本塁打

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本塁打(ほんるいだ)、ホームラン英語: home run)は、野球における打者記録スポーツ新聞紙上などではHRと略される事がある。

目次

[編集] 定義

投手が正規の投球を行い、打者が正規の打撃を行ったもののうち、次のいずれかの場合を本塁打という。

  1. 打者が打ったフェアの打球が、地面に着くことなくプレイングフィールドの外へ出た場合。「プレイングフィールドの外へ出る」とは、一般の野球場においては外野スタンドに入ること、更には外野スタンドを越して球場外へ出ること(場外本塁打)を意味する。概ねボールがスタンド内(もしくは球場外)に落ちた瞬間に、行方を確認した審判員外審もしくは各塁審)により本塁打が宣告される。
  2. 打者が打ったフェアの打球が、地面に着くことなく、内野スタンドと外野スタンドとを隔てるファウルポール、もしくはポールのフェアゾーン側に張ってある長さ数メートルの金網に当たった場合。その瞬間に行方を確認した審判員(外審もしくは各塁審)により本塁打が宣告される。
  3. 審判員が、明らかに上記1, 2になるであろうと判断した打球に対して、野手がグローブや帽子などを本来身につけるべき場所から外して投げつけ、打球の進路を変えた場合。
  4. 打者が打った打球のうち、一度でも地面に落ちたフェアボールを守備側が失策を伴うことなく処理する間に、打者走者が本塁まで進塁した場合。これを特にランニングホームラン英語ではinside-the-park home runまたはinside-the-park homer)と言うが、記録上は上記1, 2, 3の本塁打と変わらない。

本来スタンド内に入らない軌道の打球であっても(主にフェンス際で)野手がグラブ等で弾いてフェア地域のスタンド内に落ちる、あるいはファウルポールに当たった場合も、上記の定義1・2に該当し、本塁打である。(俗にアシストホームランと呼ばれる。元ホークス岸川勝也、元中日ドラゴンズ川又米利らが記録している)

上記1、2、3はボールデッドになる。審判員は右手を頭上で回すジェスチャーとともに「ホームラン」と宣告する。この宣告により打者を含めた全ての走者には本塁までの安全進塁権が与えられる。上記4はボールインプレイであり、審判員の「ホームラン」の宣告はない。

走者は本塁まで正規の走塁を行うことにより、その数だけ得点することができる。打者走者が正規に本塁まで走塁し得点が認められたとき、打者に本塁打が記録される。

ドーム球場におけるフェア地域の天井や懸垂物などにボールが当たったり挟まったりした場合、その場所によって本塁打と認定するなど各球場ごとにグラウンドルールが定められている。詳しくはドーム球場の特別ルールの項を参照のこと。

[編集] 概要

本塁打は野球における最も印象的なプレイの一つとされ、完璧な本塁打を打つことによって、本塁打による得点以上のダメージを相手チームに与えることができるとも考えられている。これは球がフィールド外に飛び出すことにより、打者の力が投手の力を完全に上回ったとの印象を与えること、守備側の選手(特に投手)はするべきプレイが無いまま打者が塁を回る姿を見ることになり、観客がいるプロ野球などでは殊更に音響などで演出をするためである。また、最大の4点を得る満塁本塁打(英語:Grand Slam)で一気に逆転したり、サヨナラ本塁打で試合に勝利することもある。

本塁打を量産することで多くの得点をもたらし勝利に貢献する打者はエース投手と並ぶチームの象徴とされ、そのような打者は「大砲」なかでも4番打者、またはチームで最も本塁打を期待できる打者は「主砲」と呼ばれる。同チームに強打者が複数在籍する場合には、例えば王貞治長嶋茂雄を合わせてON砲秋山幸二清原和博を合わせてAK砲などとも表す。

本塁打を「一発」「○○弾」と言い換え「試合を決めた一発」や「決勝満塁弾」、また打球が弧を描いてスタンドインする様子を橋に見立てて「アーチを架ける」などと表現する。ライナー性の打球がスタンドインする様子には「スタンドに突き刺さる」などの表現が用いられる一方、高く打ち上げた場合は「滞空時間が長い」、「大きな放物線を描く」などと形容表現される。また「空砲」とは、期待されたほどの強打者ではない、又は本塁打が勝利に結びつかないなどの意味である。なお打たれた投手は「被弾する」と表現される。

