来生たかお

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来生たかお
基本情報
出生名 来生孝夫
出生 1950年11月16日
学歴 城西大学中退
出身地 東京都
職業 シンガーソングライター作曲家
担当楽器 ピアノギター
活動期間 1976年 -
影響 ギルバート・オサリバン
ビートルズ
公式サイト http://www.kisugitakao.com/
  

来生 たかお(きすぎ たかお、1950年11月16日 – )は日本のシンガーソングライター作曲家である。本名は来生孝夫(読みは同じ)。

目次

[編集] 人物

※原則的に、省略出来る箇所は、来生たかおは“来生”、来生えつこは“来生えつこ”と表記。

[編集] アーチスト面

控えめ且つノスタルジックで心温まる楽曲で知られる、屈指のメロディーメーカー。その多くはマイナー調であり、淡々としていながら叙情漂うそのメロディーと、ほとんどビブラートの掛からない囁くような歌唱は、“来生節”と称される。また、歌手活動と同時に、姉・来生えつことのコンビを主軸に作曲家としても活動。「セーラー服と機関銃」(歌唱:薬師丸ひろ子)、「スローモーション」「セカンド・ラブ」(歌唱:ともに中森明菜)、「シルエット・ロマンス」(歌唱:大橋純子)、「マイ・ラグジュアリー・ナイト」(歌唱:しばたはつみ)など、日本ポピュラー音楽史上に残るスタンダードナンバーを送り出している。

自身の音楽の基本はノスタルジーであり、熱愛の頃をふと思い出すようなものを作って来たと述べ、また、自分は歌手より作曲家に向いていると語る一方で、自作品の細かなニュアンスを一番知っている自分自身でも歌いたいとも語っている[1]。デビューアルバムから最新作に至るまで、その作風は一貫しており、自らマンネリズムとも称しているが、それは、時流に流されずマイペースに長らく音楽活動を続ける数少ないアーチストであることの証左とも言える。2002年には、“自分はまだ良い曲が作れていると思っている。そう感じられなくなったら辞める”と前置きをし、“今、同世代のアーティストが作っている曲は駄目。なんでこんな退屈な曲を作って歌っているのかと思ってしまう。昔の曲の方が断然良い”と明言している[2]。一方で、近年テレビで岡林信康がパワフルに歌っているのを観た折りは、“刺激を受けた”と語っている[3]

一般的な肩書はシンガーソングライターだが、担当しているのは歌唱と作曲のみ(自作曲のいくつかは編曲も担当)であり、そういう意味では“歌手兼作曲家”と表するのが正確である。また、実の姉弟によるソングライティングチームはあまり類例がなく、デビュー当初は夫婦に間違えられることも多かったと言う。

なお、デビュー以来レコードジャケット(アルバムでは主に帯)に記されていたアーチスト名のルビ(きすぎ)は、「夢の途中」(シングル及びアルバム)をもって姿を消す。メジャーな存在になった事による細やかな変化である(ローマ字による表記はこれ以降も頻発している)。ちなみに、幼少期には苗字に含まれる“きす”(=Kiss)という響きに関してからかわれた事があり[4]、来生えつこも同様に苗字に関して様々な苦労をした過去があると言う[5]。また、苗字に関する来生えつこの考察によれば、上杉謙信の家臣であった木次(来次)出雲守(きつぎ・いずものかみ)がその起源で、武士の身分を捨てた木次が酒田(現・山形県酒田市)に定住する際、“新たな未来を生きる”というような意味合いで“来生”と改名した事に由来すると言う(姉弟の父親は山形県の出身である)。また、木次の百官名である出雲(現・島根県の一部)には、木次(きすき)という地名が存在する[6]

井上陽水小椋佳に続く第三の新人として、キティレコードから鳴り物入りでデビューした当時、若者の音楽はまだフォークソング色が濃く、ジーパンにフォークギター一本というスタイルの歌手も多かった中、ピアノで歌う男性シンガーは珍しかった。最初はザ・ベンチャーズの影響でギターで曲作りも行っていたが、音符(来生自身は“おたまじゃくし”と表現する事が多い)として書き留めたい、曲作りの幅を広げたいとの思いで、20歳の時に一念発起、近隣の個人教室で子供と交じりながらピアノを習い始めた。週1回のレッスンを週3回にしてもらい、自宅では紙鍵盤で練習、バイエルを3ヶ月で終わらせ、約1年半の教室通いの後は独学でこなした[7]。ピアノを始めるきっかけのひとつとして、ザ・ビートルズLet It Beのイントロを聴き、“これくらいなら自分でも弾けるのでは”と思ったと語っている[8]

ソングライティングコンビは、姉が何気なくノートに書き留めていた散文に、来生が勝手に曲を付けるかたちでスタートした。実家を訪れる姉の友達が、ギターで洋楽のフォークソング(ピーター・ポール&マリーの「500マイル」等)を歌っていたが、中には彼等の自作曲もあり、それを羨ましく聴いていた事が、プロミュージシャン(後述)の存在よりも先に曲作りのきっかけになったと言う[9]。処女作「サラリーマン」(後にオリジナルアルバム『égalité』に収録)等を含む自主制作レコードを文化放送等の放送局へ持ち込んだ事もあり、デビュー曲の「浅い夢」も19歳の時には既に原曲が作られていた[10]

初期の曲作りは、来生がギターでメロディーをワンフレーズ弾き、来生えつこが目の前でそれに合わせて歌詞を書くという作業を繰り返していたと言う[11]。ほとんどの楽曲は曲が先に作られ、後から詞が付けられるが、中には「Goodbye Day」のように詞が先の例もある。来生は、自由に楽曲の構成が出来る為、曲が先のほうが作りやすいと述べている。自演曲の場合、一挙に作り上げるということは滅多になく、部分的に出来たものを暫く放置し、他の曲作りをしつつ完成させて行く。散歩中や就寝前に浮かんだメロディーを録音したり譜面に起こしたりする事もあると言う[12]。最初のモチーフから自分のイメージ通りの“良い曲”にするのは難しく、中には7年ぐらいかけて作った曲(オリジナルアルバム『浅い夢』参照)もあると言う[13]。提供曲の場合、メロディーにある程度音を重ねたデモテープを作り、作詞家が依頼主の要望に沿った歌詞を付け、それに来生が歌を吹き込んで渡すという流れになる。打ち込みによる曲作りも、早くから機材を購入し、検討してはいたものの、締め切り直前まで作業をしない事が常の為、なかなか使いこなすまでには至らず、そちらはオペレーター(近年はバックバンドのメンバー・小田木隆明)に任せ、自らは楽器を弾くというかたちで作っている[14]

実際に提供歌手が歌ったものは、思いの外良い事もあればその逆もあると語る一方[15]、自分で歌っていても“何でこんなに難しいんだろう。もっと簡単に作れないのか”と自作曲に対する思いを吐露している[16]

また、提供希望歌手として井上陽水の名を挙げており[17] 、2000年にリリースしたオリジナルシングル「地上のスピード」で競作(作詞:井上陽水/作曲・歌唱:来生たかお)は実現しているものの、“作曲:来生たかお/歌唱:井上陽水”は未だ実現していない。

デビュー間もない頃からメディアに引き出され、1980年代以降、『ザ・ベストテン』『夜のヒットスタジオ』『ミュージックステーション』等々、数々の音楽番組に出演して来たが、圧倒的な数の人間が観ていると思うと集中して歌えない為、あまりテレビには出たくはないと語っており[18]、その緊張振りをよく“寿命が縮んだ”と表現する[19]。テレビで満足に歌えた事は一度もないと断言している[20]。以前は楽器(ギター・ピアノ)を弾きながら歌う事が専らで、徐々にマイクを片手に歌う機会も増えたが、後者は余計な事(客席の人の出入り等)が気になってしまう為、前者の方が集中出来ると言う[21]

[編集] プライベート面

来生えつこによれば、幼少期はぼうっとした子で、何度訂正しても“えんぴつ”を“いちんぷ”と表現する等、いくつかの単語を間違えて覚えていたと言う。また、中村錦之助片岡千恵蔵大友柳太郎等の影響でチャンバラごっこをしたり、風呂敷を羽織って月光仮面を気取ったりしていたが、基本は内弁慶で、その傾向は成人してからも変わっておらず、都会っ子の脆さを持ったシャイな人間だと言う[22]。自身もその傾向は認めており、家を一歩出ると大人しくなると述べている。[23]。自身の性格を対人恐怖症気味と評している通り、テレビやラジオ出演時のトークは苦手で、基本的に寡黙で淡々としている為、司会者や出演者にその点をつっこまれたり気を遣われたりする事も珍しくない。プロとしての初ステージではMC用の台本を用意していた程である[24]。姉弟が揃ってメディアに出る機会はあまりないが、一緒に出演する時は来生えつこが積極的に喋る傾向にあり、“しっかり者の姉とシャイな弟”という微笑ましい関係が窺える。

思想家・岸田秀の“全ては幻想である”という主張に衝撃を受けたと語り、後々オフィシャルホームページで氏との対談も実現させている(岸田秀著『官僚病から日本を救うために 岸田秀談話集』〈新書館/2009.05〉に収録)。また、好きな言葉は“色即是空、空即是色”(般若心経の一節)と語り[25]、“前向き・プラス思考という言葉は好きではない”“(年を取ると)ピュアな恋愛なんて不可能”等、ネガティブな発言も少なくなく、自分は厭世的な人間であるとも告白している[26]。ラジオ番組において“大きな野望・小さな野望”との問いを投げ掛けられた折り、“昔から大きな夢も野望もない”と前置きをしつつ、強いて言えば、大きな野望は“かみさんと車で日本全国の温泉巡り”、小さな野望は“タクシーの運転手”と述べている[27]。一方、テレビ番組で“幸せとは?”と問われた時は、“一言では言い表せない事”と答えている[28]

一時期は野球テニス(後者は35〜45歳)に自ら興じていた事もあったが、基本的にプロの試合の観賞が趣味である。読売ジャイアンツ楽天イーグルスのファンで、贔屓のチームが負けると食が進まず機嫌が悪くなり、また、負けるとプロ野球ニュースは観ず、逆に勝つとほとんどのスポーツニュースを観ると語っている[29]。近年は国内よりメジャーリーグの方に興味が移り勝ちらしい。

