木村一八

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木村 一八
きむら かずや
本名 木村 一八(きむら かずや)
生年月日 1969年11月17日(40歳)
出生地 日本大阪府
血液型 O
ジャンル 俳優
活動期間 1990年代
活動内容 俳優
主な作品
毎度おさわがせしますなど

木村 一八(きむら かずや、1969年11月17日 - )は日本俳優。大阪府堺市堺区生まれ。大阪府摂津市出身。父は漫才師横山やすし。エステティシャンで漫才師さゆみ・ひかり木村ひかりは妹(異母妹)。現在の所属事務所Power M。 名前の由来は、父やすしが、「“人生一か八かや!”ということで名付けた」、「1と8でカブ(おいちょかぶ)だから」、やすしがきよしとコンビを組んだのが8人目で七転び八起きを経験して一番になったことに由来してなど様々な説がある。

目次

[編集] 来歴

[編集] 〝やすしの息子〟から人気タレントへ

幼少の頃よりバラエティ番組にたびたび出演(多くが父と共演)する。花王名人劇場などで西川きよしの次男西川弘志とコンビで漫才を披露したり、パソコンのテレビCMに出演していた。中学校卒業後に俳優となる。テレビドラマの『毎度おさわがせします』(1985年TBS)の主役として中山美穂と共演して人気を得て、映画「シャコタン・ブギ」(1987年)でも主役を演じた。さらに1986年1月には「オレたちだけの約束」で歌手デビューし、人気歌番組の「ザ・ベストテン」(TBS)の「スポットライト」のコーナーにも出演。この際、司会の黒柳徹子の「武勇伝があるそうで」という問いに、「『大阪もんが!』と言ったヤツをボコボコにした」とコメントした。やすしは「親の七光りでも何でも使ったらいい」と公言していたが、「人気芸能人の息子」という背景だけではなく、恵まれた風貌や不良っぽい言動などで、人気、知名度ともに一気に高まった。

[編集] 運転手暴行事件、吉本解雇

1988年11月、俳優として順風満帆だった19歳のとき、タクシー運転手への暴行により傷害容疑で逮捕された。仕事仲間(タレントの相楽晴子も含まれていた)との飲酒後、六本木の路上でタクシーを停めようとしたが、乗車を拒否されて立腹。直後に停車した(乗車拒否した車両とは違う)タクシーの、全く非のない運転手を脳挫傷に追い込むまで暴行した。これは横山やすし吉本興業をも巻き込む大事件となり、一八は「こいつが死んだら俺がムショ(刑務所)へ行ったらええんやろっ!」と叫んだと報じられた。

父親のやすしは、暴行事件報道直後にマスコミの取材を受け、「教育方針が間違っていたのではないか」と質問してきたテレビ局の女性レポーターに対し、「ちょっと待てや姉ちゃん。ワイの教育が間違っとるわけないやろ」「男は喧嘩するぐらいが丁度ええ」と逆に開き直った。しかし、このやすしの態度に被害者の父親が怒りをあらわにし、マスコミの報道が厳しくなると、「自分の教育が間違っていた」と号泣して謝罪した。これはやすしが当初は「一八が傷害事件を起こした」程度しか知らなかったためとも言われている。

事件当時、一八は未成年だったが、スポーツ紙やワイドショー、週刊誌などは実名で報道した。吉本興業は一八を懲戒解雇し、出演中のドラマ(疑惑の家族)から降板させる(結局その番組は途中終了となる)。その後、少年院送致となり、一時的に芸能活動を自粛となった。被害者のタクシー運転手への損害賠償は吉本興業が代わりに弁済したが、やすしが飲酒運転で解雇されたため、吉本はやすしに弁済分の支払いを請求するも、やすしの死後に請求を取り下げた(吉本の社員でやすし・きよしの元マネージャーだった木村政雄は、「亡くなった方から取り立てるわけにはいかんので」とコメントしている)。

[編集] 芸能界復帰・吉本復帰

成人後、一八はバーニングプロダクションを経て哀川翔の事務所に所属する。事件の影響でテレビ出演は控えられたが、多数のVシネマに出演した。25歳の時には傷害容疑で再び逮捕されている。2001年吉本興業に復帰する。

[編集] 吉本から独立・銃刀法違反逮捕

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ番組

[編集] ラジオ

[編集] 映画

[編集] ビデオシネマ

  • 首領がゆく(2006年-2007年)
  • 甲州プリンス(2005年-2006年)
  • 銭道4~6(2004年-2005年)
  • 日本抗争列島牙の如く(2001年)
  • リストラ代紋(1996・1997年)
  • TUFF(タフ)シリーズ(1990-1992年)

[編集] CM

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月18日 (金) 02:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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