杉本正 (野球)
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 静岡県駿東郡小山町 |
| 生年月日 | 1959年5月3日(50歳) |
| 身長 体重 |
174cm 88kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 1980年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 1981年4月7日 |
| 最終出場 | 1992年 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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選手歴
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コーチ歴
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この表について
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杉本 正(すぎもと ただし、1959年5月3日 - )は、元プロ野球選手(投手)。
現役時代は西武ライオンズ、中日ドラゴンズ、福岡ダイエーホークスで活躍し、引退後はダイエー、西武、ソフトバンク、横浜ベイスターズの投手コーチを務めた。
目次 |
[編集] 来歴・人物
アマチュア時代は大昭和製紙のエースとして活躍。第51回都市対抗野球大会ではチームの優勝に貢献し、橋戸賞を受賞している。
1980年のドラフトで西武から3位指名され入団。初登板(対日本ハム戦)を完封で飾ると以降は先発ローテーションとして活躍し1982年・1983年のリーグ2連覇に貢献。ルーキー時の1981年8月22日の対南海戦(上越市高田公園野球場)では4イニング1/3で降板したものの試合が6回で降雨コールドとなり西武が勝利し、公認野球規則10.17b項(勝利投手の規定)の適用外となり5イニングを投げきらないままで勝利投手となった。
1985年キャンプイン直前に田尾安志との交換トレードで大石友好とともに中日に移籍。
1986年8月7日、後楽園球場で行われた対巨人戦に先発登板。この日は巨人の先発・槙原寛己と8回までゼロ行進の投手戦を繰り広げたが、9回裏、中畑清にスローカーブ (このときの球速表示は90km/hだった)をサヨナラホームランされ、無念の敗戦投手となる。試合終了後、悔しさのあまりグラブをベンチに投げつけたシーンは語り草になっている。ちなみに西武時代の1983年の日本シリーズでは巨人相手に第3戦と第6戦に先発したが、いずれも勝敗は付いていない。この2試合とも巨人の先発は槙原である。
翌1987年には巨人との開幕戦で開幕投手になるが、吉村禎章、駒田徳広にホームランを打たれ、敗戦投手になっている。その駒田とは横浜のコーチ時代の2009年の1年間同僚だった。
1990年途中に山内和宏との交換トレードで高島覚とともにダイエーへ移籍。1993年限りで引退。
引退後、1995年から1997年は福岡ダイエーホークス2軍投手コーチ、1998年から2001年は西武ライオンズ1軍投手コーチ。2004年、2005年は福岡ダイエー・ソフトバンクの2軍投手コーチ、2006年から2008年は同1軍投手コーチを務めた。
2007年5月31日、読売ジャイアンツとの交流戦で矢野謙次外野手に代打逆転満塁ホームランを打たれた際、評論家の豊田泰光に「稚拙な継投」と揶揄される。豊田に揶揄する前から継投に疑問符が残る部分は多かった。
2008年に特に故障者の多さやチーム防御率が1点近く悪化したことが12年振りの最下位の一因となり、この年限りで解任となった。
辛口であることでも知られ、ホークス投手コーチ時代の2006年末に希望枠で入団したルーキー、大隣憲司投手が「江夏豊2世」と呼ばれる事になぞらえ「晩年の江夏さんになってもらっちゃ困るよ」と檄を飛ばしていた。
2009年からは横浜ベイスターズ一軍投手コーチに就任したが、チーム防御率4.36(昨年同様セ・リーグ唯一のチーム防御率4点台)と前年度よりは多少の改善が見られたがチームが2年連続最下位と低迷した為1年限りで解任となった。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年度 | チーム | 登板 | 完投 | 完封 | 無四 球 |
勝利 | 敗北 | セーブ | 投球回 | 被安打 | 被本 塁打 |
与四 死球 |
奪三振 | 自責点 | 防御率(順位) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1981年 | 西武 | 36 | 7 | 1 | 0 | 7 | 8 | 2 | 145.1 | 138 | 16 | 59 | 61 | 56 | 3.48(11) |
| 1982年 | 26 | 6 | 4 | 0 | 7 | 12 | 0 | 132.2 | 130 | 6 | 53 | 60 | 54 | 3.65(13) | |
| 1983年 | 26 | 4 | 2 | 1 | 12 | 6 | 0 | 136.2 | 133 | 16 | 39 | 44 | 52 | 3.43(6) | |
| 1984年 | 22 | 5 | 3 | 1 | 7 | 8 | 0 | 124.2 | 136 | 12 | 33 | 57 | 53 | 3.83 | |
| 1985年 | 中日 | 23 | 4 | 0 | 0 | 5 | 4 | 0 | 98.2 | 105 | 14 | 37 | 60 | 47 | 4.29 |
| 1986年 | 31 | 10 | 3 | 2 | 12 | 13 | 0 | 182.2 | 163 | 16 | 44 | 106 | 61 | 3.01(5) | |
| 1987年 | 28 | 5 | 2 | 0 | 13 | 9 | 0 | 158 | 180 | 23 | 51 | 85 | 76 | 4.33(16) | |
| 1988年 | 23 | 1 | 1 | 1 | 6 | 6 | 0 | 118.2 | 119 | 13 | 37 | 92 | 52 | 3.94 | |
| 1989年 | 23 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 0 | 49.2 | 60 | 4 | 25 | 22 | 22 | 3.99 | |
| 1990年 | ダイエー | 16 | 3 | 1 | 0 | 3 | 7 | 0 | 78.1 | 106 | 9 | 31 | 47 | 43 | 4.94 |
| 1991年 | 15 | 1 | 0 | 0 | 3 | 8 | 0 | 82.2 | 88 | 13 | 21 | 41 | 39 | 4.25 | |
| 1992年 | 29 | 2 | 1 | 1 | 3 | 5 | 0 | 62 | 81 | 6 | 16 | 29 | 34 | 4.94 | |
| 通算成績 | 298 | 48 | 18 | 6 | 81 | 90 | 2 | 1369.2 | 1439 | 148 | 446 | 704 | 589 | 3.87 | |
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 背番号
- 20 (1981年 - 1984年)
- 14 (1985年 - 1986年)
- 21 (1987年 - 1990年途中)
- 28 (1990年途中 - 1991年)
- 31 (1992年 - 1993年)
- 76 (1995年 - 1997年)
- 70 (1998年 - 2001年)
- 71 (2004年 - 2005年)
- 85 (2006年 - 2008年)
- 77 (2009年)
[編集] タイトル・表彰
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年11月29日 (日) 15:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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