有田哲平

有田哲平の最新ニュースをまとめて検索!

 有田哲平
本名 同じ
ニックネーム ありぺい
生年月日 1971年2月3日(38歳)
出身地 日本熊本県熊本市
血液型 不明
身長 173cm
方言 標準語
最終学歴 立教大学法学部中退
師匠 コント山口君と竹田君
コンビ名 くりぃむしちゅー
相方 上田晋也
芸風 漫才コント(ボケ)
立ち位置
事務所 プライム→株式会社ナチュラルエイト
活動時期 1991年 - 現在
同期 ナインティナイン よゐこ キャイ〜ンなど
現在の代表番組 アリケン
なんでもアリタっ!
オレたち!クイズMAN
過去の代表番組 むちゃぶり!
ホリペイ
作品 監督作品『特典映像』
他の活動 俳優声優
配偶者 未婚
親族 有田真平(実弟)
矢野暢(叔父)
鵜波美布(従姉妹・小説家)
  

有田 哲平(ありた てっぺい、1971年2月3日 - )は、日本お笑いタレント司会者俳優声優。所属事務所は株式会社ナチュラルエイト。くりぃむしちゅーボケ担当(デビュー当時はツッコミ担当)。相方は上田晋也血液型は不明(まだ検査していない)[1]。身長173cm。体重80kg。基本的に呼称は呼び捨てだが一部(特にネプチューン堀内健原田泰造)からは有平(アリペイ)と呼ばれている。

目次

[編集] 来歴

  • 熊本県熊本市出身、熊本大学教育学部附属中学校熊本県立済々黌高等学校卒業。高校在学中にラグビー部で相方上田晋也と出会う。現役時に明治大学法学部に合格していたが、上田に「一緒に早稲田に入ろう」と言われ浪人。一浪を経て、上田は早稲田大学に合格するも、有田は不合格。有田は上田がまた浪人してくれると思っていたが「お前は立教がいい」と言われ立教大学法学部に入学。一旦は弁護士を目指したが、芸能界に進むため中退(共にお笑いへ進むため上田が一方的に有田の退学届けを出したという説がある)。
  • 幼少の頃から裕福な家庭だったが、父親が営んでいた広告代理店経営破綻に追いこまれた事から大学の授業料を滞納することに。それに関する父親からの報告と、有田からの中退の報告とが重なったと何度かネタにしている(有田は勘当を覚悟しての報告だったが、「学費を納めなくていいなんてお前は孝行息子だ。それにやりたい事を見つけるなんて素晴らしい! 」と絶賛される。後で振り返ると、その時点で会社が傾いていたらしい)。また、元々は弁護士を目指したのだが、父親の影響によるものだったという。ちなみに広告代理店の経営破綻後、両親は離婚。有田が実家へ帰ると有田家の表札が「長谷川」にいきなり変わっていたという。更に同時期に祖母が病死、父親も亡くなり、その後も身内では叔父(後述)がセクハラで訴えられたり、カード破産する者がでたりと不幸が連続した[2]
  • 大学中退後上田晋也からの誘いを受けお笑いコンビ「海砂利水魚」を結成。コント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。
  • 後にTBS『ウンナンの気分は上々。』にて、さまぁ〜ずとの改名を掛けた3度目の対決に敗れ、ウッチャンナンチャン内村光良に「くりぃむしちゅー」と命名され改名。現在に至る。
  • 2008年、DVD「特典映像」で監督としてデビュー。

[編集] 人物

[編集] 芸風

  • どのような内容の番組であっても徹底してボケを貫く。お笑い評論家のラリー遠田は有田を「自分が一歩引いて、相手の面白い部分を引き出すことに長けている、引き芸の達人」と評している。遠田曰く、コンビのボケ担当で引き芸に長けているのは比較的珍しいタイプだという[3]
  • 得意とする物真似のレパートリーは、自身が大のプロレスファンという事もあり、プロレスラーのものが多数を占めている(後述)。中でもアントニオ猪木のものまねは『内村プロデュース』での「○○で勝利するをプロデュース(スポーツシリーズ)」の水泳での際内村光良に振られ、思いのほか好評だったため、後に彼の鉄板ネタとなった。
    • 長州小力がものまねをしてお馴染みとなった「キレてないですよ」(実際は「キレちゃいないよ」である)[4]は、有田のネタが元となっている。後に『笑いの金メダル』で有田とコラボを組んで「W長州」としてネタを披露した事がある。
  • 2000年10月テレビ朝日系列で放送された本木雅弘主演のラブコメディドラマ「スタイル!」に「牛膝ジュン」役でレギュラー出演しており、現在と異なる“芸風と髪型”が見られた。