また、将棋麻雀パチンコ等の屋内ゲーム好きで、将棋好きが高じ、その戦法(囲い)の一つである矢倉囲い銀将を掛け合わせた“矢倉銀”という編曲用の変名を考案し、自作の幾つかを担当している。また、パチンコでは、その儲けで自宅の風呂を改築した事もあったと言う[30]。麻雀は、松任谷正隆由実夫婦ともよく囲んでいたらしい。更に、かつては『ゼビウス』や『スペースインベーダー』等のアーケードゲームにも興じ、自宅にゲーム機を持ち込む程ハマっていたとの事で[31]、その自他共に認める凝り性の気質が窺える。

2003年の小津安二郎生誕100周年をきっかけに、それまでほとんど関心がなかった氏の作品に一気に傾倒し、アルバムのデザインワークにその雰囲気を反映させている。また、オリジナルアルバム『avantage』には、同監督作品の『長屋紳士録』(主演:飯田蝶子)で笠智衆が歌った“のぞきからくり”の一節に個人史を載せた「夢の途中譜」を収録している(来生たかお関連作品・「オリジナルアルバム」参照)。MCや番組出演時には、同監督作品も含め、映画の話題を切り出す事も少なくない。

大の愛煙家で、煙草(とコーヒー)がなければ曲が作れないとまで語っている。1983年に不整脈が出たのをきっかけに[32]、銘柄を「ハイライト」から「セブンスター」に替えたものの[33]、1997年のラジオ番組では、“健康の為に吸っている”“止めたらガン細胞が動き出して肺がんになる”“どうせ死ぬ訳だし、危険を遠ざけて生きるのはつまらない”と独自の哲学を語り、一日に大体80本は吸っていると明かしている[34]

ウニ、イクラ等の高級な食材は食わず嫌いの傾向にあり、コンサートツアーで各地を回る時もあまり名産に興味が持てず、普段から、ラーメン、炒飯、スパゲティ等を好む[35]。来生えつこからは、味覚は子供の頃と変わっていないと揶揄された事もある[36]

愛車はミニ・クーパー。将来的にはもっと楽に取得できるシステムになるだろうと考え、専ら妻の車の助手席に陣取っていたが、49歳で一念発起し、一発合格を果たした。きっかけは、同じように長らく車の運転をしなかった井上陽水が免許を取得した事にあるらしく、その井上は、来生が自動車学校に通い始める数日前に会食をし、その後、帰路の途中まで自分の車で送った事実を引きつつ、万事変化を望まないイメージの来生が運転を始めた意外さに言及している。また、オリジナルアルバム『Dear my company』に作詞・コーラスで参加した折り、ミニ・クーパーの座席にギルバート・オサリバンのCDケースがさりげなく置かれていたと述べている[37]

ゴールデンレトリバーの“マル”[38](現在は2代目)、ミニチュアダックスフントの“ミミ”を飼っており、愛犬の散歩も趣味の一つとしている。散歩中にメロディーを考えたり、歌詞を諳んじる事があると言う。東京都内にある小金井公園を散歩コースの一つにしており、園内の売店で販売しているコロッケがお気に入りとの事で[39]、一時期、同売店ではその旨が謳い文句として使われていた。

“かみさんはご飯みたいなもの(=飽きない)”と述べ、その愛妻家振りが窺える。出会いは1978年、コンサート会場の楽屋だった。

お笑い芸人の小島よしおと誕生日(11月16日)が同じ事を知り、急に親近感が湧いたと述べている[40]。また、お笑いグループの我が家が面白いと発言している[41]

コンサートツァーの1~2週間前になると、よく同じ夢を見ると言う。開演間際にも拘わらず何も準備が出来ておらず、訳も分からず出鱈目に歌い出すと、客席からブーイングが起きる、という内容だと吐露している。また、夢の中で作曲をしている事があり、とても良い曲と感じつつも目が覚めると思い出せないと言う[42]

[編集] 音楽的嗜好と影響

元々、ザ・ベンチャーズ寺内タケシとブルージーンズ等のインストナンバーを好んで聴いており、“歌入り”の音楽に興味を持っていなかった。ザ・ビートルズ日本公演に足を運んでいるが、これは、同グループのアルバム『ラバー・ソウル』にこれまでのバンドとは異なる魅力を感じ、その事を弟にも気付かせたいと思った来生えつこの誘いによるものだった[43]。やがて来生自身も、特にポール・マッカートニーの作品を敬愛するようになる。

一方、たまたまジャケットが気に入って買ったギルバート・オサリバンのシングル「No Matter How I Try/さよならがいえない」や、続く「Alone Again(Naturally)」「Clair」等に、探し求めていたものに出会えたという意味で大きな衝撃を受け、“大明神”と称する程に崇める事になる。氏の楽曲(特Clair)をモチーフに作った曲も多く、また、氏の初期のスタイルを模した衣装でアルバムのジャケットを飾る等、ビジュアル的にも多大な影響が窺え、同様の衣装で「Alone Again (Naturally)」「Clair」をカヴァーした事もある[44]。来生えつこによれば、“四畳半フォーク”に馴染めず、強く支持していた弟のお洒落なポップスのイメージに合わせ、“長髪にジーンズ”というスタイルだけは避けたいという彼女の意向も反映されていたらしい[45]

他にも、好きなアーチストや楽曲として、フランシス・レイ(「白い恋人たち」)、ヘンリー・マンシーニ(「ムーン・リバー」)、バート・バカラック(「雨にぬれても」)、エミット・ローズ、マイケル・ジョンソン等を挙げている。ラジオ番組で“無人島に持って行く1曲”を問われた時は『太陽がいっぱい』のメインテーマ(作曲:ニーノ・ロータ)を選び[46]、古今東西の楽曲の中で一番好きだと語っている。

また、近年のコンサートでは昭和の流行歌を披露するようになり、2008年には、小学生時代の愛唱歌である「雨に咲く花」(歌唱:井上ひろし)や平岡精二作品等のカヴァーを収録したオリジナルアルバム『余韻』をリリースし、前述の海外アーチスト以前に昭和歌謡の影響もあることを公表している。

他作家の楽曲には音楽理論的な見地から関心を寄せる事が多い。小林亜星作曲の「ギターを弾こう」(歌唱:加藤登紀子)、加山雄三(弾厚作・名義)作曲・歌唱の「君のスープを」等では、その転調の面白さを語り[47]、1999年にエルヴィス・コステロが歌った「She」には“好きな1曲で、最初のメロディーは良いが、後半はちょっと残念”という感想を述べ、また、当初は全く新しい曲だと思っていたが、カヴァー(シャルル・アズナヴールによる1974年の作品)だと分かり、がっかりしたと言う。これは、往年のようなシンプルで良い曲が近年に現れたと感激していたからである[48]

ギルバート・オサリバンに関しては、コード・メロディー・構成が意外な展開を見せる点、ジャズのコードを用いながらポップ調に仕上げる点、1曲の中に多様なエッセンスを贅沢に入れている点等をその魅力として挙げており、自らの声質に合う美しいながらもシンプルなコード進行・メロディーであるポール・マッカートニー作品より凝っていて[49]、専門的な音楽的教養から生み出されるバート・バカラック作品より面白いと分析している[50]。更に、ヴォーカルフィーリングや、2拍・4拍を強調するリズミックなピアノ演奏にも言及し[51]、独創的なセンスを持った“最後のシンガーソングライター”とも評している[52]

[編集] 活動経歴

[編集] デビュー前夜

20代前半、大学時代に結成した3人組のバンド“ビコーズ”(ピアノ・ギター・ベースの編成)で、音楽喫茶(銀座“タクト”、渋谷“青い森”)に出演するようになる(渋谷ジァン・ジァンはオーディションで落選)。バンド名はデイブ・クラーク・ファイブの楽曲「Because」に由来している。“青い森”では、アンドレ・カンドレと称していた井上陽水と出会い、お互い、オリジナルとビートルズナンバーを演奏していた事から懇意になる。当時、まだギター1本で活動していた井上は、バンドでやってみたいとの願望があり、“ビコーズ”がバックを務める事になるが、程なく他のメンバーが抜けてしまった為、井上・来生の2人で関東近辺のライヴやラジオに出演するようになった[53]。来生は当時を振り返り、“習い立てのピアノで迷惑かけたんじゃないかな”と回顧している[54]。また、同じ音楽喫茶で忌野清志郎とも出会っており、2000年には競作(作詞:忌野清志郎/作曲:来生たかお)を実現させている。

井上との出会いをきっかけに、氏や小椋佳のディレクターをしていた多賀英典と知り合い、井上のファーストアルバム『断絶』にアコースティックギターで参加している。一方で、いずみたく浜口庫之助等の作曲家の下へ弟子入り覚悟で曲の売り込みに出向いているが、ほとんど門前払いの状態だったと言う[55]。その後、多賀へデモテープを持ち込んだが、こちらもまた“レコードにするような良い曲はない”と突っ撥ねられてしまう。自信があったが故に大きなショックを受けが、この人に認められなければ他へ行っても駄目だろうと売り込みを諦めなかった[56]。来生えつこによれば、多賀も嫌になってしまうくらいの粘り強さだったと言う[57]。やがて、スタジオへの出入りを許され、後に「およげ!たいやきくん」を作曲する事になる佐瀬寿一と互いの曲を手伝いながらデモテープ作りに励み、同時に社員としてインスペクターをこなす日々が暫く続く事になる[58]

このままインスペクター業で生きて行くのかと思っていた或る日、多賀から“デモテープの中に良い曲があるからレコードにしないか”と告げられ、この曲「酔いどれ天使のポルカ」が亀渕友香への提供曲に採用される。更に1974年11月5日、後に高田真樹子が歌う「終止符」を聴いた多賀から“君のレコードを作ろうと思っている”と連絡が入った。ヴォーカルの未熟さを自覚しつつも、自作曲に最も適しているのは自分の声だと感じ、レコードデビューを思い描いていた来生は、この言葉にはいたく感動したと言う。書きためていたものの中から50曲をデビュー候補曲として録音する運びとなり[59]、遂に“シンガーソングライター・来生たかお”の誕生へと走り出した。

[編集] 来生たかお大誕生

週刊少年マガジン』1976年12月12日号にて、“カラー特別企画 陽水・小椋佳につづく彗星 ニューシンガーソングライター 来生たかお大誕生”と題された巻頭特集が組まれた。トップページには小椋佳も映っており、“東京駅かなんかの前の並木道で撮った”と証言している[60]。また、同記事には井上陽水による“生きていたんだね,来生くん”と題したコメントも寄せられている。

当初、井上陽水や小椋佳、敬愛するハリー・ニルソンのような、テレビ等のメディアには出ず楽曲だけを発表して行く“レコーディングアーティスト”のような活動形態を思い描いていたが[61]、前者のそれとは一転、前出の少年誌面の特集を始め、当時人気を博していたTBS系の音楽番組『サウンド・イン"S"』でデビューアルバムが取り上げられたり、FMラジオで特番が組まれる等、積極的に露出するという方針となり、大いに困惑したと言う[62]

