朝敵
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朝敵(ちょうてき)とは、日本において天皇に敵対する勢力を意味する呼称。
[編集] 意味
「逆賊」「非国民」などと同じで、各々の時代において、天皇に与する陣営が、政治的敵対者の抹殺を謀って唱えた語。多くの場合、唱えた側からの殺害対象とされた。官軍を主張する側が有力な場合には、いかなる経緯があろうとも、この呼称で呼ばれたものは当時の日本の政治上「悪」とされた。特に幕末には尊王攘夷論が高まり、「朝敵」という名で政敵への殺害が横行した。
親王同士が対立した場合などにも相互に朝敵と呼び合う場合があり、正統性の主張や宣戦布告であるとみなされる。
当然ながら現実の歴史では、「官軍」が「朝敵」を打ち破るとは限らず、承久の乱のように「逆賊」が「官軍」に勝利したり、南北朝時代のように自称「官軍」同士が戦うこともある。
又、「天皇の敵」という意味では、大日本帝国憲法下の日本において、治安警察法や治安維持法などによって弾圧・破壊された勢力(例:幸徳秋水)も「朝敵」であると言える。
- 歴史的に「朝敵」呼ばわりされた勢力
- 平安時代に関東地方において「新皇」を名乗った平将門一党
- 鎌倉幕府滅亡後に後醍醐天皇によって開始された建武の新政から離反した足利尊氏
- 幕末には1864年(元治元年)の八月十八日の政変で失脚した長州藩(禁門の変で京都御所に発砲した事により朝敵となり、幕府による長州征伐を受けて二次にわたる幕長戦争が起こる)
- 王政復古により15代将軍徳川慶喜(慶喜は朝敵とされると上野寛永寺に謹慎した)
- 戊辰戦争においては徳川幕府側勢力(中心的勢力とみなされた会津藩は明治政府軍から集中攻撃を浴び、会津藩を強く支持した米沢藩は、比較的早期に降伏したにもかかわらず、戦後重罪に処された)
[編集] 関連項目
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