李長春(り ちょうしゅん)は中華人民共和国の政治家。中国共産党中央政治局常務委員、思想を主管する。中央精神文明建設委員会主任。中国共産党内部での序列は5位。
[編集] 来歴
1965年中国共産党入党。1966年ハルビン工業大学電機学部卒業。1983年に39歳の若さで瀋陽市市長に就任、1986年遼寧省副省長。1990年に河南省副省長に転任、1993年省党委書記。党書記在職中に売血によるエイズ感染が爆発的に広まったものの、お咎めなく1998年から広東省党委書記に就任し、独立王国の傾向にあった広東省で経済過熱を抑制。また、江沢民に反対する広東閥の排除に貢献し、朱鎔基の後継として総理に押されたものの朱鎔基の大反対に遭い、温家宝に敗れた。
2002年に政治局常務委員に就任してからは、中央精神文明建設委員会主任となり、宣伝部門を率いる。中共史観の見直しを扱った『氷点』週刊停刊問題では胡錦濤と対立した。
第12期中央候補委員、第13期、14期中央委員、第15中央政治局委員、第16期、第17期中央政治局常務委員。
[編集] 対日強硬派
中国国内の宣伝工作のトップという立場から、反日的な宣伝活動にも深く関わっているとみなされており、そのため中国における対日強硬派の代表的人物と目されることもある。
[編集] 発言
2007年4月27日に訪中した自民党の山崎拓前副総裁、加藤紘一元幹事長らと北京で会談し、その席で中国の軍事費急増の理由について「台湾解放のための装備近代化だ。平和解決が目標だが、武力行使を放棄したわけではない」と発言。これまで中国は軍事費急増について、経済成長に伴う兵士の待遇改善などを根拠としていたが、中国要人が、台湾の武力統一を理由に挙げるのは極めて異例で、軍事費急増が武力行使力増強の為であることを明確に意思表示した発言であった。
2009年3月29日から来日し、日本のマスコミ14社の社長ら首脳と懇談。この席で「良好な世論を作るよう努力してほしい」「メディアは友好関係全身のため重要な責任を負っている」「客観・公正な報道で国民世論が誤った方向に行かないようにしてほしい」と要請したことが分かった。
[編集] 外部サイト