本塁打は選手の能力以外に球場の構造にも影響されるが、近年では、バットやボールの改良、ステロイド系に代表される薬物の使用による身体能力の向上といった、観客からは判りにくい方法によってその数が増加しているとの疑いも持たれている。

ベーブ・ルースが現れるまでは、本塁打より、むしろ打率のほうが選手の評価の対象であった。これには最初期のルールで、飛球を直接捕球するだけでなく、一度地面で跳ね返ってから捕球してもアウトであったことから、アウトになりにくい地面に叩きつけるような打球が好まれたことがあげられ、ルールが変更された後もこの影響が続いたためである。

[編集] アベック本塁打

アベック本塁打(アベック砲、アベック弾)とは、同じ球団の2人の選手が同じ試合で放った本塁打をいい、その選手をアベックホーマーなどという。試合毎に回数で数える。1つの試合の中で一方又は双方の選手が複数の本塁打を放って達成した場合も1回と数える。2人の強打者が同時期に同球団に所属していなければ多く発生しないため、現行のFA制度下では理論上、通算記録は伸びにくい(ただし、現実では特定の球団にFA移籍した強打者が集まりやすいので必ずしもそうとは言えない)。

王貞治長嶋茂雄ON砲巨人)による106回、山本浩二衣笠祥雄YK砲広島)による86回、秋山幸二清原和博AK砲西武)による62回が有名である。

[編集] 被本塁打

被本塁打とは、投手打者に打たれた本塁打のことを言う。ただし、投手によって投球回数が違うため、被本塁打数が多いからといって一概に本塁打をよく打たれる投手とは言えない。そのため、本塁打を打たれやすいかどうかは、被本塁打率(被本塁打÷投球回数×9)で比べることが多い。この率が低ければ低いほど本塁打を打たれにくい投手と言える。

[編集] 本塁打率

本塁打率とは打数を本塁打で割った数字をいい、1本の本塁打を打つのに何打数必要かを表す。主に打者の長打力の参考等に使われる。

[編集] 日本記録

  • 通算記録 王貞治 10.66
  • シーズン記録 1974年 王貞治 7.86

[編集] メジャーリーグ記録

[編集] 日本での記録・エピソード

[編集] 日本プロ野球


[編集] 通算記録

記録は2009年シーズン終了時点

順位 名前 本数 順位 名前 本数
1 王貞治 868 11 土井正博 465
2 野村克也 657 12 タフィ・ローズ 464
3 門田博光 567 13 長嶋茂雄 444
4 山本浩二 536 14 金本知憲 442
5 清原和博 525 15 秋山幸二 437
6 落合博満 510 16 山内一弘 396
7 張本勲 504 17 大島康徳 382
衣笠祥雄 原辰徳
9 大杉勝男 486 19 江藤愼一 367
10 田淵幸一 474 20 小久保裕紀 384

※は現役選手、なお松井秀喜は日本とアメリカの通算で472本塁打を放っている。(2009年シーズン終了時点)

[編集] 新人本塁打数

順位 名前 所属 本数
1 1959 桑田武 大洋ホエールズ 31
1986 清原和博 西武ライオンズ
3 1958 長嶋茂雄 読売ジャイアンツ 29
4 1953 豊田泰光 西鉄ライオンズ 27
5 1949 大岡虎雄 金星スターズ 26
6 2003 村田修一 横浜ベイスターズ 25
7 1958 森徹 中日ドラゴンズ 23
8 1950 深見安博 西鉄ライオンズ 22
1969 田淵幸一 阪神タイガース
1981 原辰徳 読売ジャイアンツ
1990 石井浩郎 近鉄バファローズ

