替わりでやがて本格的にノスタルジーの対象になる時代が到来するのは確実と思われる(既に映画などで郷愁対象とされている)。


昭和天皇が最高権力者だった「真の意味」での昭和時代、即ち大日本帝国憲法下(戦前)の昭和年間については、大正デモクラシーで東京・大阪都市圏で芽生え、継承・発展ののちに国内他地域都市圏や比較的生活が裕福であった旧外地(上海共同租界日本人街新京大連といった満州国の都市圏、豊原など南樺太の都市圏、台北高雄など台湾の都市圏)も巻き込む(他、昭和4年ウォール街大暴落で端を発した世界恐慌発生までの間、アメリカで揺籃を迎え日本にも文化影響を与えていた黄金の1920年代文化など)都市生活者文化(モボ・モガ日本のカフェ文化百貨店文化文化住宅少年倶楽部赤い鳥等の児童文化ラジオ普及)への郷愁も対象となり得る。前述の大正時代と一括りにして「昭和モダン」とする向きもあるが、作家山本夏彦の名著「誰か「戦前」を知らないか」にもあるとおり、実はこの時代の都市生活者はテレビの存在有無以外には昭和30年代とそう大差が無かったという指摘・分析・解説もあり、元号通り昭和の中の郷愁とすべき趣きが強い。評論家日下公人も雑誌WiLL7月号別冊歴史通2009 Summer No.2『特集「戦前まっ暗」の嘘』収録『それは、つくり話か大マチガイ』の中で戦後に再び一般庶民の手に戻ってきた大衆消費文化を見つめる当時の日本人の心情・心境を、昭和14年をピークとした「戦前が戻ってきた」と振り返り評している。

戦後復興期については、悲劇・貧困・飢餓といったあまり振り返りたくない苦しさばかりが満ちていた時代であるが、昭和30年代と前述の昭和初期都市文化とを繋ぐ重要な期間(他、裕福な現代の日本人へ警鐘を鳴らす貴重な体験期間として)、広義であれば含めるのも不自然ではない。

高度経済成長期の社会や文化を振り返り懐かしむ風潮は1986年以後に始まり(当時は「レトロブーム」と呼ばれた)、約20年後の現在まで続いているが、昭和天皇が死去した後には、社会や文化の変化がさらに進んできたことから、昭和ノスタルジーと称されるようになった。

[編集] 近年、最も注目を浴びる昭和30年代

昭和30年代(1955年から1965年)を懐かしむ理由として、今より人々が親密で同じ前提を共有しているため動機の理解が容易で、相互扶助の志向があった点が、人々に今とは違う時代を感じさせることが挙げられる。また、高度経済成長とも重なる時期で、日々の生活が豊かになっていくことを実感できた時代でもあった。

ただし、その一方で当時は全体として依然貧しく、生活には不便な部分が残り、四大公害病を初め大気汚染、水質汚濁や有毒食品添加物などの環境問題も起こっていた。また、職業選択の自由に代表されるように個人の自由が少ないなど(職業選択の自由については、日本国憲法で明記されていたが、それが必ずしも浸透していたとはいえない状況であった。また男女雇用機会均等法は制定されておらず、女子労働者の地位は低かった)、必ずしもいいことづくめではなかった。いわゆる安全神話が崩れたといわれて久しいが、統計で見ると実際には犯罪件数もこの時代のほうが今より遥かに多い。

昭和ノスタルジーブームでは、これらのマイナス面は取り上げられず、昔の日本の「いいとこ取り」で懐かしみ、それを捨てていったことを惜しむスタンスが取られるが、余りに過去を持ち上げる姿勢には異論もあるところである。コミックス・映画『20世紀少年』や後述のアニメ『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(注: 両作品ともに昭和30年代ではなく昭和40年代がテーマ)もそうした風潮に警鐘を鳴らす作品といえる。

高度経済成長期に生まれ育った世代には、昭和ノスタルジーの傾向を持つ人が思想傾向を問わず少なくないとされる。一方で「昔は平和だったが今はダメな時代~」のような類の発言が繰り返される風潮に対し、疑問を持つ者も多い。実際、当の昭和30年代の新聞や雑誌でも安保闘争太陽族など若者の行動を苦々しく思う年長者により同種の苦言が頻発している。古い時代を懐かしみ現代を批判するというレトリックは、有史以来の年長者の性ではあるが(古代エジプトにも、若者が農作業に精を出さないことを嘆く文言が象形文字で残されている。)、昭和ノスタルジーがブームになっている背景には、現在の日本社会の高齢化と長く続く不況が存在している。

