木佐彩子

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きさ あやこ
木佐 彩子
プロフィール
本名 石井 彩子
出身地 日本 鳥取県米子市生まれ、以降本文参照
生年月日 1971年5月26日(38歳)
血液型 B
最終学歴 青山学院大学文学部英米文学科卒業
職歴 本文参照
活動期間 1990年代初頭から
配偶者 石井一久埼玉西武ライオンズ投手)
家族 夫と1男
公式サイト 公式ブログ
出演番組・活動
現在 本文参照
過去 本文参照
備考
母親は里帰り出産した。
  

木佐 彩子(きさあやこ)は、日本フリーアナウンサータレント

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 大学卒業まで

両親と兄との4人家族。東京都出身。出生地は鳥取県米子市

父親は海外転勤の多いサラリーマンだった。このため、小学2年から中学2年まで、米国ロサンゼルスで過ごした。 この時、アメリカの女性ニュースキャスターの先駆け的存在のコニー・チャン(Connie Chung)に憧れていたこと[1]や、帰国子女で英語が堪能なことが木佐のその後の人生に大きな影響を与えることとなる。

1987年青山学院高等部に38期生として入学。在学中はチアリーディング部に所属し、副キャプテンを務めた。その後大学の文学部英米文学科に進んだ。

大学在学中、語学学校にも通い通訳のアルバイトもしていた。そしてテレビ朝日系『CNNヘッドライン』、『ニュースステーション』にキャスター、リポーターとして出演。放送デビューを果たした。

[編集] フジテレビ時代

大学卒業後の1994年フジテレビジョン入社。同期は武田祐子富永美樹佐野瑞樹など。入社後は数々の人気番組に出演し、看板アナウンサーとなった。

夫の石井とは、ヤクルトスワローズに所属していた当時『プロ野球ニュース』担当がきっかけで交際を深め、2000年3月に結婚。これがきっかけで『スーパーニュース』に移ることとなったが、2001年、番組内で妊娠4か月に入った事を視聴者に報告、同年8月から産休に入り、12月男児を出産した。

直後、夫が米大リーグロサンゼルス・ドジャースに移籍したこともあり、2003年1月、フジテレビを退社した。夫の大リーグ在籍中はその英語力を生かして生活をサポートしていた。

[編集] フリー転向後

フジ退社後は、夫が日本球界に復帰するまで、オフシーズンを利用して帰国時に日本で仕事をする形で仕事を続けていた。日程の都合上、どうしてもCMが中心であった。日本での本格的な仕事再開は夫が古巣に復帰した2006年からである。

[編集] エピソード

  • 字は丸字で決して綺麗とは言えない。通称:「木佐字」
  • フジテレビに入社した当初は、同期の富永美樹(シャ乱Qまこと夫人)の方が目立っていたため地味な存在であった。しかし、『笑っていいとも!』でテレフォンアナウンサーをしていた頃にあったコーナー「恐怖のドカン大作戦」での青汁の飲みっぷりが評判となり人気アナウンサーとなる。他ではウミガメモノマネタモリらを大爆笑させた。
  • 後輩の内田恭子アナ同様、歌も音痴で番組の企画で過去にレッスンも受けている。漫画家みずしな孝之にネタにされたこともある(特に『ササキ様に願いを』および本人は出ていなかったもののモデルになったと思われる『戦え!アナウンサー』では、「馬鹿キャラ」・「破壊神」(「リーサルウェポン」とも、とにかく球場施設や、社屋を壊したり選手に怪我をさせたりする)というキャラクター設定がされて、後者に関しては、木佐からみずしなに「スポーツキャスター生命に関わる」という苦情が出された(「ササキ様に願いを」単行本発売時の帯のコメントに「アナウンサーとしての信用が…(笑)」と書かれていた))。
  • バラエティ番組でのボケは仕事としてやっていて、本当はやりたくはなかったと番組で告白している。
  • 交友関係は幅広く、中学生の頃に同じ塾で、席が隣同士になった事がきっかけになり、フリーアナウンサー久保純子(元NHK)と親友になった。
  • バイオリニストの高嶋ちさ子とは、ロス時代の自宅が近所で、泊まるくらい仲が良い。『スーパーニュース』のコーナーで登場していた料理研究家・栗原はるみとも仲が良い。また、フジ在籍中に同僚時代をおくった先輩アナの岩瀬恵子中井美穂小島奈津子西山喜久恵、同期アナの武田祐子、後輩アナの千野志麻らとは現在も交流があり、時々家に招いていた。
  • 古田敦也(元ヤクルト監督)・中井夫妻とは、“元東京ヤクルトの選手”と“元フジテレビアナウンサー”という共通点が多く、家族ぐるみで仲が良く、盛んに交流もしている。『スーパーニュース』で共演した安藤優子とも親しく、糠床をもらったことがある。木村太郎とも親しく、安藤優子とともにアメリカの自宅に招いたこともある。
    • 料理が大の苦手で、婚約発表の際、記者連中から奥様の得意料理はと質問された石井は「生野菜、ですかねぇ…。」と苦笑をたたえながら応答したといういきさつがある(これを聞いた安藤優子が、「生野菜は料理ではない。私が教える」とコメントし、糠床をプレゼントしたという話がある)。
  • 大のアワビ好きで、初任給でアワビを食べるのが夢だったといい、初給料をもらった際、千葉の料亭に1人でアワビを食べに行ったという。
  • アナウンサーなのに小学校で習う程度の漢字(遊園地など)も読めず、原稿にルビを振っていたのは有名。以前、大手週刊誌にルビだらけの原稿片手に笑っている写真が掲載されたことがある。「プレッシャーSTUDY」出演の際、「吾輩は猫である」という書き出しの文学作品名が答えられず、クイズが成立しなくなりそうだったので、司会者らに事実上答えを教えてもらっていた。
  • フジ時代はほとんどパンツスタイルで通し、スカートは滅多にはかなかった。フリーになってからは、スカートをはく事が多くなっている。
  • 学生時代は東京ドームでアルバイトをしていたようで、日本テレビの人気番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」の第15回大会(1991年)の第1次予選では、それまで11年連続第1問で失格となり「疫病神」と呼ばれた挑戦者を乗せたリリーフカーを運転している姿が映っている。[2]
  • レギュラー出演中のMusiGにGacktが出演した際「(木佐が)独身だったら口説いてた」「結婚したと知ったときは残念だった」など言われ「自慢していいですか?」(残念だったと言われ)「私も残念な気持ちになってきました」と発言し完全にGacktの虜になっていた。
  • 2009年11月20日には、自身がレギュラーを勤めているNHKワンセグ2「ワンセグランチボックス」にて、夫の石井と一緒に出演。番組内で夫婦生活の様々なことについて語った。石井はそこで、同番組の新しいキャラクターとして以前から極秘として考えていた「山村 アキラ」を登場させ、木佐や羊のキャラクターである「羊子」ちゃんを始め、番組スタッフを驚かせた。

[編集] TV出演

[編集] フジテレビアナウンサーとして

[編集] フリー転向後

[編集] CM出演

[編集] 関連項目・人物

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ "青山学院校友会対談 福岡伸一×木佐彩子". 2009年4月18日 閲覧。
  2. ^ 『最強!クイズ番組読本』(白夜書房2003年刊)にも記述あり

最終更新 2009年11月20日 (金) 11:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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