[編集] 最多本塁打

  • シーズン

詳細は「最多本塁打 (日本プロ野球)」を参照

[編集] 年齢別シーズン最多本塁打数

年齢 所属 名前 本数
17歳 国鉄スワローズ 金田正一 1本 1950年
18歳 西鉄ライオンズ 豊田泰光 27本 1953年
19歳 西武ライオンズ 清原和博 31本 1986年
20歳 西鉄ライオンズ 中西太 36本 1953年
21歳 西鉄ライオンズ 中西太 31本 1954年
西武ライオンズ 清原和博 1988年
国鉄スワローズ 町田行彦 1955年
22歳 読売ジャイアンツ 王貞治 38本 1962年
読売ジャイアンツ 松井秀喜 1996年
23歳 読売ジャイアンツ 王貞治 40本 1963年
西武ライオンズ 秋山幸二 1985年
24歳 読売ジャイアンツ 王貞治 55本 1964年
25歳 埼玉西武ライオンズ 中村剛也 46本 2008年
26歳 読売ジャイアンツ 王貞治 48本 1966年
埼玉西武ライオンズ 中村剛也 2009年
27歳 読売ジャイアンツ 王貞治 47本 1967年
28歳 南海ホークス 野村克也 52本 1963年
年齢 所属 名前 本数
29歳 中日ドラゴンズ 西沢道夫 46本 1950年
30歳 西武ライオンズ アレックス・カブレラ 49本 2001年
31歳 西武ライオンズ アレックス・カブレラ 55本 2002年
32歳 ロッテオリオンズ 落合博満 52本 1985年
33歳 大阪近鉄バファローズ タフィ・ローズ 55本 2001年
34歳 読売ジャイアンツ 王貞治 49本 1974年
35歳 大阪近鉄バファローズ タフィ・ローズ 51本 2003年
36歳 読売ジャイアンツ 王貞治 49本 1976年
37歳 読売ジャイアンツ 王貞治 50本 1977年
38歳 読売ジャイアンツ 王貞治 39本 1978年
ロッテオリオンズ ジョージ・アルトマン 1971年
松竹ロビンス 岩本義行 1950年
39歳 東北楽天ゴールデンイーグルス 山崎武司 43本 2007年
40歳 南海ホークス 門田博光 44本 1988年
41歳 東北楽天ゴールデンイーグルス 山崎武司 39本 2009年
42歳 オリックス・ブレーブス 門田博光 31本 1990年
43歳 読売ジャイアンツ 落合博満 21本 1996年
44歳 福岡ダイエーホークス 門田博光 7本 1992年
45歳 西武ライオンズ 野村克也 4本 1980年
  • 最年長本塁打の記録は岩本義行の45歳5ヶ月である。

[編集] 投手の本塁打記録

  • 満塁本塁打
日付 名前 所属 対戦相手 球場
1941年8月2日 古谷倉之助 大洋 黒鷲 後楽園
1946年6月2日 大下弘 セネタース 中部日本 西宮
1946年8月21日 藤本英雄 巨人 中部日本 後楽園
1949年4月26日 川崎徳次 巨人 大映 金沢
1950年4月21日 杉下茂 中日 西日本 佐賀
1950年9月28日 江田貢一 松竹 国鉄 日生
1951年8月15日 高野裕良 大洋 松竹 後楽園
1952年6月14日 服部受弘 名古屋 国鉄 後楽園
1956年4月11日 米田哲也 阪急 高橋 西宮
1957年10月21日 義原武敏 巨人 大洋 後楽園
1971年5月30日 成田文男 ロッテ 東映 東京
1972年6月9日 阪急 西宮
1972年9月22日 金田留広 東映 南海 後楽園
1975年6月26日 星野仙一 中日 大洋 川崎
1981年6月23日 山本和行 阪神 広島 甲子園
1984年5月13日 津田恒美 広島 ヤクルト 長崎
1999年5月21日 ガルベス 巨人 阪神 甲子園
1999年8月13日 横浜 横浜
  • サヨナラ本塁打
日付 名前 所属 対戦相手 球場
1949年6月18日 藤本英雄 巨人 南海 後楽園
1955年5月26日 金田正一 国鉄 中日 川崎
1959年5月30日 大洋 後楽園
1955年6月9日 別所毅彦 巨人 中日 後楽園
1967年5月13日 佐藤進 産経 中日 東京
1968年5月18日 堀内恒夫 巨人 産経 後楽園
1969年4月12日 木樽正明 ロッテ 南海 後楽園
1969年5月29日 金田留広 東映 西鉄 後楽園
1973年8月30日 江夏豊 阪神 中日 甲子園
1988年5月13日 郭源治 中日 巨人 ナゴヤ
1990年4月8日 木田優夫 巨人 ヤクルト 東京D
1990年8月14日 佐々岡真司 広島 中日 広島