小椋佳は“出会った頃、来生くんはとにかく喋らなくて、ラジオでも喋んないんだから”と述べ、付き添い役的にラジオ出演した事を回顧している。また、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」の大ヒットで、同曲のB面曲だった「あたりまえの虹」(作曲・来生たかお)の作詞をした自分にも同額の印税が入り、嬉しかったと振り返っている[63]

[編集] 不遇の時代

デビューアルバム『浅い夢』(1976年10月21日リリース)は、アレンジャースタジオミュージシャンとして、元ザ・モップス星勝や、高中正義高橋ユキヒロ小原玪、今井裕、後藤次利等のサディスティック・ミカ・バンドの参加メンバー、更に、安田裕美大村憲二是方博邦斉藤伸雄村上秀一浜口茂外也等が名を列ねており、満を持して製作された力作である事が窺える。周辺関係者から20〜30万枚セールスは間違いないと目され、荒井由実にも気に入られていた。しかし、蓋を開ければ6000枚という大きく期待を下回る結果に終わってしまう。

続くセカンドアルバム『ジグザグ』(1977年10月21日リリース) は、ロサンゼルスのスタジオ“ララビー・サウンド”でレコーディングが行われた。デヴィッド・フォスタージェイ・グレイドンジム・ケルトナー等、錚々たる面々がスタジオミュージシャンとして参加しているが、これは、小椋佳、星勝安田裕美のユニットである「フライング・キティ・バンド」のアルバム『5・4・3・2・1・0』のレコーディングのついでに来生のアルバムも録ってしまおう、というレコード会社の方針だったらしい。また、同アルバムに収録する曲が足りず、急遽、現地のホテルで、既に出来ていた小椋佳の詞に曲を付けたと言う[64]来生たかお関連作品・「提供曲」参照)。ちなみに、この時が来生にとって初めての海外旅行となった。海外録音という話題性も兼ね備えた『ジグザグ』に、今度こそはと周囲の期待も高まったが、結局セールスは12000枚に留まった。

来生姉弟自身は、自分達の楽曲がレコードになるという喜びの方が大きかった為、上記2枚のセールス的な結果に特段の落胆はなかったと言う。但し、この先もレコードを作らせてもらえるのかという不安はあったと述べている[65]

そんな中、しばたはつみに提供した「マイ・ラグジュアリー・ナイト」(1977年7月10日リリース)がヒットする。この曲は、小林亜星を始めとするベテラン作家陣が参加した東洋工業(現・マツダ)のCM楽曲コンペの為に書かれたもので、来生姉弟は、無名の自分達の作品が選ばれる事はないだろうと思っていたものの、参加14曲中、最後の2曲に残り、最終的にしばたはつみ自身が選んだ事により、見事に栄冠に勝ち取った[66]。これを機に二人はソングライターコンビとして一躍脚光を浴び、以降、楽曲提供の依頼が次々と舞い込むようになる[67]

一方、来生自身もマイペース且つコンスタントに楽曲をリリースし、CMとのタイアップや、映画・ドラマ主題歌への起用も続くものの、なかなか大きなヒットに恵まれなかった。次第に、歌手ではなく作曲家に徹するべきかと思い始めていた頃、10枚目のオリジナルシングル「Goodby Day」がスマッシュヒットし、もう少し頑張ってみようと奮起する事になる[68]

[編集] 一躍ヒット・メーカーへ

1981年12月19日、全国東映系で公開された角川映画セーラー服と機関銃』の主題歌は、当初、来生自身の歌唱で話は進められ、レコーディングも済んでいたが、総監督・相米慎二により、同映画の主演女優・薬師丸ひろ子が歌う発案がなされた。前オリジナルシングル「Goodbye Day」が好調だった事もあり、ここで勢いに乗りたいと考えていた来生姉弟を始め関係者は大騒ぎになったが、薬師丸自身が来生のファンでもあり、結局、競作シングル「セーラー服と機関銃」「夢の途中」としてそれぞれがリリースする事で決着した。この2曲は一部歌詞に相違があるが、意図的なものではない。来生えつこは、レコーディングのギリギリまで歌詞を書き換える事は茶飯事で、この時はいつにも増して試行錯誤を重ねていた為、受け渡しの最中に手違いがあったとされる。“夢の途中”というタイトルは不意に思い付いたものの、先にタイトルが決まっている事は稀で、また、ヒットの期待を込めた曲には“夢”というキーワードを入れる彼女としては、来生のデビュー曲「浅い夢」に絡めて拘りを持っていた“夢の途中”というフレーズが「セーラー服と機関銃」の歌詞から消えてしまった事は残念だったが[69]、薬師丸の澄んだ歌声を聴いた時は“いけるかも”と思ったと言う[70]。また、来生は同映画の主題歌候補として3曲用意しており、その決定はプロデューサーによってなされた。来生は自信がなかった曲が選ばれたと回顧している[71]

「夢の途中」は1981年11月10日にリリースされ、オリコンで第4位、有線で第1位(共に最高位)を、後発の「セーラー服と機関銃」(1981年11月21日リリース)はオリコンで第1位を獲得し、来生たかおの最大のヒット曲となった。

「夢の途中」「セーラー服と機関銃」の大ヒットで楽曲提供の依頼が殺到し、年間100曲以上作っていた時期もあり、時に、来生はもうマンネリと揶揄される事もあったが、「夢の途中」のような曲を、との注文を付ける依頼も少なくなかった為、自然と似たようなコード進行になってしまったと吐露している[72]。また、ドラマ出演の話が舞い込んだが、音楽以外の仕事をする気にはなれないとの理由で断っている[73]。主演の教師役だったらしく、TBSドラマ『2年B組仙八先生』であったと思われる。

シルエット・ロマンス」は、ハーレクイン「シルエットロマンスシリーズ」イメージソングのイメージソングとして作られた為、最初からタイトルは決まっていた。実力派歌手である大橋純子が歌うという事で、思う存分難しい曲を作ろうと考えた来生は、先に出来上がったサビの部分に確かな手応えを感じ、“これはいける”と思ったと言う。一方、来生えつこによれば、同曲をあまり過度な情感を込めて歌ってほしくなかった為、あえて大橋がまだ歌い慣れる前の最初の2〜3テイクを使用して貰ったらしい[74]。当時、休業を考えていた大橋は、歌手活動再開までの間、世間が自分の事を忘れない為にも同曲をヒットさせたいと思っており[75]、実際、「セーラー服と機関銃」が忽ちヒットしたのとは対照的にじわじわと人気を獲得し、大橋自身も第24回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞するに至った。その後も、多くの歌手がカヴァーを試みているスタンダードナンバーである(来生たかお関連作品・「被カヴァー曲」参照)。井上陽水は、来生が同曲を歌っているテレビ番組をたまたま目にし、“詞の良さ、曲の良さ、来生たかおの真摯な姿勢が相俟って、思わず涙ぐんだ”と述べつつ、改めて目の前で来生の歌を聴いた後は、“パチンコの合間にこんな良い曲を作ってるらしいじゃないですか”とからかっている[76]

セカンド・ラブ」は、「シルエット・ロマンス」のヒットにより、大橋純子サイドから再び楽曲提供の依頼があるだろうと見越して作られた曲だったが、中森明菜を手掛けていたディレクターの目に止まり、ぜひ明菜に歌わせたいという事で、提供に至った。ただし、セカンドシングルという事で「セカンド・ラブ」というタイトルを付けたものの、実際にはサードシングルとしてリリースされた。大橋純子用に音域を広くして作った同曲を、まだデビュー間もない中森が歌った事に対して来生は“大変だったんじゃないかな”と述べている[77]。また、同曲が第3回日本作曲大賞を受賞した際、松任谷由実原田知世に提供した「時をかける少女」もノミネートされており、会場の来生たかお及びその関係者は、滅多に公の場に出て来ない松任谷がわざわざ来ていて、しかもステージに行きやすい通路側に座っていた事から、「時をかける少女」が受賞する事はもう決まっているのだろうと予想していたと言う[78]。ちなみに、同賞の景品として車が進呈されたが、当時、姉弟は共に運転免許を持っていなかった為、急遽、来生夫人が教習所へ通う事になったと言う。

1983年、念願だった美空ひばりへの楽曲提供が実現した。提供曲「笑ってよムーンライト」(来生たかお関連作品・「提供曲」参照)は、大ヒットするだろうという思惑は外れたものの[79]、来生自身は名曲と自負している。レコーディングの折り、美空は真っ赤なスーツ姿でスタジオに現れ、編曲を担当した坂本龍一と共に感激したと言う。レコーディング自体も難なく完遂し、プロ意識を感じたと述べている。また、姉弟で美空邸を訪れた事もあり、その際、もっとジャズナンバーも歌って欲しいと懇願したところ、美空自身もそれを希望しているものの、多くの観客の要望と合致しない為、なかなか叶わないという思いを吐露された[80]。美空とはフジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』で一度だけ競演も果たしているが、番組側の、ピアノはフェイクでもかまわないとの意向で、来生はピアノに向かっているだけで実際には弾かなかったと明かしている[81]

1984年、フランスはパリにおいて企画アルバム『LABYRINTH』のレコーディングを行った。同アルバムのプロデュース及び全編曲を担ったポール・モーリアは、それまで、必然性を感じないという理由で日本人アーティストからのプロデュース依頼を断っていたが、来生の楽曲と自身の編曲は合うと感じ、引き受けたと言う[82]。ポール・モーリアは来生を評し、“一見シンプルだが人の耳を惹き付ける明快でロマンティックな音楽を創るアーティストであり、そのメロディーとヴォーカルが持つオリジナリティーに尊敬の念を抱いた”と述べている。また“来生作品は多少ヨーロッパ的に聞こえるが、そのメロディーが持つセンチメンタル且つロマンティックな雰囲気は、フランスにはない日本的な響きに聞こえる”と語っている[83]。一方、来生は、氏の楽譜に通常各楽器の演奏者に委ねられる事が多いフィルインまで詳細に記されているのを見て、その完璧主義振りに驚いたと言う。同年11月23日と12月2日には氏の来日公演にゲスト出演し、翌1985年には上記アルバムを基調とした『LABYRINTH TAKAO KISUGI with PAUL MAURIAT』と題した映像作品もリリースしている。また、2008年にリリースされた10枚組CD『ポールモーリアの世界』(ユーキャンユニバーサルミュージック〉)付属の特別編集誌『ポールモーリア物語』には“ポールモーリアとの思い出”と題されたコメントを寄稿している。

