本田博俊
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本田 博俊(ほんだ ひろとし、1942年4月11日 - )は、静岡県生まれの実業家。ホンダ創業者・本田宗一郎の長男。
日本大学理工学部入学後、芸術学部に転部し卒業。レーシングカーデザイナーの由良拓也は日大時代の恩師である由良玲吉の息子で、現在ムーンクラフトの代表である。
1973年に株式会社無限(現在のM-TECの母体)を川本信彦らと創設。2輪モトクロス用マシンの開発や、4輪ホンダ系チームへのレーシングエンジン供給、ホンダ車用アフターパーツの開発販売などを行う。1992年からはF1に参戦し、フットワーク、ロータス、リジェ、ジョーダンへエンジン供給するも、経営が悪化したことやホンダとの関係が冷却化したことなどを理由に撤退する。
生沢徹や浮谷東次郎といったレース界のスターと同い年で、少年時代から友人関係だった。スーパーカブで浜松までのツーリングを行っている。妻と出会ったのも浮谷の紹介だった。本田の結婚式の仲人は浮谷の両親だった(既に浮谷本人は死去していた)。
[編集] (旧)株式会社無限の脱税問題
株式会社無限(現在のM-TEC)が2000年10月期までの3年間で、関連会社と取引があったように装い、取得を隠し、法人税約10億円を脱税したとして法人税法違反の罪に問われた事件。 無限と、同社の元監査役である広川則男被告、これと共謀して犯行に及んだ本田博俊被告が逮捕・起訴された。これに対して2審の東京高裁は会社に対する罰金刑の適用と、両被告に対する実刑判決をもって処断している。 被告側が判決を不服として上告したため、訴訟は最高裁に係属中である。 事件の概要は以下の通り。
- 2003年7月 法人税法違反(脱税)容疑で本田博俊社長と広川則男元監査役が逮捕された。
- 2004年4月1日 株式会社 M-TEC へ『無限』ブランドを除く無限の全業務を譲渡。同時に、M-TECへの『無限』ブランド独占使用契約を締結。株式会社無限はライセンス保持会社となる。
- 2006年5月23日 さいたま地裁にて広川則男に懲役3年の実刑判決。判決では「決算業務などを統括していた広川が主犯」と認めており、本田との共謀については成立を否定した。
- 2006年5月25日 さいたま地裁にて本田博俊に無罪判決。検察は懲役4年を求刑していたが、判決では「本田に不正経理の故意があったとは認められない」と本田側の主張がほぼ全面的に認められた。一方、株式会社無限には、罰金2億4000万円(求刑は罰金3億円)が命じられた。
- 2007年9月19日 東京高裁にて本田博俊に、1審さいたま地裁の無罪判決を破棄し、懲役2年の実刑判決。犯行の中心的役割は元監査役であることを認め、「本田は直接関与していない」としながらも、「将来の相続税への負担に対する資金確保のため、計画を認識し、了承していたことは認められる」と述べた。株式会社無限については、罰金2億4000万円とした1審判決を支持、同社の控訴は棄却された。
最終更新 2009年7月28日 (火) 05:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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