本田技研工業高根沢工場

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高根沢工場(たかねざわこうじょう)とは、栃木県塩谷郡高根沢町にあった本田技研工業栃木製作所に属する自動車生産施設の一つ。1990年5月稼働開始、2004年4月に閉鎖。跡地はホンダの研究開発部門、本田技術研究所の施設となって活用されている。

ホンダのスポーツカーNSXS2000の生産工場として知られ、オーナーやファンからは聖地として崇められていた。

[編集] 概要

ホンダは、NSXを作るためだけの専用工場、本田技研工業栃木製作所高根沢工場を建設(1992年までは本田技研工業埼玉製作所栃木工場なる名称だったが、栃木県内の他工場の統合にともない現在の名称に変更)。これはNSXを生産するのにあたって、フェンダーやボンネットはもとより、骨格となるモノコック部分までも他車に類を見なかったオールアルミボディで形成するため、アルミを電気溶接する際の莫大な電力消費を補う発電所を備えた施設が必要不可欠であったからである。しかし、エンジン等は系列の製作所からの納入で、製造工場と言うよりは組み立て工場といった趣であった。

国内販売開始に先駆けること4ヶ月前の1990年5月に稼働を開始。オートメーション化による大量生産を可能とする一般的な自動車工場とは180度異なり、ここでは手作業中心による一台一台に手間を掛けた作業工程で、当時の一日の生産能力はわずか25台。そのため、NSX販売開始時は、その少量生産体制とNSX自体の人気も相まって納車1~2年待ちという途方もないバックオーダーを抱える事態がおこるなど常にフル稼働状態であった。その後、作業員を増員し、二交代制して一日の生産量を倍の50台までに増やす。

しかし、バブル景気崩壊後から日本車としては超高価格であったNSXの販売数が落ち込み、90年代半ばに入ると、とうとうその少量生産体制にも余剰が出るようになる。それを解消すべく、1997年から電気自動車EV Plusの生産(1998年12月生産休止)、1999年からはその年に販売開始されるS2000やインサイトといったNSXと同じように少量販売が見込まれるクルマの生産も請け負うようになり、以後生産の主力車種はNSXからS2000へと取って代わった(NSXは1日1台、しかも1ヶ月の生産量は10台あまり)。

2004年4月、ホンダの完成車一貫生産構想に基づき、高根沢工場での全車種の生産を中止し、三重県鈴鹿市にある本田技研工業鈴鹿製作所へ生産を移管。大量生産車種を作る既存の生産ラインとは別に、高根沢工場で生産されていた車種の専用生産ライン、TDラインをつくった。また、高根沢工場で生産に従事していた作業員たちもTDラインに多数移り、そこでは高根沢工場生産時とかわらない手作業中心の手間を掛けた生産が続けられている。

[編集] 閉鎖後の現況

本田技術研究所の施設になった他に、閉鎖前から同敷地内には四輪新機種センター(1995年設立)という施設がある。主に燃料電池車の製造が行われて、2008年6月からはFCXクラリティが生産が開始され、アメリカへは7月から、日本では秋に向けてリース販売される予定である。

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最終更新 2008年11月15日 (土) 02:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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