1986年6月30日〜7月22日、歌手デビュー10周年企画コンサート『来生たかお10th ANNIVERSARY“ELEVEN NIGHT THEATER”』が開催された。11日間(週末を含む3日程の単位)で既出のオリジナルアルバム11枚を全曲披露するという前代未聞の内容で、折りしも次のオリジナルアルバム『I Will...』の制作の途中でもあり、来生自身は承諾するかどうかかなり悩んでいたが、先んじて告知が出てしまった為、止むなく決行となった。そして、危惧していた通り、コンサートは準備の段階から過酷を極める事になる。基本的に来生自身が百数十曲にも及ぶ楽曲のライヴ用アレンジを施した後、バックバンドと共にリハーサルを行い、いざコンサートが始まってからも、毎回セットリストが異なる為、ステージが終わる度に次回の練習をこなす事という状況で、アルバム制作の方は一旦中断せざるを得なくなった。また、MCの内容もいつも同じという訳にも行かず、コンサートの後半は来生えつこが台本を用意し、その彼女自身も、スケジュールの都合が付いた日は舞台に上がった為、観客席でゆっくり楽しめず残念だったと語っている。全ステージ終了後、来生はやつれていたらしいが、その後、直ぐにアルバム制作が再開され、姉弟は事務所とレコーディングスタジオに別れてカンヅメになった。当初、来生えつこは、歌手デビュー10周年記念のアルバムでもある為、かつてのように膝を突き合わせて1曲1曲作りたいとの思いもあったが、時間的に叶わず口惜しかったと回顧している。ちなみに、上記コンサートの企画を先に聞いていたら絶対反対したとも告白している[84]。なお、7月12日(『夢の途中』の回)の模様は後日ラジオで放送された。

1990年、井上陽水のシングル「少年時代」(同年10月21日リリース)でピアノを担当する。井上は来生に依頼した理由として、“彼は曲を作って歌っている分、ピアノが手薄かなと思って”と笑いつつ、どこか未完成でまだまだ上達する余地のある少年というイメージが曲調に合致し、実際、望み通りのピアノになったとコメントしている[85]。1999年9月24日、氏の数年振りの全国コンサートツアーに先駆けて開催されたシークレットライヴにおいて、初めて同曲での共演が実現した。

1991年5月23日、歌手デビュー15周年記念イベントとして、東京は日本武道館において『来生たかお in 武道館〜アコースティックスペシャル〜』を開催した。「夢の途中」が大ヒットした当時にも同所での公演の勧めはあったが、自身のコンサートとしてはキャパシィーが大き過ぎるとの理由で断っていた。しかし、歌手デビュー15周年に際して再び同企画が持ち上がった際は、記念の年でもあり、広い会場で観てみたいとのファン心理も踏まえ、一生に一度という思いで実現させた。編成は、来生自身のピアノ、バックバンドの“スタートル”、70人から成るオーケストラというものだった。ちなみに、アマチュア時代に同所でザ・ビートルズ日本公演を観た頃と違い、安全地帯の公演を観た時(歌手デビュー15周年記念イベントの数年前)は、同所をそれ程大きいとは感じなかったと言う[86]

1991年10月25日、ギルバート・オサリバンとの競作シングル曲「出会えてよかった」「What A Way(To Show I Love You)」(来生たかお関連作品・「オリジナルシングル」「提供曲」参照)がリリースされる。自他共に認めるオサリバンファンの来生は、それまでにも、氏のベストアルバム『アローン・アゲイン』(1986.03.25)、『アナザー・サイド』(1988.06.25)にコメントを寄稿(後者は選曲監修も兼務)していたが、1990年、日本における事実上の復帰作として発表されたオリジナルアルバム『In The Key Of G』に、忌憚のないアルバム評と共に復帰歓迎の思いを寄せており、ここに、音楽シーンへの復帰を盛り立てる話題作りとして、氏による来生作品のカヴァー企画が持ち上がった。しかし、どうせなら新作をという氏の意向により、競作が実現する。来生姉妹は、ずっと自作自演でやって来た氏が自分達の曲を歌ってくれる事が信じられなかった、と回顧している[87]。「What A Way(To Show I Love You)」は氏の日本盤オリジナルアルバム『Sounds Of The Loop』にも収録され、同アルバムの「Can't Think Straight ぼくときみのラヴ・ソング」ではデュエットも実現(来生たかお関連作品・「参加曲」参照)、更にテレビ番組やステージでの共演も果たした[88] 。ちなみに、2人は同年の8月、イギリス領内のジャージー島にある氏の自宅において初対面をする。来生には憧れの人物に直接会いたいという願望はなく、寧ろ、相対したが為にそれまで抱いていたイメージが壊れてしまう事に不安もあったが、氏は思い描いていた通りの人柄で、その素朴な生活スタイルも想像と違わず、良かったと述べている。来生えつこ曰く、“2人は変わり者同士”らしい[89]

[編集] 関連エピソード

[編集] 提供曲・被カヴァー曲

※個々の楽曲に関しては来生たかお関連作品・「提供曲」「被カヴァー曲」参照

2009年現在、提供曲は400曲を超えている。提供先は女性歌手が多いが、アイドル系(河合奈保子斉藤由貴西村知美松田聖子山口百恵、等)、シンガーソングライター系(小椋佳さだまさしやしきたかじん、等)、歌謡曲系(伊東ゆかり西郷輝彦高橋真梨子布施明、等)、演歌系(五木ひろし島倉千代子森進一、等)と、多方面に亘る。三浦友和桃井かおり倉橋ルイ子、平井菜水は、全収録曲が来生たかおの手によるアルバムを発表している。

「Goodbye Day」、「夢の途中セーラー服と機関銃)」、「スローモーション」、「セカンド・ラブ」等を中心に、多くのアーチストが来生作品をカヴァーしており、「Goodbye Day」に至っては中国や韓国にも母国語によるカヴァーヴァージョンがいくつも存在する。

岡村孝子が歌った「はぐれそうな天使」は、提供曲ではなく、カヴァー曲である。どちらのヴァージョンもHondaToday」のCMで流れたが、彼女のヴァージョンの方がヒットした為、錯誤が生じやすい。

椎名純平椎名林檎兄妹は、母親の影響で来生たかお作品に愛着があるようで、共にカヴァー(椎名純平は「浅い夢」をアルバムでレコーディング、椎名林檎はステージで「マイ・ラグジュアリー・ナイト」を披露)している。

小堺一機は大の来生ファンである事を公言しており、来生えつこからの提案で実現したデビュー曲の「with」(企画アルバム『LABYRINTH II』参照)を始め、多くの楽曲提供を受け、自身のアルバム『with K』では来生とのデュエットも果たしている(来生たかお関連作品・「提供曲」参照)。ちなみに、小堺の妻は来生自身が歌う「with」を聴き、“こんな良い歌だったんだ”との感想を漏らしたと言う[90]

提供曲「時を輝かせて」を歌った八神純子は、コンサートのMCにおいて、“他人の曲にはケチをつけたいが勢いがあって明るいから素直に好きになった”と述べたらしい。

提供曲「another birthday」を歌った松たか子は、来生はデモテープでさらっとハミングで歌っていたが、いざ自分で歌うととても難しく、“来生さんには美しい日本の言葉を歌っているという印象が強かったので、自分で歌詞を書いてみたいと思った”と語っている[91]

時東ぁみのアルバム『②好きです…。』をプロデュースしたつんく♂は、収録曲「小夜子」を作った来生たかおを“すごいメロを生み出す人やな”と評している[92]。また、同曲の元々の提供歌手である山瀬まみも、収録アルバム『RIBBON』の中で一番好きな曲と雑誌のインタビューで答えている。

「セカンド・ラブ」をカヴァーした徳永英明は、「Yahoo!ライブトーク」にて、歌唱に苦労した部分があった為、“どのように歌えば良いか来生たかお氏に尋ねてみたい”と語ったらしい。

[編集] その他

来生ファンである事を公言する小堺一機は、コンサートにも足を運び、会場に祝いの花を送る事もある。失恋で落ち込んでいる時、友人から勧められて聴いたデビューアルバム『浅い夢』がきっかけとなり、セカンドアルバム『ジグザグ』は自ら入手したと言う。第1弾オリジナルシングルである「浅い夢」や、『ジグザグ』収録の「甘い食卓」「マダムとの散歩」に対し、“映像的で、洋画のような内容の歌詞で、当時こんな感じの歌は他に無かった”との感想を述べている。また、「Goodbye Day」を初めて聴いたのも上記の友人を通じてだったと語っている[93]。二人の初対面は日本テレビ系音楽番組『NTV紅白歌のベストテン』の楽屋で、デビューから間もない来生が話題曲のゲストとして出演した折り、当時、同番組の前説を務めていた小堺がファンである事を伝えた。スターに囲まれながら楽屋で緊張していた来生は、“救われた気分だった”と回顧している[94]。また、小堺によれば、来生は勝手にステージに上がって来た女性客に“私、あなたの妻です”と迫れた事があったらしい[95]

フジテレビ系アニメ『みゆき』では、「疑惑」「白い愁い」「坂道の天使」「つまり愛してる」「官能少女」「Goodbye Day」等が挿入歌として使われている。

フジテレビ系バラエティー番組『笑っていいとも!』の『テレフォンショッキング』で、タモリに“顔色が悪いですねぇ”“町工場のお兄さんと話してるみたい”等とからかわれた。この時、来生は小堺一機からの紹介で出演し、松任谷正隆を紹介している。また、テレビ東京系音楽番組『タモリの音楽は世界だ』にゲスト出演した時は、氏の所属事務所(田辺エージェンシー)社長・田邊昭知にルックスが似ていると評された。

杉田かおるは子供の頃“キスギタカオル”と呼ばれてからかわれた事があったと言う[96]

漫画「キャプテン翼」の登場キャラクターである“来生哲兵”は、作者・高橋陽一が来生たかおのファンで、来生たかおの息子の名前を拝借したと言われている。

ギルバート・オサリバンのベスト盤CD-BOX『CARICATURE: THE BOX』(2004.01.01)のブックレットには、競作シングル「出会えてよかった What A Way(To Show I Love You)」のジャケット写真(オサリバン版)が掲載されており、来生たかおに関する“a very famous and well-known aritist”“a Big fan of Gilbert”との記載も見受けられる(「出会えてよかった What A Way(To Show I Love You)」自体は収録されていない)。