[編集] 最多本塁打記録
記録 本数 選手名 所属球団 達成年月日 補足
歴代通算最多本塁打 36 金田正一 国鉄スワローズ
他に代打本塁打を2本打っている
セ・リーグ通算最多本塁打
パ・リーグの通算最多本塁打 33 米田哲也 阪急ブレーブス

現役通算最多本塁打 8 川上憲伸 中日ドラゴンズ

歴代シーズン最多本塁打 7 藤本英雄 読売ジャイアンツ 1950年


記録 本数 選手名 所属球団 達成年月日 達成試合・達成球場 補足
1試合最多本塁打 3 川崎徳次 読売ジャイアンツ 1949年4月26日 大映スターズ戦・石川県営兼六園野球場
堀内恒夫 読売ジャイアンツ 1967年10月10日 広島東洋カープ戦・後楽園球場

[編集] MLBにおける日本人投手の本塁打

[編集] DH制導入後のパ・リーグ球団所属投手の本塁打

この項は2008年5月末現在の記録。所属球団はいずれも当時のもの。

選手名 所属球団 達成年月日・達成球場 相手チーム 相手投手 補足
シュルジー オリックス 1991年5月29日日本生命球場 近鉄11回戦 赤堀元之

※パ・リーグのチーム同士の試合で投手が本塁打を打ったのはシュルジーが最後である。

セ・パ交流戦における記録
選手名 所属球団 達成年月日・達成球場 相手チーム 相手投手 補足
JP オリックス 2005年5月11日東京ドーム 巨人2回戦 内海哲也
岩本勉 日本ハム 2005年5月21日・東京ドーム 巨人2回戦 野間口貴彦
松坂大輔 西武 2006年6月9日阪神甲子園球場 阪神4回戦 ダーウィン
ガトームソン ソフトバンク 2008年5月28日新大分球場 横浜1回戦 三浦大輔 場外本塁打※
大隣憲司 ソフトバンク 2008年5月29日北九州市民球場 横浜2回戦 小林太志

※また、ガトームソンと共に捕手の的山哲也もこの試合で3ランホームランを打ち、「パ・リーグのバッテリーでアベックホームラン」も成し遂げている

[編集] その他の記録

[編集] 被本塁打記録

  • シーズン記録
順位 投手 所属 年度 被本数 被本塁打率
1 池谷公二郎 広島 1977年 48 1.91
2 金田留広 東映 1971年 42 1.41
高橋里志 広島 1977年 1.33
井本隆 近鉄 1980年 1.84
山田久志 阪急 1985年 1.70

チーム名は記録達成当時の所属先。

  • 通算記録
順位 投手 所属 実働期間 被本塁打数 被本塁打率
1 鈴木啓示 近鉄 1966年
 -1985年
560 1.10
2 山田久志 阪急 1979年
 -1988年
490 1.14
3 東尾修 西武 1979年
 -1988年
412 0.91
4 北別府学 広島 1976年
 -1994年
380 1.10
5 金田正一 巨人 1950年
 -1969年
379 0.62

チーム名はその選手の引退時の所属先。

  • ゲーム記録
順位 投手 所属 日付 相手 被本塁打数
1 川崎徳次 巨人 1949年
 4月26日
大映 8
2 田所善治郎 国鉄 1958年
 6月1日
大洋 7

チーム名は記録達成当時の所属先。

[編集] ランニング本塁打

  • 満塁ランニング本塁打
日付 名前 所属 対戦相手 球場
1947年7月3日 野口明 阪急 巨人 西宮
1950年4月11日 阪田清春 広島 阪神 甲子園
1974年8月28日 弘田澄男 ロッテ 南海 仙台宮城
1977年5月14日 ウィリー・デービス 中日 巨人 ナゴヤ球場
1989年7月1日 田辺徳雄 西武 日本ハム 東京ドーム
1997年4月15日 高木大成 西武 日本ハム 東京ドーム
1999年8月20日 小久保裕紀 福岡ダイエー 日本ハム 福岡ドーム
  • サヨナラランニング本塁打
日付 名前 所属 対戦相手 球場
1943年7月1日 渡辺絢吾 大和 阪急 甲子園
1952年9月4日 牧野茂 名古屋 大洋 刈谷
1957年4月7日 玉造陽二 西鉄 阪急 平和台
1984年9月16日 松永浩美 阪急 ロッテ 西宮
  • 小久保は同イニングに秋山幸二も満塁ホームランを打ったため史上2例目となるチーム1イニング2本の満塁ホームランという記録もある。

