本多利明

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本多 利明(ほんだ としあき、寛保3年(1743年) - 文政3年12月22日1821年1月25日))は、江戸時代数学者経世家(経済思想家)である。幼名は長五郎、通称は三郎右衛門。号は北夷、魯鈍斎。

生まれは越後(現在の村上市)とも。18歳で江戸へ上京し、千葉歳胤に天文学を、今井兼庭に関流和算などを学ぶ。諸国の物産を調査し、江戸に私塾を開く。一時は加賀国前田氏に出仕する。1801年には幕命で江戸から蝦夷間の航路を調査。急進的な欧化主義者であり、蝦夷地の開発や海外領土の獲得、幕府主導の交易、開国論、重商主義などを説く。特に幕藩体制を越えて国家が貿易をはじめとする商業全般を掌るべきとの考えを示し、広く未開の地を開拓せよと説き欧州国家を見習って植民地政策の必要性も説いている。幕府老中田沼意次が蝦夷調査団を派遣する際には下僕の最上徳内を推薦する。漢字を放棄して能率的なアルファベットを導入せよと説いた他、ロンドンと同じ緯度に遷都すれば日本の首都もロンドン同様に繁栄するであろうとの理由からカムチャツカ半島への遷都を説くなど、その主張には矯激な部分もあった。ヨーロッパ諸国をあまりに理想化していたが為に自国の分析が観念的で現実からかけ離れた、時代にそぐわない見通しになり、秀でた西洋学者だったにもかかわらず制度として利明の考えが具現化することは幕府において無かった。やがてやって来る明治維新を迎えてからその考えである中央集権体制による植民地政策が徐々に具体化されることになる。文政3年78歳で死去。

著作に『経世秘策』『西域物語』『経済放言』『渡海日記』『長器論』など。

墓所は東京都豊島区の桂林寺。

本多利明について言及している書籍として、山本七平『江戸時代の先覚者たち』(PHP研究所刊)がある。みなもと太郎風雲児たち』にも、最上徳内との関連で登場している。 遠藤寛子の少女向け小説『算法少女』では主人公を導く先進的な数学者として脇役で登場する。

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最終更新 2009年10月27日 (火) 18:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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