兵庫県新温泉町湯村温泉にある、芸能・文化人の手形を数多く展示した“ふれあい手形散歩道”には、来生の手形も飾られている(柳通り上側、温泉橋〜繁栄橋区間)。

2006年、林眞須美著/高橋幸春・長冨俊和編『死刑判決は『シルエット・ロマンス』を聴きながら 林眞須美 家族との書簡集』(講談社)と題された書籍が刊行されている。2009年のコンサートではこの本をMCの話題に取り上げた後、「シルエット・ロマンス」を披露している。

[編集] 作品

詳細は来生たかお関連作品・各ページを参照

[編集] オリジナルシングル

※A面曲(タイトル曲)/B面曲(カップリング曲)(発売年月日)

  1. 浅い夢/待ち人来たらず (1976.10.01)
  2. 灼けた夏/マダムとの散歩 (1977.07.01)
  3. 長雨-ながあめ-/ジグザグ (1977.10.01)
  4. 赤毛の隣人/悪い夜 (1978.08.01)
  5. 片隅にひとり/振り向くならせめて (1978.10.01)
  6. そして、昼下り/ゆるやかに愛が… (1979.04.21)
  7. あなただけGood Night/マイ・ラグジュアリー・ナイト (1979.10.21)
  8. ほんのノスタルジー/グリーン・グラス (1980.06.21)
  9. とにかく、あした/やさしさ、ひととき (1981.02.05)
  10. Goodbye Day/ちょっと、ドギマギ (1981.05.21)
  11. 夢の途中-セーラー服と機関銃-/美しい女(ひと) (1981.11.01)
  12. 気分は逆光線/シルエット・ロマンス (1982.04.25)
  13. 疑惑/時よ ゆっくり (1982.12.01)
  14. 無口な夜/まどろみミステリー (1983.03.01)
  15. 吐息の日々/渚のほのめき (1983.07.01)
  16. そっとMIDNIGHT/Goodbye dream (1984.07.10)
  17. 白いラビリンス(迷い)/裸足で散歩 (1984.11.01)
  18. はぐれそうな天使/夢みる頃を過ぎても (1985.09.10)
  19. あした晴れるか/もう少し遠く (1986.04.25)
  20. フェアウェル/グラスの宇宙 (1986.09.25)
  21. 時を咲かせて/夢旅行 (1987.10.25)
  22. ORACIÓN-祈り-/イントロダクションを待っても (1988.07.25)
  23. 語りつぐ愛に/青いNovenber (1989.04.12)
  24. Silent Memory/雨とピアノ (1989.06.26)
  25. 夢より遠くへ/セカンド・ラブ (1990.11.28)
  26. 出会えてよかった/めざめ (1991.10.25)
  27. ため息のあとで/君が送る風 (1992.05.27)
  28. 愛する時間に/君の風景 (1992.11.21)
  29. 二人の場所/遥かなひと (1993.07.01)
  30. やわらかな刺激/やさしさの真実 (1994.06.01)
  31. 永遠なる序章/白い情景 (1994.12.01)
  32. 浅い夢 20thアニヴァーサリー・ニューレコーディング/夜はいつも長すぎて(1995.07.21)
  33. 渇いた季節/水色の六月 (1997.01.21)
  34. どこまでも恋心/あの頃に恋して (1998.01.21)
  35. 頬杖の幸福/さまよう言葉 (1998.04.01)
  36. 地上のスピード/夢の途中(Duet with 薬師丸ひろ子) (2000.10.21)
  37. Day by day/グレイ・海沿いの町で・ほほえみの扉 (2002.09.06)

[編集] オリジナルアルバム

※アルバムタイトル(発売年月日)

  1. 浅い夢 (1976.10.21)
  2. ジグザグ (1977.10.21)
  3. By My Side (1978.11.01)
  4. Natural Menu (1979.12.10)
  5. AT RANDOM (1980.07.01)
  6. Sparkle (1981.07.21)
  7. 夢の途中 (1981.12.10)
  8. 遊歩道 (1982.11.10)
  9. Ordinary (1983.07.25)
  10. ROMANTIC CINEMATIC (1984.08.10)
  11. Only Yesterday -つい昨日のこと- (1985.11.25)
  12. I Will... (1986.09.25)
  13. Étranger (1987.11.25)
  14. With Time (1988.11.25)
  15. SOMETHING ELSE (1989.11.25)
  16. 永遠の瞬間 (1991.04.25)
  17. Passage (1993.11.26)
  18. Another Story (1994.11.02)
  19. Purity (1997.02.21)
  20. Dear my company (2000.11.10)
  21. égalité (2004.11.17)
  22. avantage (2005.10.19)
  23. 余韻 (2008.12.10)

[編集] 企画アルバム

※アルバムタイトル(発売年月日)

  1. 来生たかお(1980.11.01)
  2. Visitor(1983.12.01)
  3. LABYRINTH(1984.12.01)
  4. LABYRINTH II(1991.10.25)
  5. 来生たかおSONGS(1995.07.21)
  6. 夢より遠くへ -melodies & stories-(1995.11.01)
  7. Try to Remember(2008.06.25)

[編集] 主なベストアルバム

※アルバムタイトル(発売年月日)

  1. BIOGRAPHY(1979.08.01)
  2. BIOGRAPHY ll(1982.04.25)
  3. 来生たかお作品集 Times Go By(2001.05)
  4. GOLDEN☆BEST 来生たかお BIOGRAPHY(2003.11.26)
  5. GOLDEN☆BEST 来生たかお VISITORS(2004.06.02)

[編集] 主な映像作品

※タイトル(発売年月日)

  1. 来生たかおライヴ Much more...(1983.04.21)
  2. LABYRINTH TAKAO KISUGI with PAUL MAURIAT(1985.03.21)
  3. 来生たかお CONCERT TOUR 〜永遠の瞬間〜(1991.05.23)
  4. TAKAO KISUGI ACOUSTIC TRACKS(1993.09.26)
  5. TAKAO KISUGI LIVE 浅い夢から(1995.10.25)
  6. TAKAO KISUGI 30th Anniversary X'mas Concert 2005 avantage(2006)

