本多一夫

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本多一夫(ほんだ かずお、1934年7月11日 - )は、日本の劇場経営者、実業家、フリーの俳優

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[編集] 来歴・人物

北海道生まれで地元の高校を卒業後に上京。元々は映画俳優であり、1955年昭和30年)の新東宝ニューフェイス第4期生、同期に三ツ矢歌子原知佐子万里昌代、浅田勝子など。入社後は多数の作品に出演するものの、役に恵まれず、ほとんどが端役だった。1961年の新東宝倒産後は映画俳優に見切りをつけ、わずかな資金を元手に下北沢駅近くで一軒のバートリスバー)を開店した。そのバーにかつての俳優仲間が頻繁に手伝いに訪れたことが、「映画スターがお酌をしてくれる店」と、客の評判になり成功。その後も業績は順調に伸びて下北沢と周辺地域の店舗を次々に買収、一時期は80軒以上もの居酒屋を所有する実業家となる。

しかし本多自身はショービジネスの世界を諦めきれず、演劇養成所「本多スタジオ」を設立。役者を目指す若者たちの「都心には大きな劇場は多いが、自分たちの求める演劇用の劇場が不足している」という話を聞き、「彼らの夢の力になりたい」という思いから劇場を作ること決意。下北沢駅に隣接する土地にマンションを建設し、その2階に「構想十年、自らの心血を注いだ理想の演劇専用劇場」として本多劇場をオープンさせた。それに先立ち「本多スタジオ」の稽古場も小劇場「ザ・スズナリ」として劇場化し(現在も同名の貸し稽古場「本多スタジオ」があるが、別の場所に存在)、その後も1980年代半ばに巻き起こった「小劇場演劇ブーム」を追い風に、次々と小劇場スペースを展開して本多劇場グループを形成、下北沢が「演劇の街」となる土壌を固めた。

最近は「大人のための劇場」というコンセプトで小劇場「楽園」 をオープンしたほか、本多自らも役者として、熟年劇団である「パラダイス一座」などの舞台に立っている。

社団法人日本劇団協議会」顧問。東京都世田谷区在住。


[編集] 俳優としての主な出演

[編集] TV

[編集] 映画

  • リングの王者 栄光の世界(1957年、新東宝)
  • 拳銃と驀走(1960年、新東宝) - 金子
  • 反逆児(1960年、新東宝) - 松野
  • 女巌窟王(1960年、新東宝)
  • ざわざわ下北沢2000年、シネマ下北沢) - 小屋主
  • ざわざわ下北沢 の、できるまで。(2001年、シネマ下北沢)- ※「ざわざわ下北沢」のメイキング作品

[編集] 舞台

  • パラダイス一座旗揚げ公演「オールド・バンチ~男たちの挽歌」(2006年12月6日 - 12月13日、 ザ・スズナリ)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月12日 (日) 16:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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