[編集] 学生時代

  • 中学時代の2年先輩にラジオパーソナリティの荘口彰久がいる。
  • 中学2年生の時にアメリカホームステイしていた。その為か、「銭形金太郎」において名倉潤について歌った歌『名倉はガイコツ』の英語歌詞バージョンを披露したことがある。
  • 上田とはラグビー部で知り合ったが、試合では上田がレギュラーで有田はベンチ要員だったらしい。しかも、ラグビーのルールをよく理解しておらず、ある試合で上田がボールを持ちトライする為ラインに向かって走ると、有田は何を思ったかチームメイトである上田にタックルをしてきたという。
  • 高校時代、上田が応援団長で有田が副団長だった。
  • ラグビー部の皆で将来の夢を話していた時、他の部員は真面目に将来の夢を語っていたが、有田にいたっては「俺は光GENJIに入る」と真顔で言っていたという。
  • 小学校時代、便意に耐え切れず、便器を前にしてパンツを下す瞬間、パンツに直に大便を漏らしたことがある。もちろんパンツをそのまま履くことができなかったため大便とともに流した。しかし、パンツには名前が書いてあったので、後々になってトイレが詰まり、そのパンツが発見されるのではないかと本気でおびえていた。

[編集] 趣味・趣向

音楽
食べ物
ゲーム
  • ヘビーゲーマー
    • ラジオなどでよく『実況パワフルプロ野球9』のサクセスモードについて熱く語っていた為、『パワプロクンポケット7』には有田をモデルにした、「有田修吾」が登場した。近年オールナイトニッポンにて実況パワフルプロ野球の最新作が発売されるたび(開幕版、決定版共)に主にサクセスモードを暇さえあればやっていると公言している。また、定期的にオールナイトニッポンのスタッフ達を集めてのパワプロ大会を行っている(有田曰く上田以外スタッフ全員参加している)。 芸能界きってのパワプロ好きだが、実際の野球にはあまり興味がなく、疎い。
    • サカつく』も好きであると発言している。
    • 龍が如く』『クイズマジックアカデミー』を絶賛していた。『龍が如く』に関しては、ラジオでおもしろいゲームであると発言したため、本人が知らないうちに「くりぃむしちゅー有田も大絶賛」と宣伝文句にされた。
    • ドラクエ』や『ダビスタ』も愛好している。
プロレス

[編集] 家族・親戚

  • 母は水泳オリンピックの代表候補になる程の選手だった。現在も熊本県内にある室内プールの管理者の傍ら、子供達に水泳の指導を行なっている。2008年、シニア部門マスターズ世界水泳選手権の平泳ぎで6位に入賞した。あまり練習せずに大会に挑んだそうで、もっと練習していれば3位内には入れたと話していたという[7]
  • 3人兄弟の次男。弟は放送作家有田真平。兄は熊本で教師をしている。
  • いとこは小説家の鵜波美布(代表作『武運』など)。
  • 叔父は政治学者矢野暢日本初のノーベル賞の選考委員・スウェーデン王立アカデミー会員を務めた人物)。「親戚にいる大学教授のオジサンを見習えと言われていたが、その人セクハラで訴えられた」というネタをよく使う(ネタの事実は本人の頁を参照)。
  • 高校生になってからも父親のことを「パパ」と呼んでいた(そう呼ぶように言われていた)[8]

[編集] 身体的特徴

  • 顎がしゃくれている。
  • 年々太ってきたためとろサーモン久保田和靖に似てきていると、ファンや上田に指摘されており、本人も自覚しつつある。視聴者が久保田をみて有田と間違うこともあるらしい。
  • 人間ドックで脂肪肝であることが判明し、ウエストの測定結果は97cmという危険な数値だった(メタボリックシンドロームの基準値は85cm)ため、2007年11月から炭水化物を完全に抜き、年内に体重を75kg・ウエストサイズを85cmまで減らすことをラジオで宣言した。同年12月25日オールナイトニッポンにて体重測定を行った結果、83kgから76kg(脱衣時75kg)にまで減量していたが、約束の体重を1kgオーバーしていた為、上田晋也の取り決めにより番組内で罰ゲームをすることになった。2008年6月24日の放送で久々に有田の体重測定を行った結果、82kgと再びリバウンドしてしまった。
  • 2008年5月1日放送回「アリケン」(テレビ東京)の企画で、左頬のシミを消すプチ整形を行った。
  • 自身では、隔世遺伝祖父からのものと言っているが、遺伝にキテいる。完全にハゲるまで、時間の問題だと自身で公言しているが、一応、育毛剤を使用しており、その育毛剤の力を強くするため、モミダッシュという頭皮洗浄用の機器を使用している[9]
  • 2007年1月4日放送の「ミドル3」では、去年の反省点を「軽くED」と語っていた。