[編集] 略歴

11月16日:東京・大森に生まれる。
井上陽水のファーストアルバム『断絶』にアコースティックギター担当として参加。
たまたまジャケットが気に入って買ったギルバート・オサリバンのシングル「No Matter How I Try/さよならがいえない」に衝撃を受ける。
キティレコードの社員としてインスペクターの業務に就く。
3月21日:亀渕友香のアルバム『Touch Me,Yuka』に、姉弟コンビの手による「酔いどれ天使のポルカ」が収録され、姉弟共に作家デビュー。
書きためていた楽曲から50曲を選抜し、デビュー候補として録音。
10月1日:オリジナルシングル「浅い夢」で歌手デビュー。
10月12日:デビューコンサート(青山タワーホール)を開催(第1曲目は「挿話-エピソード-」)。
10月21日:ファーストオリジナルアルバム『浅い夢』をリリース。
渋谷ジァン・ジァン(月に1度・40分2回ソロステージ)を中心にコンサート活動。
7月1日:オリジナルシングル「灼けた夏」をリリース。
マイ・ラグジュアリー・ナイト」(歌唱:しばたはつみ)が、名立たる作曲家の作品の中から東洋工業(現・マツダ)のCM曲として採用され、作曲家として注目される。
10月1日:オリジナルシングル「長雨-ながあめ-」をリリース。
10月21日:オリジナルアルバム『ジグザグ』をリリース。
都内が中心だったコンサート活動が、関東一円、名古屋、京都へと広がる。
8月1日:オリジナルシングル「赤毛の隣人」をリリース(オリジナルアルバム『浅い夢』からシングルカット )。
10月1日:オリジナルシングル「片隅にひとり」をリリース。
11月1日:オリジナルアルバム『By My Side』をリリース。
4月21日:オリジナルシングル「そして、昼下り」をリリース。
10月9日:結婚。
10月21日:オリジナルシングル「あなただけGood Night」をリリース。
三浦友和・他主演の東宝映画『黄金のパートナー』の音楽を高中正義と共に担当し、同映画のエンドロールで初の映画出演。
12月:フジテレビ系ドラマ『翔んだカップル』の音楽(H2Oが歌った主題歌「僕等のダイアリー」を含む)を担当。
12月10日:オリジナルアルバム『Natural Menu』をリリース。
4月:初の全国コンサートツアーを開催。
6月21日:オリジナルシングル「ほんのノスタルジー」をリリース。
7月1日:オリジナルアルバム『AT RANDOM』をリリース。
11月1日:企画アルバム『来生たかお』をリリース。
2月5日:オリジナルシングル「とにかく、あした」をリリース(企画アルバム『来生たかお』からシングルカット)。
5月21日:オリジナルシングル「Goodby Day」をリリース。スマッシュヒットする。
7月21日:オリジナルアルバム『Sparkle』をリリース。
11月10日:オリジナルシングル「夢の途中」をリリース。競作シングル「セーラー服と機関銃」(歌唱:薬師丸ひろ子)と共に大ヒット。
12月10日:オリジナルアルバム『夢の途中』をリリース。
4月25日:オリジナルシングル「気分は逆光線」(両A面)をリリース。
7月21日:桃井かおりとのデュエット曲『ねじれたハートで』をリリース。
10月:大橋純子に提供した「シルエット・ロマンス」で、第2回日本作曲大賞優秀作品賞、中山晋平西条八十賞を来生えつこと共に受賞。「夢の途中」で、スコッチ・マスタリング・アワードのシングル優秀賞、LP優秀賞を受賞。
11月10日:オリジナルアルバム『遊歩道』をリリース。
12月1日:オリジナルシングル「疑惑」をリリース(オリジナルアルバム『遊歩道』からシングルカット)。
3月1日:オリジナルシングル「無口な夜」をリリース。
4月21日:映像作品『来生たかおライヴ Much more...』をリリース。
7月1日:オリジナルシングル「吐息の日々」をリリース。
7月25日:オリジナルアルバム『Ordinary』をリリース。
10月5日:中森明菜に提供した「セカンド・ラブ」で、第3回日本作曲大賞で大賞を受賞。
12月1日:企画アルバム『Visitor』をリリース。
3月27日(放送):フジテレビ系バラエティー番組『笑っていいとも!』(『テレフォンショッキング』)に生出演。
7月10日:オリジナルシングル「そっとMIDNIGHT」をリリース。
8月10日:オリジナルアルバム『ROMANTIC CINEMATIC』をリリース。
9月14日〜10月2日:フランスはパリにおいて企画アルバム『LABYRINTH』のレコーディングを行う。
11月1日:オリジナルシングル「白いラビリンス(迷い)」をリリース。
11月23日・12月2日:ポール・モーリアの来日公演(東京都・NHKホール/大阪府・大阪フェスティバルホール)にゲスト出演し、大阪公演の一部(「白いラビリンス(迷い)」)がTBS系音楽番組『ザ・ベストテン』で生中継される。
12月1日:企画アルバム『LABYRINTH』をリリース。
3月21日:ポール・モーリアの来日公演(大阪府・大阪フェスティバルホール)にゲスト出演した模様を含む、映像作品『LABYRINTH TAKAO KISUGI with PAUL MAURIAT』をリリース。
9月10日:オリジナルシングル「はぐれそうな天使」をリリース。
11月25日:オリジナルアルバム『Only Yesterday -つい昨日のこと-』をリリース。
4月25日:オリジナルシングル「あした晴れるか」をリリース。
6月30日〜7月22日:歌手デビュー10周年企画コンサート『来生たかお10th ANNIVERSARY“ELEVEN NIGHT THEATER”』(東京都・東京FMホール)を開催。
9月25日:オリジナルシングル「フェアウェル」、オリジナルアルバム『I Will...』をリリース。
6月7日:小椋佳コンサート(東京都・NHKホール)に井上陽水と共にゲスト出演(7月22日にNHK総合で放送)。小椋佳の楽曲「少しは私に愛をください」(Duet with 小椋佳、井上陽水)を披露。
10月25日:オリジナルシングル「時を咲かせて」をリリース。
11月25日:オリジナルアルバム『Étranger』をリリース。
2月13日(放送):『加山雄三ショー 競演!来生たかお・岩崎宏美・島田歌穂』にゲスト出演。「夢の途中」(ピアノ/Duet with 加山雄三)、ザ・ベンチャーズの楽曲「Pipeline」「Walk Don't Run」(エレキギター)、加山雄三の楽曲「蒼い星屑」(エレキギター/Duet with 加山雄三)、「時を咲かせて」(ピアノ with スタートル/ソロ歌唱)を競演・デュエットで披露。
6月21日:フジテレビ開局30周年記念の東宝映画『優駿』のイメージソング「ORACIÓN -祈り-」を、同映画の主演・斉藤由貴とのデュエットでリリース。
7月25日:オリジナルシングル「ORACIÓN-祈り-」をリリース(ソロヴァージョン)。
8月27日(放送): 日本テレビ系『第11回24時間テレビ 愛は地球を救う』に眼鏡着用でゲスト出演。同番組の為に書き下ろしたテーマ曲「Mail of Love」(ピアノ/Duet with コーラス隊)を披露。
11月25日:オリジナルアルバム『With Time』をリリース。
4月12日:オリジナルシングル「語りつぐ愛に」をリリース(オリジナルアルバム『With Time』からシングルカット)。
6月26日:オリジナルシングル「Silent Memory」をリリース(オリジナルアルバム『With Time』からシングルカット)。
11月25日:オリジナルアルバム『SOMETHING ELSE』をリリース。
11月28日:オリジナルシングル「夢より遠くへ」をリリース。
4月25日:オリジナルアルバム『永遠の瞬間』をリリース。
5月23日:歌手デビュー15周年記念イベント『来生たかお in 武道館 アコースティックスペシャル』(東京都・日本武道館)を開催。映像作品『来生たかお CONCERT TOUR 〜永遠の瞬間〜』をリリース。
10月25日:企画アルバム『LABYRINTH II』、ギルバート・オサリバンとの競作となったオリジナルシングル「出会えてよかった」(ギルバート・オサリバン版のタイトルは「What A Way(To Show I Love You)」)をリリース。
2月24日:ギルバート・オサリバンの日本公演(東京都・中野サンプラザ)にゲスト出演。
5月27日:オリジナルシングル「ため息のあとで」をリリース。
7月1日:株式会社ベイシックを設立し、独立。
11月21日:オリジナルシングル「愛する時間に」をリリース。
7月1日:オリジナルシングル「二人の場所」をリリース。
9月26日:映像作品『TAKAO KISUGI ACOUSTIC TRACKS』をリリース。
11月26日:オリジナルアルバム『Passage』をリリース。
6月1日:オリジナルシングル「やわらかな刺激」をリリース。
11月2日:オリジナルアルバム『Another Story』をリリース。
12月1日:オリジナルシングル「永遠なる序章」をリリース(オリジナルアルバム『Another Story』からシングルカット)。
7月21日:歌手デビュー20周年記念コンサート『20周年スペシャルコンサート 浅い夢から』(東京都・NHKホール)を開催。オリジナルシングル「浅い夢 20thアニヴァーサリー・ニューレコーディング」、企画アルバム『来生たかおSONGS』をリリース。
10月25日:映像作品『TAKAO KISUGI LIVE 浅い夢から』をリリース。
キティ・エンタープライズから日本コロムビアへ所属レコード会社を移籍。
1月21日:オリジナルシングル「渇いた季節」をリリース。
2月21日:オリジナルアルバム『Purity』をリリース。
6月〜8月:エルダミュージカル『エルダ・フェアリー・パフォーマンス 夢にくちづけ』(7都市・16回公演)に、作曲者として、安田裕美、喜納正明、工藤司と共に参加。
11月1日:企画アルバム『夢より遠くへ -melodies & stories-』をリリース。
1月21日:オリジナルシングル「どこまでも恋心」をリリース。
4月1日:オリジナルシングル「頬杖の幸福」をリリース。
4月3日(放送):TBS系ドラマ“柴門ふみ”スペシャル『新・同棲時代』に「KASHIWAGI」役(台詞なし)で出演。
自動車の運転免許を取得。
9月24日:井上陽水のシークレットライヴ(スイートベイジル139)にゲスト出演(12月26日にNHK総合で、12月10日にBS2で放送)。「シルエット・ロマンス」(ピアノ/ソロ歌唱)、井上陽水の楽曲「少年時代」(ピアノ/歌唱:井上陽水)を披露。
日本コロムビアからキティMMEへ所属レコード会社を移籍。株式会社シンプレックス・ミュージックに所属事務所を移籍。
5月15日(放送):フジテレビ系『SMAP×SMAP』内のワンコーナー『SMA☆SMASH』にゲスト出演。「夢の途中」(ピアノ/Duet with SMAP)、「Goodbye Day」(ピアノ/Duet with SMAP)、SMAPの楽曲「Let It Be」(ピアノ/Duet with SMAP)を披露。
10月21日:オリジナルマキシシングル「地上のスピード」をリリース。
11月10日:オリジナルアルバム『Dear my company』をリリース。
『Stand Alone』と題した弾き語りツアーを初開催。
9月6日:オリジナルマキシシングル「Day by day」をリリース。
11月17日:オリジナルミニアルバム『égalité』をリリース。
10月15日〜:歌手デビュー30周年企画コンサートツアー『30th Anniversary Concert Tour 2005 avantage アヴァンタージュ』を開催。
歌手デビュー30周年企画として、幼少期から現在までの写真をレイアウトした切手シート(80円切手10枚/便箋10枚/封筒5枚)を作成。
10月19日:2枚組(CD+DVD)オリジナルアルバム『avantage』をリリース。
映像作品『30th Anniversary X’mas Concert Tour 2005 avantage アヴァンタージュ』をリリース。
5月31日・6月1日:『小椋佳トリビュートコンサート〜夢歌詩、あるところに〜』にゲスト出演。フライング・キティ・バンドへの提供曲「愛の足跡」(ソロ歌唱)、小椋佳の楽曲「少しは私に愛をください」(ピアノ/Duet with 小椋佳)、「残された憧憬」(メドレー内のソロ歌唱)、「さらば青春」(出演者全員の合唱)を披露。
6月25日:企画アルバム(初のライヴアルバム)『Try to Remember』をリリース。
12月10日:オリジナルアルバム『余韻』をリリース。
初孫が誕生[97]