[編集] 無本塁打記録

[編集] その他の記録

年度 名前 所属 打席 本塁打 概要
1983年 田淵幸一 西武 349 30 故障で出場不足ながら日本一に貢献し正力松太郎賞受賞
1987年 ホーナー ヤクルト 355 31 1年限りの在籍だが弱小球団に大旋風を巻き起こした超強力舶来砲・赤鬼
1988年 ブライアント 近鉄 302 34 デービス退団に伴い急遽中日二軍から移籍しMr.2ランとしていきなり活躍
1989年 デストラーデ 西武 359 32 不振のバークレオに代わり来日直後からAK砲と最強クリーンアップを構成
2003年 ペタジーニ 巨人 414 34 この年移籍しコンバート、故障で打席数不足ながら打撃は成果を残す

[編集] 球史に残る有名な本塁打

最長飛距離

日付 対戦 球場 内容
1949年8月18日 大映-東急 札幌市円山球場 東急・大下弘が大映・野口正明からライトスタンドはるか上空を越え駐車場と道路を越えた先の竹藪(現在は動物園前のロータリーになっている)に飛び込む超特大の本塁打を放った。着地地点に人が入るのが困難で公式な距離は出なかったが飛距離は170m近かったと言われ、下の中西の打球さえ及ばない日本最長飛距離ではないかと言われている。
1953年8月29日 西鉄-大映 平和台野球場 西鉄・中西太が大映・林義一からバックスクリーンのはるか上(約9mと言われている)をライナーで越える超特大本塁打を放った。球場の発表では162mであったが、現在でも日本最長飛距離ではないかとの声もある。
1988年7月13日 阪急-西武 西宮球場 阪急のブーマー・ウェルズが西武・渡辺久信からレフト場外に消える特大本塁打を放った。落下位置から飛距離は162メートルと測定され、落下地点が確認された本塁打としては史上最長の飛距離である。
1990年6月6日 日本ハム-近鉄 東京ドーム 近鉄のラルフ・ブライアントが日本ハム・角盈男から放った打球は二塁後方の屋根からつり下げられている球場スピーカーに当たり、「認定本塁打」の第1号となった(東京ドームも参照)。推定飛距離は170メートルともいわれている。
1998年7月22日 全セ-全パ ナゴヤドーム 全セの4番松井秀喜巨人)が高村祐からライトスタンド5階席にライナーで運ぶ特大の本塁打を放った。推定飛距離は160メートルともいわれ、この本塁打を生で見ていた近藤貞雄は「私が今まで見た中で最も遠くまで飛んだ本塁打である」とコメントしている。
2005年6月3日 西武 - 横浜 西武ドーム 西武のアレックス・カブレラが横浜・三浦大輔から放った打球はレフトの屋根に当たって左中間のグラウンドに落ち、西武ドームのグラウンドルールにより認定本塁打とされた。打球が直撃した屋根の鉄骨部分には記念プレートが取りつけられている。推定飛距離は180メートルともいわれている。
2009年5月7日 中日 - 広島 ナゴヤドーム 中日のトニ・ブランコが広島の前田健太からナゴヤドームの高さ50mの位置にある天井スピーカーに直撃する飛球を放ち、打球はそのままグラウンドに落ちた。これがナゴヤドーム開場後初となる認定本塁打となった。推定飛距離は160メートルと言われている。