[編集] エピソード

  • H/K(話変るけど)」という若者言葉を作った人物。『銭形金太郎』(テレビ朝日系列)の深夜放送時代にVTRの前フリで使用していた。
  • 山崎弘也アンタッチャブル)と同じマンションに住んでいる(山崎は後輩のため有田より下の階に住んでいる)。
  • 番組収録の合間に後輩芸人(山崎やおぎやはぎ次長課長等)を集めて芸に対するアドバイスやダメ出しを行う事が多いが(「有田塾」と呼ばれている)、内容は「全くタメにならない話ばかり」しているという(『アメトーク』で土田晃之が暴露していた。ちなみに土田は有田に「『銭形金太郎』のロケで泣け」というアドバイスを受けたことも話していた)。
    • 一方で陰では的確なアドバイスもしているようで、土田は有田に言われた「お前は『好きな芸人は誰ですか』という街頭インタビューがあったときに名前は挙がらないかもしれない。しかし、『土田のことを面白いと思うか』というインタビューで9割の人が面白いと答えるような、そういう芸人になれ」という言葉は、雛壇芸人や番組のサブとして活動していこうと覚悟を決める際に重要なアドバイスとなったと語っている[10]
  • テレビ番組『銭形金太郎』(テレビ朝日系)では、相方・上田のプライベートを暴露し、また司会名倉潤の風貌を批判するを歌った(計11曲)。名倉の歌は同番組のエンディングテーマにもなった。また名倉を顔立ちから時々ガイコツラクダナシゴレンパクチー等と呼ぶ。
  • 2001年6月、相方と共にMCとして出演していた瀬戸内海放送(KSB)の若者向け人気深夜番組「ばちこい!」内の企画で、Bachicco!という地域限定アイドル(ロコドル)をプロデュースし、見事デビューさせた。なおデビュー曲『ばっちり恋しよう!』には彼のラップパートが収録されている。現在もBachicco!の総監督を務めている。
  • 以前、ある番組でMCをした際に松本人志ダウンタウン)から、有田のキャラより「有田は本気じゃない」とふざけて言われたことが巡りに巡って、番組プロデューサーに「お前、松本さんにこの番組で手抜いてること見抜かれてるらしいな」と言われたことがある。
  • 毎年、年末に出演が決まっている『怒りオヤジ』が、その一年のベスト仕事だと豪語している。
  • 堀内健ネプチューン)からは「これからのことも、お笑いのことも真剣によく考えているし、芸術を見るセンスもある。とにかく凄くいい奴」と評されている[11]
  • 2009年4月22日放送『はねるのトびら』の「ザ・ウラモネア」にて、おぎやはぎ矢作とアンタッチャブル山崎から「散髪は必ず山崎と一緒に行く」、「旅行先でお揃いの物を買いたがる」、「誕生日にメールや電話をしないと怒る」等、内面は意外と女子っぽいことを暴露された。

[編集] 女性関係

  • 女性に対しては常に下心の固まりで、基本的にエロ変態である。
  • ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で、相方・上田が「合コン好きの有田を懲らしめてほしい」と番組に依頼し、騙しの合コンをセッティングするという企画が放送された。この企画は3回行われたが、全て番組が仕掛けた落とし穴に落下している。女の子と2人きりになった時、「クルトンって呼んで」と言ったことから、ロンドンハーツでは「クルトン」(クルトン有田。悪いクルトン、略して「ワルトン」もいる。本人曰く「ベッドではワルトン」らしい)と呼ばれるようになった。その後、有田は「上田の好感度を落とすため」として田村淳に上田を騙す企画を依頼したが、その企画において上田は有田とは反対に誠実な振る舞いを見せ、放送終了後の番組HPのBBSには上田を絶賛する女性視聴者からの書き込みが多数寄せられ、逆に上田の好感度を上げてしまう結果となった。その放送後には上田の硬派キャラをパクって合コンしていると番組で山崎に暴露され、同番組の騙し合コン企画で最後にまた落とし穴に落下している。その後も懲りずに山崎らを率いて合コンを続けているとの事。
  • 2004年8月深田恭子との泊まりがけのデートが写真週刊誌にスクープされた。更に8月19日発売の週刊誌で山崎弘也(アンタッチャブル)と合コンを行った帰りにラブホテルに入る所を撮影され、また、別の女性とも同棲しているとも言われており、ルックスに似合わずプレイボーイとして有名。しかし深田との一件以来モテなくなったと発言している。
  • 写真週刊誌の一件以来、合コンなどを自粛する一方で、相方の姪っ子2人にハマり、2人と遊ぶため休日にわざわざ熊本まで上田を伴わずに帰っているという。理由は「どんなにユルいことを言ってもウケるから気分がいい」とのこと。因みに2人は、有田のことを「ありぶす」(また、アンタッチャブル山崎を「やまぶー」、柴田を「しばめんこ」)と呼び、「ありぶすお前顎伸びたな~。」等散々なことを言われるという[12]。2人とはメールでの近況報告などもしている。[13]
  • キャバクラも好きで、行く先々の店で必ずと言って良い程セクハラ行為をしている。
  • 服などの買い物をする時矢作兼おぎやはぎ)とよく一緒に行くらしいが、店員が好みの女性だと「(TVのイメージと違って、実は)自分は後輩思いの優しくて良い先輩である」と、見せつける為に、矢作に奢ってあげているが、その時の店員が男性又は好みの女性でなかった場合は、決して奢らず割り勘との事。好みの女性のタイプは、巨乳の若い女性(有田風に言うところの『パイオツカイデー』な女性)。

