木村剛 (コンサルタント)

木村剛 (コンサルタント)の最新ニュースをまとめて検索!

きむら たけし
木村 剛
生誕 1962年
日本の旗 富山県
出身校 東京大学経済学部卒業
職業 フィナンシャル社長最高経営責任者
ナレッジフォア社長
日本振興銀行会長
  

木村 剛(きむら たけし、1962年 - )は、日本金融コンサルタント銀行家株式会社フィナンシャル代表取締役社長最高経営責任者、ナレッジフォア株式会社代表取締役社長、日本振興銀行株式会社取締役会長代表執行役。音読みできむら ごうとも呼ばれる。

KPMGフィナンシャルサービスコンサルティング株式会社社長、KPMGフィナンシャル株式会社社長、KFi株式会社社長、日本振興銀行株式会社社長などを歴任した。

目次

[編集] 人物

富山県出身。富山大学教育学部附属中学校を経て富山県立富山中部高等学校卒業。高校時代サッカーインターハイに出場した経験を持つ。

1985年東京大学経済学部卒業。日本銀行勤務。営業局、企画局、ニューヨーク事務所、国際局など主要部局を歴任後コンサルタントとして独立。

1998年に金融・企業財務に関する総合コンサルティングを行うKPMGフィナンシャルサービスコンサルティングを設立。2005年7月に株式会社フィナンシャルに社名変更。現在は代表取締役社長兼CEOを務める。グループ会社で金融経済月刊誌「フィナンシャルジャパン」を発行するナレッジフォア株式会社の代表取締役社長も務める。2002年には金融庁金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム(通称竹中チーム)のメンバーを務めた。また日本振興銀行の設立に携わり、社長に就任している(後に辞任し、会長に就任)。その他日本サッカーミュージアムアドバイザリーボード座長、日本IFA認証機構副委員長、などを務める。mixiにコミュニティーも存在する。織坂濠のペンネームを持つ。

[編集] 役職

  • 株式会社フィナンシャル代表取締役社長&CEO

  2009年7月現在、同社HP上オフィス移転した旨の記載あるが、移転先記載なし。電話も不通。日本橋小伝馬町に移転の模様。

  • ナレッジフォア株式会社代表取締役社長兼金融経済月刊誌「フィナンシャル ジャパン」責任編集
  • 経済同友会起業フォーラム副委員長
  • 日本IFA認証機構副委員長
  • 金融イノベーション会議事務局長
  • 会計制度監視機構委員長代理
  • 金融庁金融分野緊急対応戦略PTメンバー

[編集] 来歴

  • 1998年、金融・企業財務に関する総合コンサルティングを行うKPMGフィナンシャル・サービス・コンサルティング創業、現在株式会社フィナンシャルに社名変更。
  • 2003年11月より“誰でも入会できる”会員組織「Financial Club」発足

[編集] 竹中平蔵との関係

  • 2002年には金融庁金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームに参加するなど竹中平蔵とは深い連携関係にあり、互いを擁護する発言を続けている。
  • 2004年、竹中平蔵が参議院選に立候補した際は新橋で応援演説を行った[1]
  • 木村が理事長を務める『フィナンシャルクラブ』の最高顧問を竹中が務めている[2]
  • かんぽの宿オリックスへの売却問題に関しても、郵政民営化を直接指揮し、オリックス宮内義彦とも親しい竹中平蔵の鳩山総務大臣批判[3] [4] に連動するように自身のブログで鳩山総務大臣批判[5]を行っている。

[編集] 日本振興銀行設立騒動

2003年2月12日、(社)東京青年会議所(東京JC)が第一ホテル東京で開催した例会で、パネリスト木村剛が「20億円集めれば銀行をすぐに作れる。」と発言したことをきっかけに、東京JC入会希望者として出席していた消費者金融の資金元である卸金融を手がけていたノンバンク「オレガ」の落合伸治が20億円用意し、木村にアドバイスを受け「中小新興企業融資企画株式会社」を設立して銀行設立準備に入った[6]

また、2003年度東京JC理事長も銀行設立計画に賛同し、さらにJC会員約90人から1億円が集められた。同年8月20日に予備免許申請が金融庁に受理され、同日夕刻、落合、木村、理事長の3人が「日本振興銀行設立」記者会見を行った。以降、新聞雑誌など多くのメディアで「東京JCが新銀行をつくる」と事実に反する報道がされることとなり、東京JC事務局にはOBからの苦情や一般からの問合せが殺到した。2日後の8月22日、理事長は「公益法人営利企業の設立はできない。個人の立場で記者会見に臨んだ」と東京JCメルマガを通じて見解を明らかにした[7]

その後、設立資金20億円出資者の設立発起人で社長に就任していた落合は、木村や東京JC理事長を含む役員らに銀行役員を解任され、木村を告発するなどゴタゴタが続いた[8] [9] [10] [11]。理事長は銀行設立を経歴に利用して2005年9月11日総選挙の自民党公認候補選考に応募し、東京4区から出馬し初当選した小泉チルドレン平将明である。  