[編集] コンサートツアー/スペシャルライヴ

※太字はツアー/*はゲスト出演

  • 1976年
10月12日:デビューコンサート(東京都・青山タワーホール)
12月5日:マガジン・シティ・コンサート(東京都・郵便貯金ホール/出演:古井戸庄野真代、他)*
  • 1978年
?月?日:石川セリとのジョイントコンサート(?・?)
  • 1979年
9月27日:初のホールコンサート(東京都・東京厚生年金会館小ホール)
  • 1980年
4月?日〜:初の全国コンサートツアー
7月21日: 小林みちひろとのジョイントコンサート(東京都・郵便貯金ホール)
9月?日〜:秋のコンサートツアー
10月4日:Kitty Festival 1 Fiying Kitty Party '80(東京都・日比谷野外音楽堂/出演:高中正義上田正樹、豊島たづみ、ラビ白竜)*
  • 1981年
5月1日〜:コンサートツアー
  • 1982年
3月?日〜:Concert Tour '82 夢の途中…(?・?〜34公演)
9月4日:シルエット・ロマンス・コンサート(東京都・日比谷公会堂
9月24日〜:Concert Tour '82 Much More...(神奈川県・神奈川県民ホール〜49公演・9万動員)
  • 1983年
5月26日〜:Concert Tour '83 ミディアム気分で…(?・?〜75公演・15万動員)
  • 1984年
5月28日〜:Concert Tour '84 Romantic Cinematic(神奈川県・神奈川県民ホール〜60公演・12万動員)
11月23日・12月2日:ポール・モーリア来日公演(東京都・NHKホール/大阪府・大阪フェスティバルホール)*
  • 1985年
6月24日・30日:Night Visitor コンサート(東京都・東京厚生年金会館/神奈川県・神奈川県民ホール/出演:来生たかお&ヒズ・オーケストラ)
9月3日〜:Concert Tour '85 Only Yesterday(東京都・武蔵野市民文化会館〜40公演)
12月23日: 横浜クリスマス公演(神奈川県・?)
  • 1986年
?月?日〜:Concert Tour '86 I Will…
6月30日〜7月22日:来生たかお 10th ANNIVERSARY“ELEVEN NIGHT THEATER”(東京都・東京FMホール)
  • 1987年
6月7日:小椋佳コンサート(東京都・NHKホール/出演:井上陽水)*[98]
8月6日:夏 長崎から さだまさし(長崎県・長崎市営ラグビー・サッカー場/出演:さだまさし村下孝蔵白鳥座、吉田政美〈元グレープ〉)*[99]
8月31日:KACファン感謝コンサート(東京都・中野サンプラザ/出演:島津冴子杉山佳寿子千葉繁島本須美青木和代ピカソ南翔子松永夏代子成清加奈子、村下孝蔵)*
?月?日〜:Concert Tour '87〜'88 Etranger
  • 1988年
?月?日:来生たかお with フルオーケストラ「STELLA」
?月?日〜:Concert Tour '88〜'89 With Time
  • 1989年
?月?日〜:Concert Tour '89〜'90 Something Else
  • 1990年
?月?日:第3回信州佐久音楽祭(長野県・佐久市駒場公園/出演:群馬交響楽団、小比類巻かほる薗田憲一とデキシーキングラグーナベルデ、濤川栄太
?月?日〜:Concert Tour '90〜'91 永遠の瞬間 THE MOMENT
  • 1991年
5月23日:15周年記念イベント・来生たかお in 武道館 アコースティックスペシャル(東京都・日本武道館
?月?日:びわ湖 水の祭典 SAVE The EARTH, SAVE The LAKE '91(滋賀県・矢橋帰帆島特設ステージ/出演:ジョージ川口、NewBig4+1、サリナ・ジョーンズ、渡辺貞夫グループ)*[100]
?月?日〜:Concert Tour '91〜'92 FROM NOW
  • 1992年
2月24日:ギルバート・オサリバンの日本公演(東京都・中野サンプラザ)*
?月?日Concert Tour'92〜'93 BASIC(44公演・4.7万動員)
  • 1993年
7月23・24日:Acoustic Tracks(東京都・東急Bunkamuraオーチャードホール
11月18日〜:Concert Tour '94〜'95 Passage(?・?〜40公演)
  • 1994年
7月16・17日:Acoustic Tracks 2(東京都・東急Bunkamura オーチャードホール)
11月23日〜:Concert Tour '94〜'95 Another Story
  • 1995年
7月21日:20周年スペシャルコンサート 浅い夢から(東京都・NHKホール)
12月3日〜:20th Anniversary Concert Tour '95〜'96 夢より遠くへ
  • 1996年
7月:Acoustic Tracks(東京・神戸)
7月27日・28日:全国森と湖に親しむつどい '96しゃくなげ湖フェスティバル 森と湖に親しむコンサート(新潟県・六日町三国川ダム しゃくなげ湖畔/出演:財津和夫渡辺真知子
  • 1997年
2月24日〜Concert Tour '97 Purity(東京都・天王洲アイル アートスフィア〜)
来生たかおLIVE そしてほのかに夏は行く/第一夜 WONDER NIGHT・第二夜 SLOW NIGHT(東京都・新宿日清パワーステーション
  • 1998年
2月14日:バレンタイン・クリスタルナイト(千葉県・浦安市舞浜東京ベイヒルトン
2月28日・3月28日:コンサート'98 ぬくもりを探して(東京都・ティアラこうとう/大阪府・梅田ヒートビート)
3月21日:98八景島 年金フェスティバル 来生たかおコンサート(神奈川県・横浜市八景島シーパラダイス
6月27日:コンサート'98 メモリー・メロディー(東京都・渋谷公会堂
8月2日:第9回あづみ野池田音楽祭(長野県・池田町立美術館野外ステージ/出演:西田ひかる)
8月8日:来生たかおサンセットドリーム(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
12月14日:まちづくりコンサート(東京都・保谷こもれびホール)
12月26日:1998 YEAR-END CONCERT 時よ ゆっくり(東京都・中野サンプラザ)
  • 1999年
2月13日〜:Concert Tour '99 Picturesque Melody(千葉県・市原市市民会館〜)
9月4日:いいでめざみの里まつり'99前夜祭 来生たかおコンサート(山形県・飯豊町町民総合センター あ〜す多目的ホール)
9月24日:井上陽水のシークレットライヴ(東京都・スイートベイジル139/出演:忌野清志郎奥田民生)*[101]
11月23日:成美教育文化会館竣工2周年記念 来生たかおコンサート(東京都・東久留米市成美グリーンホール)
12月23日:スペシャルコンサート1999 Made In X'mas(東京都・中野サンプラザ)
  • 2000年
3月4日:勝沼 天空フェスタ(山梨県・ぶどうの丘ホール)
6月30日:来生たかお&平松愛理ジョイントコンサート(群馬県・明和町ふるさと産業文化館)
7月16日:青森県十和田湖 湖水まつり2000(青森県・十和田湖
7月29日:鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
8月10日:日本海夕日コンサート(新潟県・新潟市青山海岸特設ステージ/出演:服部克久と音楽畑オーケストラ、岩崎宏美南こうせつサーカス、新潟市ジュニア合唱団)*
8月20日:一里野音楽祭(石川県・一里野温泉スキー場 野外ステージ/出演:南佳孝石川セリ尾崎亜美山梨鐐平)*
10月7日:観月の夕べ 来生たかおムーンライトコンサート2000(愛知県・刈谷市洲原公園特設ステージ)
10月21日〜:25th Anniversary Concert Tour 2000 Dear My Company(神奈川県・秦野市文化会館〜)
12月17日:スペシャルライブ&握手会(東京・銀座山野楽器本店イベントスペースJAM SPOT)
  • 2001年
1月19日:ニューイヤーブッフェ&ショー(千葉・新浦安オリエンタルホテル
2月11日:ドコモとくもりキャンペーン(石川県・金沢市観光会館
2月24日:益城町文化会館自主事業コンサート
3月2日〜:25th Anniversary Special Concert Acoustic Tracks Version 2001(埼玉県・大宮ソニックシティ〜)
3月16日:来生たかお&平松愛理ジョイントコンサート(千葉県・多古町コミュニティプラザ文化ホール)
3月23〜25日:鳥島周遊アホウドリウォッチングクルーズ
?月?日:来生たかお&オーケストラ・アンサンブル金沢 ポップスロマンチックコンサート(石川県・?)
7月28日:鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
10月9日〜:ソロライブ Stand Alone(東京都・南青山マンダラ〜)
10月13日:TAKAO KISUGI CONCERT Twilight Glow(神奈川県・横浜ホテルニューグランド レインボーボールルーム/ゲスト:山梨鐐平)
12月15日・22日・24日:来生たかおクリスマスコンサート2001 Touch of Tomorrow(神奈川県・ハーモニーホール座間/東京都・中野サンプラザ/大阪府・厚生年金会館芸術ホール)
  • 2002年
3月7日〜:Acoustic Concert 2002(東京都・江東区文化センター〜)
7月27日:鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
9月6日〜:Concert Tour 2002 Day by day(埼玉県・鴻巣市文化センター〜)
10月9日:シークレットライブ
12月19日・21日:来生たかおクリスマスコンサート(大阪府・大阪厚生年金会館小ホール/東京都・中野サンプラザ)
  • 2003年
6月4日〜:Acoustic Tracks 2003(東京都・町田市民ホール〜)
6月14日〜:Stand Alone 2003(大阪府・ザ・フェニックスホール〜)
7月26日:鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
8月27:ホテル青森 ディナーショー(青森県・ホテル青森)
9月21日:金沢教職員組合コンサート(石川県・文教会館)
9月25日:めざましクラシックス in 横浜(神奈川県・横浜市みなとみらいホール 大ホール)(高島ちさ子ジェイク・シマブクロ軽部真一)*
9月26日:めざましクラシックス in 山形 秋を彩る音楽たち(山形県・山形市民会館/出演:高嶋ちさ子、軽部真一 他)*
12月7日:ホテルリッチ酒田 ディナーショー(山形県・ホテルリッチ酒田)
12月13日:めざましクラシックスin Fuji(静岡県・富士ロゼシアター大ホール/出演:高嶋ちさ子、軽部真一 他)*
12月19日・24日・25日:来生たかおクリスマスコンサート(大阪府・大阪リサイタルホール/東京都・東京芸術劇場中ホール)
  • 2004年
1月9日:めざましクラシックス in もりおか(岩手県・盛岡市民文化ホール大ホール/出演:高嶋ちさ子、軽部真一 他)*
1月11日:めざましクラシックス in 高岡(富山県・高岡市民会館ホール/出演:高嶋ちさ子、軽部真一 他)*
1月25日:西東京市誕生3周年記念事業*(東京都・保谷こもれびホール)
2月6日:来生たかおスペシャルサロンライブ(入れ替え制2ステージ各40名限定/東京都・南青山GARGERY HOUSE)
2月28日:朝日新聞創刊125周年・京都新工場誕生特別企画 来生たかおアコースティックコンサート(京都府・京都シルクホール(京都産業会館8F))
5月3日:赤坂プリンスホテルビュッフェディナーショー STREET CLUB ZONE Special Acoustic concert 2004(東京都・赤坂プリンスホテル クリスタルパレス(新館2F))
7月24日:鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
9月25日:来生たかお Concert 2004 in Autumn(埼玉県・北本市文化センターホール)
10月8日〜:アコースティックコンサート2004(東京都・杜のホールはしもと〜)
12月16・18日:クリスマスコンサート2004 égalité(大阪府・大阪厚生年金会館芸術ホール/東京都・中野サンプラザ)
  • 2005年
1月13日:ミニライヴ&握手会(東京都・銀座山野楽器本店イベントスペースJamSpot)
2月20日:めざましクラシックス in 佐賀(佐賀県・佐賀市文化会館大ホール/出演:高嶋ちさ子、軽部真一 他)*
3月12日〜:ソロライブ Stand Alone 2005(長崎県・長崎文化放送〜)
7月23日:鎌倉プリンスホテル サマーディナーショー SUNSET DREAM(神奈川県・鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜)
9月11日:来生たかお ライブ2005(大阪府・松原市文化会館)
10月15日〜:30th Anniversary Concert Tour 2005 avantage アヴァンタージュ(静岡県・御殿場市民会館〜)
12月23日・24日・26日:30th Anniversary X’mas Concert Tour 2005 avantage アヴァンタージュ(愛知県・名古屋Zepp/大阪府・大阪厚生年金会館芸術ホール/東京都・中野サンプラザ)
  • 2006年
1月14日:ミニライヴ&握手会(東京都・銀座山野楽器本店イベントスペースJamSpot)
7月7日〜:ソロライブ Stand Alone 2006(東京都・渋谷duo Music Exchange〜)
9月22日・10月20日・11月24日:マンスリーソロライブ Stand Alone Another Side(東京都・東京FMホール)
12月17日・22日・23日:スペシャルライブ 2006 Stand Alone Christmas Color(大阪府・御堂会館大ホール/東京都・九段会館大ホール)
  • 2007年
3月21日〜:来生たかお アコースティックコンサート 2007(神奈川県・茅ヶ崎市民文化会館大ホール〜)
7月15日〜:Stand Alone 2007(大阪府・大阪ブルーノート〜)
9月19日〜:Acoustic Tracks 2007(福島県・會津風雅堂〜)
12月13日・21日:スペシャルライブ2007 Stand Alone Christmas Color(大阪府・大阪厚生年金会館芸術ホール/東京都・東京厚生年金会館)
  • 2008年
1月26日:アコースティックコンサート2008(群馬県・渋川市民会館)
2月16日〜:Stand Alone 2008(宮城県・Zepp Sendai〜)
5月31日・6月1日:小椋桂トリビュートコンサート 夢歌詩、あるところに(東京都・東京国際フォーラム/出演:中村雅俊さだまさし堀内孝雄 他)*
8月4日:ミニ・ライヴ&握手会(東京都・銀座山野楽器本店イベントスペースJamSpot)
12月20日・23日:Stand Alone 2008 Christmas Color(大阪府・大阪厚生年金会館芸術ホール/東京都・東京厚生年金会館
  • 2009年
2月11日〜:コンサートツアー2009 余韻(宮城県・仙台市青年文化センターシアターホール〜)
2月22日:めざましクラシックス in おきなわ(沖縄県・沖縄コンベンションセンター/出演:加羽沢美濃、軽部真一 他)*

