東フランク王国

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東フランク王国
843年 - 962年
公用語 不明
首都 不明
皇帝
843年 - 876年 ルートヴィヒ2世(初代)
876年 - 887年 カール3世(フランク王国最後の統一、フランク・ローマ皇帝)
899年 - 911年 ルートヴィヒ4世(カロリング朝最後)
919年 - 936年 ハインリヒ1世(ザクセン朝初代)
911年 - 962年 オットー1世(初代神聖ローマ皇帝)
変遷
ヴェルダン条約 843年
カール3世のフランク王国の一時的統一 884年
フランク王国最後の分裂 887年
カロリング朝断絶 911年
神聖ローマ帝国となる 962年

東フランク王国Ostfrankenreich)は843年ヴェルダン条約によって成立した王国。 ルートヴィヒ1世の死後、息子ルートヴィヒ2世843年ヴェルダン条約によりフランク王国東部を継承した。中部フランク王国の後退の際、メルセン条約により西フランク王国との間で国境を定め、ロタリンギアロレーヌ周辺地方)を獲得した。

ルートヴィヒ2世の子カール3世881年西ローマ皇帝として戴冠し、884年には西フランク王を兼ねて帝国を再統一したが、887年にはノルマン人の侵入により廃位され、以降「西ローマ帝国(フランク王国)」の統一は永遠に失われることになった。その後、カール3世の甥アルヌルフ891年のルーヴァンの戦いでノルマン人を撃退し、896年、西ローマ皇帝として戴冠した。

911年ルートヴィヒ4世の死により東フランク王国におけるカロリング朝は断絶した。

東フランク王国はドイツ王国とも呼ばれるようになる。また神聖ローマ帝国が成立するまでは、ドイツは東フランク王国の政体のままであった。

[編集] 歴代国王

カロリング朝

  1. ルートヴィヒ2世843年 - 876年
  2. カールマン876年 - 880年) バイエルン王
  3. カール3世 (肥満王)876年 - 887年) アレマニア王 フランク・ローマ皇帝
  4. ルートヴィヒ3世(879年 - 882年) ザクセン王
  5. アルヌルフ887年 - 899年
  6. ルートヴィヒ4世(幼童王)899年 - 911年

フランケン朝

  1. コンラート1世911年 - 919年

ザクセン朝

  1. ハインリヒ1世919年 - 936年
  2. オットー1世936年 - 962年)※962年をもって神聖ローマ皇帝。しかしドイツ王(東フランク王)としての権力も残った。
カロリング朝系図

[編集] 関連用語

最終更新 2009年9月18日 (金) 13:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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