木村威夫

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きむら たけお
木村 威夫
生年月日 1918年4月1日(91歳)
出生地 日本東京都恵比寿
民族 日本人
職業 映画監督美術監督
活動期間 1941年 -

木村 威夫(きむら たけお、1918年4月1日 - )は、日本の美術監督映画監督東京都恵比寿出身。日本映画美術監督協会顧問、日本映像美術協議会JVA賞審査委員長、日活芸術学院学院長、東京工芸大学芸術学部客員教授、京都造形芸術大学映画学科准教授。

目次

[編集] 人物

[編集] 美術監督として

十代の頃より、舞台美術監督伊藤熹朔に師事。1941年日活に入社。しかし、翌年に日活は新興キネマ、大都映画と合併して大映となる。『海の呼ぶ声』(1945年 / 伊賀山正徳監督、封切は終戦後)で美術監督に昇進。1954年、映画制作を再開した日活へ移籍する。

1963年、『悪太郎』をきっかけに鈴木清順監督作品の美術を担当し、「清順美学」と呼ばれるその作風の創造に大きく貢献している。1966年には、清順を中心とする脚本家グループ「具流八郎」を大和屋竺田中陽造曾根中生、岡田裕、山口清一郎、榛谷泰明とともに結成。

日活がロマンポルノ製作へと転じた後、1972年にフリーとなり、以降は林海象など若手監督の作品にも積極的に参加している。

1991年、『式部物語』が第14回モントリオール世界映画祭で最優秀美術貢献賞を受賞。

[編集] 映画監督として

2004年には、自身初の監督作品となる短編映画『夢幻彷徨(さすらい)』を公開。2008年には長編映画『夢のまにまに』を公開し、これが長編映画監督デビューとしては世界最高齢(90歳)であるとして、ギネス・ワールド・レコーズに登録された[1]

さらに、2008年8月には長編第2作目『黄金花』の撮影が行われた。プロデューサーに林海象高橋伴明が参加。出演に原田芳雄松坂慶子松原智恵子絵沢萌子三條美紀長門裕之川津祐介野呂圭介麿赤児らが参加。現役の映画監督として、新藤兼人に次ぐ高齢である。

[編集] 美術監督

[編集] 監督作品

  • 夢幻彷徨
  • 馬頭琴夜想曲
  • 夢のまにまに (「こぶ広場」改題)
  • 黄金花

[編集] 脚注

最終更新 2009年11月7日 (土) 01:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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