日本プロ野球記録など

日付 対戦 球場 内容
1956年3月25日 巨人-中日 後楽園球場 巨人・樋笠一夫が3点ビハインドの状況での代打逆転サヨナラ満塁本塁打(いわゆる「釣り銭無し」)。日本プロ野球史上初。
1962年4月7日 南海-阪急 大阪球場 1回表、阪急・衆樹資宏が南海・ジョー・スタンカの投じた初球を先頭打者本塁打。開幕戦の初回に初球を先頭打者本塁打したのは史上初。
1964年5月3日 巨人-阪神 後楽園球場 巨人・王貞治が史上初の1試合4打席連続本塁打を達成。
1971年5月3日 ロッテ-東映 東京スタジアム 10回表、ロッテ・佐藤元彦から作道烝が勝ち越し本塁打を放つと、続く大下剛史大橋穣も本塁打。
代わった佐藤政夫からも張本勲大杉勝男が本塁打を放ち、5者連続本塁打の日本記録を樹立した。
1983年4月10日 巨人-大洋 後楽園球場 巨人・駒田徳広が打った史上初のプロ初打席満塁本塁打。
1984年6月9日
6月11日
近鉄-南海 藤井寺球場 6月9日には近鉄・加藤英司が南海・金城基泰から逆転サヨナラ満塁本塁打。6月11日には近鉄・柳原隆弘が南海・山内和宏から代打逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、史上初の2試合連続逆転サヨナラ満塁本塁打。
1986年6月26日 巨人-阪神 後楽園球場 阪神・ランディ・バースが、8回表に巨人・江川卓の内角高めの速球を右翼場外へ弾き返し、巨人・王貞治監督の持つ「7試合連続本塁打」のプロ野球記録に並んだ。
1986年8月6日 近鉄-西武 藤井寺球場 8回表に西武の西岡良洋清原和博石毛宏典ジョージ・ブコビッチ秋山幸二大田卓司が本塁打を放ち、史上初の1イニング6本塁打を達成。
1991年5月29日 近鉄-オリックス 日本生命球場 オリックスの抑えシュルジーはリリーフに失敗、先発投手の勝利を消してしまったが続投。指名打者の選手が守備についていたため、同点の場面で巡ってきた打順でシュルジーはそのまま打席に立ちソロ本塁打を放つ。これでオリックスが勝ち越し、シュルジーが勝利投手となった。パ・リーグが指名打者制度を導入して以来初の投手による本塁打となった。
1992年10月17日 ヤクルト-西武 明治神宮野球場 日本シリーズ第1戦、試合は3-3という好ゲームのまま12回裏へ。一死満塁という大チャンスでシーズン限りでの引退を表明していた代打の杉浦享が日本シリーズ初となる代打サヨナラ満塁本塁打を放つ。この本塁打により杉浦は引退撤回。
1996年10月9日 阪神-中日 阪神甲子園球場 1回裏、阪神の新庄剛志塩谷和彦が中日・金森隆浩から満塁本塁打(塩谷は代打)。1イニング2本の満塁本塁打は史上初。
2001年7月11日 千葉ロッテ-福岡ダイエー 千葉マリンスタジアム 千葉ロッテ・フランク・ボーリック日本プロ野球史上初、延長戦で3点ビハインドの状況での逆転満塁サヨナラ本塁打。
2001年9月26日 大阪近鉄-オリックス 大阪ドーム 大阪近鉄・北川博敏がプロ野球史上初の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打。(釣り銭無し)
2004年10月19日 西武-中日 西武ドーム 日本シリーズで西武のアレックス・カブレラと中日の谷繁元信が打った日本シリーズ史上初の1試合2逆転満塁本塁打。
2006年4月30日 巨人-中日 東京ドーム 巨人・二岡智宏による史上初の2打席連続満塁本塁打。
2007年3月30日 横浜-巨人 横浜スタジアム 1回表、巨人・高橋由伸が横浜・三浦大輔の投じた初球を先頭打者本塁打。開幕戦で初回に初球を先頭打者本塁打したのはセ・リーグでは史上初。両リーグを通じても45年振り2度目。
2008年6月6日 巨人-ロッテ 東京ドーム 10回裏、巨人・加治前竜一がロッテ・川崎雄介からプロ初打席でサヨナラ勝ちとなるホームランを放つ。プロ初打席、プロ初安打がサヨナラホームランはプロ野球史上初。
2008年10月12日 ヤクルト-横浜 明治神宮野球場 ヤクルト・小野公誠が8回に代打で本塁打を放つ。既に引退を表明していた小野は1997年のプロ入り初打席でも本塁打を放っており、プロ入り初打席と最終打席が共に本塁打(プロ1打席で1本塁打のみという塩瀬盛道ドン・シュルジーの例を除く)という史上初の記録となった。
2009年4月10日 巨人-阪神 東京ドーム 阪神・金本知憲が、4月8日の広島戦(甲子園)での3打席連続本塁打に続き、中1日で再び3打席連続本塁打。月間で2度の3打席連続本塁打を打ったのは史上初。

