朝倉在重 (石見守)

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朝倉 在重あさくら ありしげ1583年天正10年)-1651年1月10日慶安3年11月19日))は、江戸時代旗本。父は朝倉宣正通称は仁左衛門、官途は石見守。娘は牧野儀成室。

[編集] 概略

徳川秀忠に仕えて書院番士となる。のち膳番に転じ、大坂夏の陣には親族である牧野忠成に属して出陣、1625年寛永2年)7月500石に加増されて目付に昇進した。1630年(寛永7年)には使番で千石と順調に昇進を重ね、1632年(寛永9年)には加藤忠広改易に伴う細川忠利の熊本襲封に際しては、八代城引渡の大役を任され、細川氏の家臣有吉立道に無事引き渡した。1633年(寛永10年)二千石に加増され、1639年(寛永16年)旗本の極官である江戸町奉行に任ぜられた。1641年(寛永18年)には守名乗りを許されて石見守となっている(三千石以下であるため、本来は資格がない)。1642年(寛永19年)には幕閣の一員として、松平信綱らとの連署で駿河田中藩松平忠晴に対し飢饉対策を指示する命令を下している。1650年(慶安3年)11月19日、在職のまま亡くなった。享年68。

先代:
朝倉宣正
在重流朝倉氏
?-1650年
次代:
?

最終更新 2009年10月30日 (金) 08:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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