杉本町駅
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| 杉本町駅 | |
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駅舎
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| すぎもとちょう - Sugimotochō (大阪市立大学前) |
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◄我孫子町 (1.0km)
(1.0km) 浅香►
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| 所在地 | 大阪市住吉区杉本三丁目2-73 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■阪和線 |
| キロ程 | 6.9km(天王寺起点) |
| 電報略号 | スキ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面4線(乗降は2面2線のみ) |
| 乗車人員 -統計年度- |
9,014人/日(降車客含まず) -2007年度- |
| 開業年月日 | 1929年(昭和4年)7月18日 |
| 備考 | みどりの窓口 有 大阪市内駅 |
杉本町駅 配線図 |
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杉本町駅(すぎもとちょうえき)は、大阪府大阪市住吉区にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線の駅である。
大阪市立大学前という副駅名が付けられている。
かつては八尾駅からの関西本線貨物支線(阪和連絡線(阪和貨物線))が当駅で合流しており、2004年までは線路保全のために1日1往復運行する回送列車(錆取り列車)を見ることができた。しかし、同線は2004年以降休線され、2009年3月31日付で正式に廃線となった[1]。
またかつては、当駅で天王寺駅方面へと折り返す普通電車も運行されていた。
目次 |
[編集] 駅構造
島式2面4線ホームの地上駅で、各種快速、及び特急列車の待避を行う駅である。駅舎は上り線西側天王寺寄りにあり、各ホームへは跨線橋で連絡している。跨線橋は旧阪和電鉄創業当時の面影を色濃く残しているが、ホーム幅員の狭さ(4.5m)とともに当駅のバリアフリー化を阻む要因となっている[2][3]。
かつては天王寺寄りに上下渡り線があったが、数年前に撤去された。駅の南側には、大和川橋梁北より当駅にかけて、かつての阪和貨物線への送り込みのための待避線が上下本線の間にあり、駅構内の上り待避線の2番線へとつながっている。
かつては、駅南の踏切あたりでバラストによって2番線につながる部分が塞がれており(天王寺方面からの杉本町止め電車に対する安全側線の意味もあった)、待避線は正真正銘阪和貨物線のためだけに使われていた。しかし、関西空港線開業に合わせてバラストは撤去され、阪和貨物線に入る列車がいない時は待避線経由で2番線に入るようになった。これにより、僅かではあるが普通電車の退避時間が短縮されている。踏切部分にあるポイントは、待避線~2番線間をバラストで塞いでいた当時の名残で阪和貨物線が廃止になった現在では不要とも言えるが、異常時に備えて現在でも線路磨きを兼ねてこのポイントを通る列車がある。実際、2009年に浅香で205系が故障した時に故障車を待避線に押し込み、その当日は全ての普通がこのポイントを使用した。
ICOCAが利用可能な直営駅(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。また、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅であり、阪和線としては最も南になる。
[編集] のりば
| 1 | □阪和線(上り) | (通過列車のみのため閉鎖) |
|---|---|---|
| 2 | ■阪和線(上り) | 天王寺・大阪方面 |
| 3 | □阪和線(下り) | (通過列車のみのため閉鎖) |
| 4 | ■阪和線(下り) | 鳳・関西空港・和歌山方面 |
- 奇数番線(1・3番のりば)が本線、偶数番線(2・4番のりば)が待避線であるが、2006年7月29日付で1・3番のりばに鉄柵が整備された。現在停車列車は全て2・4番のりばに入線している。
- 阪和線のほとんどの駅で詳細型放送が導入されているが、当駅は2009年9月現在、美章園駅と同じタイプの簡易型自動放送のままである。
[編集] 利用状況
杉本町駅の乗車人員は1日平均9,014人(2007年度)である。大阪市立大学の最寄り駅であり、天王寺駅を除く大阪市内の阪和線の駅で最も乗降客数が多い。 終日、特に学生利用が多い駅である。
[編集] 駅周辺
- 大阪市立大学
- 浪速中学校・高等学校
- 大阪市立山之内小学校
- 建国小学校・中学校・高等学校
- 山之内保育園
- 藤保育園
[編集] バス
杉本町駅前停留所
東行
- 64A・64B 苅田小学校前 行
西行
- 64A 府立総合医療センター 行(住吉車庫前経由)
- 64B 住吉車庫前 行
南行
- 住吉ループ(赤バス) 浅香 方面
山之内四丁目停留所
- 住吉ループ(赤バス) 東粉浜一丁目南 方面
[編集] 歴史
- 1929年(昭和4年)7月18日 - 阪和電気鉄道が阪和天王寺(現・天王寺) - 和泉府中で開業した際に、同線の停留場として開業。
- 1932年(昭和7年)1月23日 - 認可により駅(停車場)に昇格。
- 1940年(昭和15年)12月1日 - 阪和は南海鉄道へ吸収合併され、南海山手線の駅となる。
- 1944年(昭和19年)5月1日 - 戦時買収により国有化。国有鉄道阪和線杉本町駅に。
- 1952年(昭和27年)9月1日 - 関西本線貨物支線(八尾 - 杉本町間)が開業し、当駅に乗り入れる。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
- 2009年(平成21年)3月31日 - 関西本線貨物支線(八尾 - 杉本町間)廃止。
[編集] その他
この駅の南北に踏切があり、それらの踏切はラッシュ時には最大40分間も遮断機が上がらない「開かずの踏切」と呼ばれている。これらの踏切が駅の利用者や地元住民を悩ませている[2]。2004年に阪和線美章園~我孫子町間の上り線(天王寺方面)が、2006年には下り線(鳳方面)も同区間で高架化されたが、着工当時は関西本線貨物支線(阪和貨物線)に列車が走っていたため、杉本町駅の高架化は見送られた[3]。
前述の通り、この駅の改札口は西側にしかなく、大阪市立大学など駅の東側に行くには前述の踏切を渡らなければならない[2][3]。停留場としての開業当時は東側(大阪市立大学がある側)に改札口が設けられたが、第二次世界大戦後にGHQが大阪市立大学を全面接収すると、セキュリティ上の理由から現在の位置に改札口が移設された[3]。
[編集] 隣の駅
[編集] かつて存在した路線
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 関西線(八尾~杉本町間)の廃止届出書の提出について(JR西日本)
- ^ い ろ は どこでも行こう車イス:JR杉本町駅問題
- ^ い ろ は に 『VOICE』(月曜コーナー「憤懣本舗」) - 毎日放送、2009年10月12日
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月10日 (火) 16:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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