なお、昭和30年代以降の「昭和ノスタルジー」は、小学生を中心に、当時幼児~高校生だった年代の人の視点でなされることが多い(大学・短期大学・専門学校生や社会人などの青年・成人の視点による試みも幾つかされている)。多感・活動的で責任を問われず何をやっても許された快活・無邪気な子供時代として過ごせた年代層に訴える手法が、比較的娯楽性を持たせるのが容易であることが理由とされる。

子供の視点で扱われる場合、あまり優等生的なエピソードは重点的には扱われず、いたずらっ子・腕白・勉強嫌いなど、優等生的でない子供の視点で語られることが多い。従って、当時そうではなかった子供にとって、自身の当時の体験の懐古とは必ずしも一致しないことも起き得る。

地域的には、大都市圏(特に首都圏)の生活者の視点で語られることが比較的多いが、それ以外の地域の視点で語られることも多い。よってこの概念は、東京都心周辺部から全国各地の地方都市から山村・離島まで、広範な地域の視点で捉えることができる。

[編集] 昭和ノスタルジーの対象となる事物・人物

[編集] 事物

[編集] 昭和元年代、昭和10年代

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 昭和20年代

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 昭和30年代

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
廃止された1978年当時の京都市電
レトルトカレーのホーロー看板

昭和30年代から40年代にかけて広く使われたが、その後に代替となるものが開発されたり、社会事情の変化で不要になったりして廃れていったもの、廃れていきつつあるものが対象となる。

[編集] 昭和40年代

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 昭和50年代

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 昭和60年代

1985~1989.1.7(4年1週間) バブル景気も参考にされたし

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 人物

[編集] 戦前(〜昭和16年)

[編集] 昭和20年代

[編集] 昭和30年代

21世紀になっても“ひばり・裕次郎”“ON”と並び称される人物達である。

[編集] 昭和40年代

[編集] 昭和50年代

[編集] 昭和60年代

[編集] 昭和を舞台(もしくはモチーフ、オマージュ)に後年に創作・執筆・製作された娯楽作品

(「年代」は作品の対象とされた昭和の時期を示す)

[編集] 昭和元年代~昭和20年代(戦前・戦中・戦後)

[編集] 昭和30年代


[編集] 昭和40年代


[編集] 昭和50年代

[編集] 昭和60年代(昭和64年1月7日まで)


[編集] 様々な派生化の試み

昭和30年代以降の社会を背景にしたテレビドラマや映画などは数多く製作されている。最近ではSFXVFX技術が進歩し、より緻密な再現が可能となっている。(上記当該項目を参照のこと)

三丁目の夕日」は古きよき時代(グッド・オールド・デイズ)を、「となりのトトロ」は失われた自然環境を賛美する内容であるが、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」は平成・21世紀のネガティビティを指摘しつつ、その超克をも提示している。幼少期の主人公達は元々20世紀を知らず、21世紀の重圧や責任を負わされていない未成年者でもあるが、「昔は良かった」と言って進歩しようとしない親達を覚醒させ克己に導くべく奮闘する姿を描いている。ロックシンガーの桑田佳祐は自身の楽曲「明日晴れるかな」に同様の意図を込めていると語っている[要出典]。"血と骨"、"地下鉄に乗って"に至っては暴力で家庭を支配する男や貧困や不潔さなどの、いわば「昭和の暗黒面」を前面に出している(連載初期のコミックス版三丁目の夕日などでも、大黒柱の死去による一家離散や火事で焼死する一家の話、養子縁組に出されてしまった実子との対面が叶わない女性や同級生の病死、無理心中前の家族旅行で一人助かる子供の話など、暗く悲しい作品回が多数登場していた)[要出典]

[編集] 町興し・テーマパークへの活用

レトロテーマパーク、およびレトロ#懐古を観光資源にした取り組みも参照の事。

昭和30年代に使われた個々の物品を保存する試みは多くの個人や企業・団体などによってなされている(あるいは、たまたま昭和30年代から使い続けている例もある)。大分県豊後高田市では、昭和30年代から建物の建て替えが進まず衰退した中心商店街を逆に活かし、昭和30年代の町並みを再現して「昭和の町」と命名し、観光地化を進めている。

1994年3月6日に開館した新横浜ラーメン博物館(の地下)は昭和の下町を再現した造りになっており、好評を博している(但し昭和レトロ型フードテーマパーク嚆矢ではなく、嚆矢1993年6月大阪梅田スカイビル内に出来た滝見小路である{関東地方では嚆矢})。東北地方に展開する焼き肉レストランやき組の店内も、昭和の横丁のような造りになっている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月1日 (日) 04:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【昭和ノスタルジー】変更履歴

ご利用上の注意