東亜日報

東亜日報の最新ニュースをまとめて検索!

東亜日報
各種表記
ハングル 동아일보
漢字 東亞日報
片仮名
(現地語読み仮名)
トンアイルボ
英語表記: The Dong-a Ilbo
  

東亜日報(とうあにっぽう、トンアイルボ)は、大韓民国の日刊新聞(朝刊)である。日本統治時代1920年4月1日[1]に創刊。本社をソウル特別市鍾路区に置く。発行部数は2,068,647部(韓国ABC協会への申告部数、2003年10月~12月)。朝鮮日報中央日報とともに韓国の三大紙と称され、中央日報と発行部数第2位の座を競っている。

目次

[編集] 概要

大韓民国成立後は、政論を売り物にした高級志向の政府批判紙として再発足し、韓国の朝日新聞と評された。朝日新聞とは現在も特約紙の関係にあり、東京支社を東京都中央区築地の朝日新聞東京本社ビル内に置く。

朴正熙政権時代には、一貫して民主主義回復の論陣を張り、広告掲載禁止などの嫌がらせを受けた。

1963年には、東亜放送(DBS:ラジオ792KHz)を開局させたが、全斗煥政権の言論統廃合により、1980年11月30日に廃局され、公営韓国放送公社 (KBS) に吸収合併された。東亜日報は、直ちに法廷闘争を開始したが(「周波数を返せ」闘争)、「周波数は既に他局に使用されている」として、1990年敗訴が確定した。

知識人に読者が多い東亜日報は、他紙と比較して漢字の使用頻度が高いと言われていたが、時代の流れには抗えず、1998年1月1日には、レイアウトを横組みに改め、見出しの一部を除いて漢字の使用もやめた。 民主化の進展と共に、政論よりも生活情報を重視する紙面作りに方針転換した。

創刊に関わった資本は、湖南地方(全羅南道全羅北道)出身であったことから、伝統的には金大中・元大統領に好意的とされていたが、金大中政権下ではむしろ対立。2000年代になってからは、金大中、盧武鉉と続いた改革・進歩志向政権には批判的となっている。そのため、同じような立場の朝鮮日報、中央日報とともに「朝・中・東」と並列されて、保守派新聞の代表格とされている。ただし、保守系三紙にも温度差は存在し、朝鮮日報が右派一辺倒であるのに対して、中央日報は実利主義がベースにあるため、改革派政権が続く中では保守色は薄まっているし、東亜日報は伝統的に記者労働組合の発言力も強いこともあって、個々の論調ではそれほど保守的ではないものも見られる。

同紙日本語版ホームページでは、全記事にナレーションが付いている。記事の本文上(題文下)の「記事を聞く」をクリックすると聴くことができる。人名(朝鮮人)の姓は朝鮮読み、名前は日本語読み(一部訓読み)で読まれている。朝鮮語版・英語版・中国語版でも同様のサービスが存在する。

[編集] 過去の捏造記事

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月4日 (火) 04:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【東亜日報】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!