[編集] オールナイトニッポン

  • 海砂利水魚のオールナイトニッポンスペシャル』で上田と対決し負け、勅使川原昭によって放送終了後、丸坊主にされた(2005年7月からは『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』としてレギュラーパーソナリティに昇格、2008年12月終了)。
  • 2005年7月5日山崎弘也矢作兼と共に夜に中華料理屋へ行き、後輩のその2人からを勧められ、その後の仕事でオールナイトニッポンの初回放送があるからと言い断ろうとしたが、後輩のその言葉に負け、その後仕事があるのにもかかわらず、飲み、オールナイトの本番で相方の上田に叱られる。
  • オールナイトニッポンでは上田に身内の事を暴露されている。また、当番組内で「スターダスト有田」というキャラクターが作られた。
  • ニッポン放送での通称は「有田先生」(2005年6月24日放送『目からウロコ!24』まで)、TBSラジオの番組(『極楽とんぼの吠え魂』)では「タップ哲平」とも呼ばれたこともある。
  • オールナイトニッポンでは『月に一度のお楽しみ』として上田晋也に「ムチャ振り」をするが、あっさりとこなされるため、有田はムチャ振りなんて大した事ないと思い単独の仕事『むちゃぶり!』を受けた。ところが実際にムチャ振りを受けてみると驚くほどグダグダになったため、上田を「ムチャ振りの天才」と言ったこともあった。
  • 太っているため、度々、ダイエット企画をオールナイトニッポン内で行い、外を出歩くと、いろんな誘惑が多すぎるため家にこもるようになる。ちなみにその時の家での生活は、ゲームをして、週刊プロレスをパラパラ読み、朝から地ビールを飲んで、一日を終えるものであり、上田に言わせれば、「ゴミ」だという。
  • 2009年4月16日にそれまでオールナイトニッポンの裏の時間帯であるため出演できなかったJUNK枠の『アンタッチャブルのシカゴマンゴ』にゲスト出演した。有田の第一声は「まいったね。」であった。

[編集] 単独の出演

コンビでの出演については、くりぃむしちゅーの項目を参照。

[編集] レギュラー出演番組

※2009年10月現在、NHKを除く民法キー局全てに出演中。

[編集] 過去の出演番組

[編集] ドラマ出演

  • スタイル! (2000年・テレビ朝日・連続ドラマ) 牛膝ジュン役
  • 学校の怪談春の物の怪スペシャル俺達の文化祭

[編集] 映画出演

[編集] CM

[編集] 携帯電話放送

[編集] ものまねレパートリー

プロレスラー以外にも『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』のワンコーナー「ツッコミ道場! たとえてガッテン!」の最中に演じられていた藤岡弘、など、他にも多くのものまねレパートリーが存在する。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注・出典

[ヘルプ]
  1. ^ 2008年4月23日放送回『徹子の部屋』出演時に、「血液型を知らないために出来なかったことがない。そのため、検査する機会がない。」と発言している。
  2. ^ 「笑ナビ 必読!お笑い芸人ナビゲーション2005」(アンドリュース・プレス社刊)
  3. ^ [[1]]. 日刊サイゾー. (2008-10). http://www.cyzo.com/2008/10/post_1057.html 
  4. ^ 1995年10月9日の対安生洋二戦後のインタビューで長州が口にしたもの
  5. ^ 2008年『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』より
  6. ^ [[2]]. オリコン. (2009-03-17). http://english.oricon.co.jp/news/64159/full/ 
  7. ^ 2008年4月29日放送「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」で発言
  8. ^ 2009年11月16日放送の『しゃべくり007』にて
  9. ^ 2008年4月23日放送「徹子の部屋」出演時に発言
  10. ^ 2009年5月15日放送回『僕らの音楽』出演時に発言
  11. ^ 2008年24時間テレビ 「愛は地球を救う」深夜企画 『どうでもいい世紀の誓い 100連発!』」(日本テレビ)より
  12. ^あっぱれさんま大教授」にゲスト出演時の発言より
  13. ^ 2009年1月25日ホリペイ」(BSジャパン)の本人の発言より

最終更新 2009年11月16日 (月) 15:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【有田哲平】変更履歴

ご利用上の注意