[編集] 著書

[編集] 単著

  • 『新しい金融検査の影響と対策―変貌する銀行経営と企業財務の革新』(TKC出版、1999年)
  • 『リスクヘッジ経営―財務危機を回避する10の知恵』(徳間書店、1999年)
  • 『「破綻する円」勝者のキーワード』(小学館、2000年)
  • 『通貨が堕落するとき』(講談社、2000年)
  • 『スモール・エクセレント・バンク―こうすれば地域中小金融機関は生き残れる』(近代セールス社、2000年)
  • 『投資戦略の発想法―ゆっくり確実に金持ちになろう』(講談社、2001年)
  • 『新しい金融検査と内部監査―改訂金融検査マニュアルの読み方』(経済法令研究会、2001年)
  • 『キャピタル・フライト 円が日本を見棄てる』(実業之日本社、2001年)
  • 『粉飾答弁』(アスキー、2002年)
  • 『日本資本主義の哲学―ニッポン・スタンダード』(PHP研究所、2002年)
  • 『小説ペイオフ―通貨が堕落するとき』(講談社、2002年)
  • 『竹中プランのすべて―金融再生プログラムの真実』(アスコム、2003年)
  • 『「会計戦略」の発想法 日本型ガバナンスのスタンダ-ドを探る』(日本実業出版社、2003年)
  • 『マニフェスト論争 最終審判―日本の行方を見極めるカギは、マニフェストmanifesto分析にある。』(光文社、2003年)
  • 『金融維新―日本振興銀行の挑戦』(アスコム、2003年)
  • 『戦略経営の発想法―ビジネスモデルは信用するな』(ダイヤモンド社、2004年)
  • 『日本再生会議―経済と社会を変える65のQ&A』(講談社、2004年)
  • 『借り手のための金融戦略―メガバンクに頼る時代は終わった』(光文社、2004年)
  • 『おカネの発想法―財産と生活を護りながら本物のおカネ持ちになろう』(日本実業出版社、2004年)
  • 『和魂米才の発想法―日本流でも米国流でもない企業経営』(ナレッジフォア、2006年)
  • 『頭が良い人は親指が太い―デキるビジネスマンなら知っている10の法則』(ナレッジフォア、2007年)
  • 『投資戦略の発想法〈2008〉』(ナレッジフォア、2007年)
  • 『投資戦略の発想法〈2010〉』(ナレッジフォア、2009年)

[編集] 共著

  • 糸瀬茂〉『「日本」が破綻するとき―先送り国家の行く末を問う』(実業之日本社、2000年)
  • 金子勝宮崎哲弥〉『日本経済「出口」あり』(春秋社、2001年)
  • 田原総一朗〉『退場宣告―居直り続ける経営者たちへ』(光文社、2002年)
  • 高橋乗宣〉『日本国の経営学―それでも日本経済は復活する!』(アスコム、2002年)
  • 三原淳雄〉『個人投資家のすすめ おカネの神様に学ぶ』(アスコム、2003年)
  • 二宮清純〉『野球と銀行―なぜ日本は失敗したか』(東洋経済新報社、2003年)
  • 〈三原淳雄〉『騙されない社会人のための株入門―チャート分析に頼らない投資の常識』(DMDJAPAN、2006年)
  • 〈二宮清純〉『フォワードなき日本格差社会』(DMDJAPAN、2006年)

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 竹中平蔵・木村剛、新橋で初の共演
  2. ^ フィナンシャルクラブのご案内
  3. ^ 【竹中平蔵 ポリシー・ウオッチ】かんぽの宿は“不良債権”
  4. ^ 竹中平蔵 慶應大学教授「かんぽの宿を巡る鳩山総務相の事実誤認」
  5. ^ [ゴーログ]かんぽの宿は鳩山大臣に買ってもらおう
  6. ^ 『金融維新-日本振興銀行の挑戦』木村剛著(2003年9月1日、アスコム[1]
  7. ^ 「日本振興銀行に関して(経緯及び東京JCとの関わり)」『東京JCメールマガジン』(8月臨時号、2003年8月22日)[2]
  8. ^ 「専務も常務も「辞表」を出した「木村剛」日本振興銀行」『週刊新潮』(2004年11月11日号)[3]
  9. ^ 「「木村剛」を告発する日本振興銀行「創業者」」『週刊新潮』(2004年12月9日号)[4]
  10. ^ 「無担保で融資の日本振興銀行の木村剛」『週刊仕置人』草野洋(2004年)[5]
  11. ^ 「日本振興銀“内紛”業績向上へ課題山積」『読売新聞』(2005年1月20日号) [6]

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年12月5日 (土) 20:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【木村剛 (コンサルタント)】変更履歴

ご利用上の注意