その他

日付 対戦 球場 内容
1959年6月25日 巨人-阪神 後楽園球場 プロ野球初の天覧試合。4-4で迎えた9回裏、巨人の先頭打者・長嶋茂雄が阪神・村山実から左翼ポール際へ劇的なサヨナラ本塁打を放つ。長嶋はこの試合2本目の本塁打。王貞治も7回裏に本塁打を放ったが、106回のONアベック弾の最初のものとなった。
1967年10月10日 巨人-広島 後楽園球場 巨人・堀内恒夫が投手としては史上初の3打席連続本塁打、投げてはノーヒットノーランを達成。
1977年9月3日 巨人-ヤクルト 後楽園球場 巨人・王貞治が打ったハンク・アーロンアメリカメジャーリーグ記録を超える756号本塁打。
1978年10月22日 ヤクルト-阪急 後楽園球場 日本シリーズ第7戦、ヤクルト・大杉勝男の6回に打った本塁打はファウルボールではないかと阪急監督上田利治が抗議し、日本シリーズ最長の1時間19分の中断。
1981年7月19日 日本ハム-西武 後楽園球場 柏原純一が、永射保が投じた敬遠球をホームランにした。敬遠球がホームランになったのはこれが史上唯一である。
1985年4月17日 阪神-巨人 阪神甲子園球場 7回裏、阪神のランディ・バース掛布雅之岡田彰布によるセンターへの「バックスクリーン3連続本塁打」。投手は槙原寛己
1989年6月25日 阪神-巨人 阪神甲子園球場 8回裏二死満塁で阪神・岡田彰布が巨人・ビル・ガリクソンから左翼ポール際へ逆転満塁本塁打。奇しくも30年前の天覧試合と同じ日で、スコアも裏返しの5-4となった。
1989年10月12日 西武-近鉄
(ダブルヘッダー)
西武ライオンズ球場 この日西武が連勝すれば優勝が決定。しかし、近鉄はラルフ・ブライアントが第1試合で満塁を含む3本、第2試合1本の4打数連続本塁打を放つ活躍で勝利。この2日後にリーグ優勝を決める。
1990年4月7日 巨人-ヤクルト 東京ドーム 開幕戦、巨人・篠塚利夫はヤクルト・内藤尚行から右翼ポール際へ本塁打を放つ。ファウルではないかとヤクルト監督・野村克也が抗議するが判定は覆らず。外野線審廃止による誤審ではないかと物議をかもした(以後ポールのはわかりやすい配色に変更)。
2000年9月24日 巨人-中日 東京ドーム 0-4とリードされていた9回裏、1死満塁から巨人・江藤智による同点満塁本塁打の後、続く二岡智宏のサヨナラソロ本塁打で優勝決定1990年9月8日には、吉村禎章がサヨナラ本塁打で優勝を決めており、本拠地では、10年ぶりの出来事となった。⇒サヨナラゲーム#サヨナラゲームにまつわるエピソード
2004年8月17日 巨人-ヤクルト 東京ドーム 巨人・工藤公康200勝のかかった試合で、プロ入り後自身初本塁打が決勝本塁打となった。そして完投で200勝達成。41歳3か月での達成は当時の史上最年長記録であり、入団してから23年目での初本塁打は史上最も遅い記録である。

[編集] 高校野球

高校野球全国大会の記録一覧を参照のこと。

[編集] 高校通算記録

記録 選手名
最多本塁打(但し、練習試合等非公式なものも含む) 87 中田翔

[編集] 地方大会

記録 選手名(年度・大会)
大会最多本塁打 7 谷繁元信(1988年・島根大会)、福留孝介(1995年・大阪大会)

[編集] 選抜高等学校野球大会

記録 選手名(年度)
大会最多本塁打 3 阿部慶二(1979年)、藤王康晴(1983年)、清原和博(1984年)、元木大介(1989年)
高木浩之(1990年)、松井秀喜(1992年)、大森聖也(1995年)、下野輝章(2001年)
連続試合本塁打 3 下野輝章(2001年)

[編集] 全国高等学校野球選手権

記録 選手名(年度)
大会最多本塁打 5 清原和博1985年
1試合最多本塁打 3 清原和博(1984年)、平田良介2005年
連続試合本塁打 3 香川伸行1979年)、清原和博(1985年)、藤井進(1985年)、原島正光(2001年)、萩原圭吾(2008年
1イニング最多本塁打 2 坂口真規(2008年)