[編集] ランキング

  • オリコン・作曲売り上げ
1981年:第122位
1982年:第2位
1983年:第7位
1984年:第44位
1985年:第96位
1986年:第17位
1987年:第20位
1988年:第48位
1989年:第54位
1991年:第146位
1992年:第250位
1993年:第340位
  • 1982年オリコン・レコード売り上げ
総合:第7位/シングル:第24位/LP:第7位/CT:第6位
  • 1982年総合リクエスト
ラジオ:夢の途中(第45位)
有線:夢の途中(第18位)/ねじれたハートで(第56位)/シルエット・ロマンス(来生ヴァージョン)(第76位)
ジューク:夢の途中(第11位)/ねじれたハートで(第50位)/気分は逆光線(第89位)

[編集] 脚注

  1. ^ 朝日新聞夕刊 芸能欄(1995.11.25)
  2. ^ BS-i(BS-TBS)『KISUGI TAKAO STUDIO CONCERT 〜Day by day〜』(2002.02.15)
  3. ^ コンサート(2007)のMC
  4. ^ テレビ朝日系『徹子の部屋』(1991.05.22)
  5. ^ 来生えつこ著『夢の途中に』(リクルート出版/1990)
  6. ^ 来生えつこ著『夢の途中に』(リクルート出版/1990)
  7. ^ RKB毎日放送「ライブやろうぜ!」第31回(2002.07.09)
  8. ^ NHK総合の音楽番組『ふたりのビッグショー 来生たかお&渡辺真知子』(1996.04.22)
  9. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  10. ^ ライヴビデオ(VHSLDDVD)『来生たかおLIVE 浅い夢から』
  11. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  12. ^ 来生たかお30周年記念インタビューavantage
  13. ^ RKB毎日放送『ライブやろうぜ!』第31回(2002.07.09)
  14. ^ TBSラジオ『中村雅俊マイ・ホームページ』(2002)
  15. ^ RKB毎日放送『ライブやろうぜ!』第32回(2002.07.16)
  16. ^ テレビ朝日系『徹子の部屋』(1991.05.22)
  17. ^ BS2『BS日本のうた フォーク大集合‘99』(1999.01.31)
  18. ^ 朝日新聞夕刊 芸能欄(1995.11.25)
  19. ^ NHK総合の音楽番組『ふたりのビッグショー 来生たかお&渡辺真知子』(1996.04.22)等
  20. ^ TBSラジオ『中村雅俊マイ・ホームページ』(2002)
  21. ^ TBSラジオ『中村雅俊マイ・ホームページ』(2002)
  22. ^ 来生えつこ著『いろはにオトコ』(新潮社/1985)
  23. ^ NHK総合の音楽番組『ヤングスタジオ101』(1987.08.09)
  24. ^ 『来生たかおLIVE 浅い夢から』(来生たかお関連作品・「映像作品」参照)
  25. ^ NHK総合の音楽番組『ふたりのビッグショー 来生たかお&渡辺真知子』(1996.04.22)
  26. ^ コンサートのMC
  27. ^ TBSラジオ『小堺一機のサタデーウィズ』(2006)
  28. ^ BS2特番『スーパースターライブ「日本で一番、憂鬱でハッピーな一日』-井上陽水シークレットライブ-」(1999.12.10)/NHK総合特番『井上陽水 secret Live 遊んであげる 今日だけ』(1999.12.26)
  29. ^ 文化放送『フォークトレイン』(2001.08.19)
  30. ^ NHKラジオ第一『音楽夢倶楽部』(1999)
  31. ^ フジテレビ系バラエティー番組『笑っていいとも!』のワンコーナー『テレフォンショッキング』(1984.03.27)
  32. ^ 夕刊フジzakzak『ひとりごと』(2005.10.1)
  33. ^ ニッポン放送『マジカルミュージックツアーCountdown2000 1983年特集』(2000.01.28)
  34. ^ TOKYO FM『エモーショナルビート』(1997.01.20)
  35. ^ NHK-FMサタデーホットリクエスト(2005.11.12)
  36. ^ NHKラジオ第一『音楽夢倶楽部』(1999)
  37. ^ 『25th Anniversary Concert Tour 2000 Dear My Company』の小冊子(2000)
  38. ^ ゴールデン・レトリバー ネームプレート DO20 モスグリーン(MOSS Green)
  39. ^ コンサート(2006)のMC
  40. ^ コンサート(2008)のMC
  41. ^ コンサート(2008)のMC
  42. ^ コンサート(2003)のMC
  43. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  44. ^ 来生たかおスペシャルライブ2006 Stand Alone 〜Christmas Color〜(2006.12.23)
  45. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  46. ^ NHKラジオ第一『音楽夢倶楽部』(1999)
  47. ^ 文化放送『加山雄三 未来にセールオン』(2001)
  48. ^ TBSラジオ『中村雅俊マイ・ホームページ』(2002)
  49. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  50. ^ ギルバート・オサリバンの日本盤アルバム『In The Key Of G』(1990.04.13)のブックレット
  51. ^ BS-i(BS-TBS)の音楽番組『Song To Soul』
  52. ^ ギルバート・オサリバンの日本盤アルバム『In The Key Of G』(1990.04.13)のブックレット
  53. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  54. ^ BS2特番『スーパースターライブ「日本で一番、憂鬱でハッピーな一日」-井上陽水シークレットライブ-』(1999.12.10)/NHK総合特番『井上陽水 secret Live 遊んであげる 今日だけ』(1999.12.26)
  55. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  56. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  57. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  58. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  59. ^ ベストCD-BOX『Times Go By』(2001.03)付属冊子の対談:来生たかお×来生えつこ
  60. ^ 『小椋佳トリビュートコンサート〜夢歌詩、あるところに〜』(2008.05.31・06.01)のMC
  61. ^ テレビ朝日系『徹子の部屋』(1991.05.22)
  62. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  63. ^ 『小椋佳トリビュートコンサート〜夢歌詩、あるところに〜』(2008.05.31・06.01)のMC
  64. ^ 『小椋佳トリビュートコンサート〜夢歌詩、あるところに〜』(2008.05.31・06.01)のMC
  65. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  66. ^ コンサート(2005)のMC
  67. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  68. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  69. ^ テレビ東京系音楽番組『そして音楽が始まる』(2002.09.01)
  70. ^ 来生えつこ著『夢の途中に』(リクルート出版/1990)
  71. ^ NHKラジオ第一『音楽夢倶楽部』(1999)
  72. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第1回(1995)
  73. ^ 夕刊フジzakzak『ひとりごと』(2005.10.1)
  74. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  75. ^ デジタルBS Hi『シブヤらいぶ館 シング・シング・シング』(2006.9.28)/BS2(2006.10.5)※来生たかおと大橋純子が共演したこの回は、同年9月の衛星放送制作センター長賞を受賞している。
  76. ^ BS2特番『スーパースターライブ「日本で一番、憂鬱でハッピーな一日』-井上陽水シークレットライブ-」(1999.12.10)/NHK総合特番『井上陽水 secret Live 遊んであげる 今日だけ』(1999.12.26)
  77. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  78. ^ テレビ朝日系音楽番組『Music&Talk あの曲この人』第3回(1995)
  79. ^ テレビ朝日系『徹子の部屋』(1991.05.22)
  80. ^ 来生えつこ著『わたくし的生活』(講談社/1991)
  81. ^ コンサート(2007)のMC
  82. ^ ファンクラブ会報誌『DECADE』(1984)
  83. ^ ファンクラブ会報誌『DECADE』(1984)
  84. ^ 来生えつこ著『わたくし的生活』(講談社/1991)
  85. ^ BS2特番『スーパースターライブ「日本で一番、憂鬱でハッピーな一日」―井上陽水シークレットライブ―』(1999.12.10)、NHK特番『井上陽水 secret Live 遊んであげる 今日だけ』(1999.12.26)
  86. ^ テレビ朝日系『徹子の部屋』(1991.05.22)
  87. ^ NHKラジオ第一『音楽夢倶楽部』(1999)
  88. ^ NHK総合の音楽番組『夜にありがとう 夢の競演』(1991)で「Can't Think Straight ぼくときみのラヴ・ソング」をデュエット/オサリバンの日本公演(1992)にゲスト出演し、アンコールでデュエットを披露/テレビ東京系音楽番組『タモリの音楽は世界だ』(1992)でオサリバンが「What A Way(To Show I Love You)」を披露、来生は付き添いで出演/日本テレビ系音楽番組『FAN』(1995)で「Clair」をピアノとヴォーカルでセッション
  89. ^ NHKラジオ第一『音楽夢倶楽部』(1999)
  90. ^ TBSラジオ『コサキンDEワァオ!
  91. ^ 松たか子 オフィシャル ウェブサイト 松たか子・オフィシャル・ロング・インタビュー”旅立ち - それは桜の風とともに”
  92. ^ つんく♂オフィシャルウェブサイト
  93. ^ TBSラジオ『小堺一機のサタデーウィズ』(2006)
  94. ^ TBSラジオ『小堺一機のサタデーウィズ』(2006)
  95. ^ TBSラジオ『コサキンDEワァオ!』
  96. ^ 日本テレビ系『恋のから騒ぎ
  97. ^ コンサート(2008)のMC
  98. ^ 放送:NHK総合(1987.07.22)
  99. ^ 放送:NHK総合(1987.08.29)
  100. ^ 放送:BS2(1991.08.12)・NHK総合(1991.08.25)
  101. ^ 放送:BS2(1999.12.10)・NHK総合(1999.12.26)

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最終更新 2009年11月21日 (土) 19:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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