服部幸男
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服部 幸男(はっとり ゆきお、1971年1月5日 - )は、静岡県浜松市出身、在住の競艇選手である。登録番号は3422(64期)。ランクはA1で、血液型はB型である。
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[編集] 来歴
- かつての競艇選手だった父・正彦のもとに生まれる。また、過去暴走族に所属し、暴走行為が発覚して6ヶ月間の出場停止処分を受け、暴走族から足を洗い、1992年の全日本選手権競走において、21歳(当時)の若さで(SG史上最年少である)初優勝したのを皮切りに1997年の賞金王決定戦競走で優勝し、植木通彦に年間最高賞金記録を抜かれるまでその記録を保持する腕前をもつ。それから現在まで9年間SGでの優勝がない。同期生に松井繁がいる。松井は服部をライバル視しており、インタビュー等で公言することが多い。
- 2007年の平和島競艇場の総理大臣杯競走は、浜名湖競艇場・正月一般競走2日目でフライングをしたことによるフライング休みのため、出場ができなくなった。
- 2007年9月11日桐生競艇場の開設51周年記念赤城雷神杯競走・準優勝戦において、フライングをしたため、2007年11月7日から12月6日までフライング休みとなり、12月7日から2008年3月6日までのG1競走選出除外が決まったため、東海地区選手権競走の2連覇はなくなった。
- 2009年5月5日、浜名湖競艇場のGWレースで通算1500勝を達成。
[編集] 成績
[編集] 全国勝率・2連対率
(集計期間: 2005年11月1日~2006年4月30日)
- 全国勝率: 7.24
- 2連対率: 45.60%
[編集] SG・G1優勝
すべて獲得順に掲載
[編集] SG
[編集] G1
- 競艇キングカップ・周年記念競走(1993年・児島競艇場)
- 浜名湖賞・周年記念競走(1994年、1997年に2回、2006年・浜名湖競艇場)
- 東海地区選手権競走(1995年、2007年・浜名湖競艇場、2001年・津競艇場、2004年・蒲郡競艇場。1995年は親子で優勝戦に出場)
- 新鋭王座決定戦競走(1997年・尼崎競艇場)
- 宮島チャンピオンカップ・周年記念競走(1997年・宮島競艇場)
- 競帝王決定戦・周年記念競走(1997年・下関競艇場)
- モーターボート大賞(2001年・下関競艇場)
- 海の王者決定戦・周年記念競走(2005年、2009年・大村競艇場)
- 全日本王者決定戦・周年記念競走(2007年・唐津競艇場)
- 戸田グランプリ・周年記念競走(2008年・戸田競艇場)
- ダイヤモンドカップ・周年記念競走(2009年・蒲郡競艇場)
[編集] 人物・エピソード
- 1990年代には競艇界のアイドル的存在で、女性人気ナンバーワンに君臨していた。
- 好物は地元浜松の名物である餃子。10個でも20個でも平気で食べる。ご飯のおかずに餃子、酒を飲む時も餃子をつまみにするほどの餃子好き。
- 選手紹介では毎回「ベストを尽くします!」とコメントする。
- 1995年の地元開催の笹川賞では、選手宣誓で「優勝したら(頭を)坊主にします」と宣言して見事に優勝。祝勝会の席には本当にバリカンが持ち込まれ、明るい断髪式の様な祝勝会になってしまった。
- 1997年のはじめごろ、坊主の反動で長髪に。以降、3年間はその髪型にしていたが、次第に飽きてきた様子で、2000年に蒲郡競艇場で行われた笹川賞では短髪に。それ以降、暫くは坊主にしていたほど。
- 2006年の5月、4年間交際していた女性と結婚式を挙げ、10月には父親になった。
- 新人当時、内側艇を先に旋回させ、そのふところを遅れて旋回する「差し」という戦法が主流の中、自ら攻めて内側艇をまくり、さらに内側艇との空いたスペースに飛び込む「まくり差し(全速差し)」という戦法を生み出した選手である。この圧倒的破壊力を持つ戦法を駆使することで新人ながら多くの勝利を重ね、さらに自ら「水の上では先輩も後輩もない」と発し、年功序列の世界に一石を投じる結果となった。現在の若手主流、スピードターン全盛期を切り開いた一人である。
- 後に「水の上では先輩も後輩もない」発言はCM撮影用に用意された台本の台詞である事が判明した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月8日 (日) 03:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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