[編集] 大学野球

[編集] 東京六大学野球連盟

記録 選手名 大学名 達成年度
通算記録 23 高橋由伸 慶應義塾大学
シーズン記録 7 田中彰 法政大学 2005年秋 

[編集] 東都大学野球連盟

記録 選手名 大学名 達成年度
通算記録 24 井口忠仁 青山学院大学
シーズン記録 8 井口忠仁 青山学院大学 1994年
村田修一 日本大学 2001年

[編集] 大学野球リーグ全体

記録 選手名 大学名 加盟連盟
通算記録 26 森山正義 明治学院大学 首都大学

[編集] メジャーリーグ

[編集] 通算記録

記録は2009年シーズン終了時点

順位 名前 本数 順位 名前 本数
1 バリー・ボンズ 762 11 ラファエル・パルメイロ 569
2 ハンク・アーロン 755 12 ジム・トーミ 564
3 ベーブ・ルース 714 13 レジー・ジャクソン 563
4 ウィリー・メイズ 660 14 マイク・シュミット 548
5 ケン・グリフィー・ジュニア 611 15 マニー・ラミレス 546
6 サミー・ソーサ 609 16 ミッキー・マントル 536
7 フランク・ロビンソン 586 17 ジミー・フォックス 534
8 マーク・マグワイア 583 18 ウィリー・マッコビー 521
アレックス・ロドリゲス フランク・トーマス
10 ハーモン・キルブリュー 573 テッド・ウィリアムス

※は現役選手

[編集] 最多本塁打

詳細は「最多本塁打 (MLB)」を参照

[編集] その他の記録

ランニングホームラン数
1試合両打席満塁本塁打
2003年7月29日 ビル・ミラーボストン・レッドソックス
1イニングに2本の満塁本塁打
1999年4月23日 フェルナンド・タティース(セントルイス・カージナルス

[編集] 韓国プロ野球

通算本塁打

記録は2008年シーズン終了時点

順位 名前 本数
1 張鍾薫 340
2 梁埈赫 339
3 沈正洙 328
4 李承燁 324

※は現役韓国プロ野球選手

シーズン最多本塁打
李承燁(現読売ジャイアンツ) 56本(2003年

[編集] その他

  • ある快挙を成し遂げた際、そのことをホームランと呼ぶことがある。
  • 最大級という意味でホームラン級という言葉が使われることがある。例:「お前らホームラン級の馬鹿だな」(大和龍門ガチンコ!で語った言葉)。
  • サッカーテニスゴルフバレーボールなどある一定の区域内にボールを打ち込まなければならない球技で、その区域を大幅に超えて飛んでいくボール(テニスではフォールト)を皮肉をこめてホームランと呼ぶ事がある。
  • TBSテレビのクイズ番組『クイズダービー』の公開収録の前座(前説)をつとめていたホームランというお笑いコンビが存在している(現在も活躍中)[1]
  • 日本プロ野球において「一試合に」一人でソロ、ツーラン、スリーラン、満塁の4種類の本塁打(サイクルホームラン)を打った者は未だにいない(レオ・ゴメスが当時所属していた中日の優勝した1999年、東京ドームの対巨人戦でソロ・2ラン・3ランを放ち、その後さらに満塁の場面で打席が回ってきたが記録達成はならなかった)。ただし「一日に」一人で上記の4種類の本塁打は1979年にヤクルトのジョン・スコットがダブルヘッダーの2試合に跨る形で記録している。
  • 2007年の日本プロ野球の一軍の1試合あたりの本塁打数は約1.690本と1967年以降、最も低かった(864試合で1460本塁打)。
  • ニグロ・リーグで活躍したジョシュ・ギブソンは1シーズンで84本塁打、通算で800本以上の本塁打を放ったと伝えられている(ただしこれは遠征時も含めており、ニグロ・リーグの公式戦では200本程度だった説が有力)。
  • クリケットの6ランは打球がバウンダリーと呼ばれる境界をノーバウンドで超えた場合に6点が与えられるもので、ホームランと性質が類似する。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月24日 (土) 12:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【本塁打】変更履歴

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