東京ベイNKホール

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東京ベイNKホール
Tokyo Bay NK Hall
情報
通称 NKホール
正式名称 東京ベイNKホール
完成 1988年6月
開館 1988年11月30日
開館公演 松任谷由実
閉館 2005年7月10日
最終公演 w-inds.
収容人員 6,300 - 8,000人
客席数 6,269席(通常時)
延床面積 13,100m²
設備 移動式スタンド等
用途 コンサート、スポーツ、集会等
運営 日本火災第一生命
所在地 千葉県浦安市舞浜1-8
アクセス ディズニーリゾートライン
ベイサイド・ステーション駅下車
■(Template:ホール概要)

東京ベイNKホール(とうきょうベイエヌケイホール、Tokyo Bay NK Hall)は1988年から2005年までの17年間、千葉県浦安市に存在したコンサートホール

目次

[編集] 概要

オープンは1988年(昭和63年)、当時の日本火災(Nihon Kasai)海上保険(現・日本興亜損害保険)が所有していた事からエヌケイと名付けられた。その後、運営は第一生命に引き継がれた。

ホールとして使用される際はスタンディング席となる事が多く、その場合はZepp Tokyoを越え東京周辺では最大だった。通常の場合の客席数は6,269席だった。

主として、音楽関連のコンサートや舞台演劇格闘技などのスポーツに幅広く利用されていた。1992年から2003年まではテレビ朝日系列の音楽番組ミュージックステーション」の年末恒例の特別番組「ミュージックステーションスーパーライブ」の開催地として、また小田和正司会の音楽番組『クリスマスの約束』(TBS)では番組開始の2001年から3年間収録会場として使われた。また、1999年12月31日には聖飢魔IIがこのホールに於いてTHE ULTIMATE BLACK MASSを行った後に解散している。

しかし所有者だった第一生命の経営合理化策の一環として、2005年7月10日w-inds.コンサートをもって17年の歴史に幕を下ろし、閉鎖された。

跡地では温泉掘削の申請がされていたが、許可に至らなかった。[1]

[編集] 主な実績

[編集] 東京ベイNKホールから生放送・収録されたテレビ番組

など

[編集] NKホールで解散公演を行ったグループ・バンド

  • CoCo(1994年8月21日、ラストツアー「CoCo夏'94 CoCo was CoCo made」最終日)
  • DIE IN CRIES(1995年7月2日、LAST LIVE)
  • チェキッ娘(1999年11月3日、卒業ライブ)
  • 聖飢魔II(1999年12月31日。「THE ULTIMATE BLACK MASS」と題し、20世紀末をもっての活動終了に伴うもの)
  • FANATIC◇CRISIS(2005年5月14日 LAST LIVE。解散発表後の全国ツアーはファンクラブ会員限定。発表後の一般向けライブは、この日が最初で最後であった)

など

[編集] 格闘技興行

[編集] その他

  • 映画「シャ乱Qの演歌の花道」ではシャ乱Qのライブシーンなどの撮影に使用された。
  • 2004年の第24回全国高等学校クイズ選手権(日本テレビ系)全国大会がこのホールで行われた事がある。
  • 2001年から2004年まで統一全日本ダンス選手権の会場として使われていた。
  • 岡村靖幸はこのホールをタイトルとした曲を歌っている。(「N☆baby」)
  • THE ALFEEのアコースティックライブアルバム"Confidence"はここで開催されたLAWSON主催のアコーステックツアーの公演の模様である。申し込みによってチケットが当選した観客しか見ることが出来なかったツアーのため、その時の模様を形として残したいと言う意向により、急遽リリースが決定した。

[編集] アクセス

[編集] 脚注

先代:
-
ミュージックステーションスーパーライブ会場
1992年 - 2003年
次代:
さいたまスーパーアリーナ
2004年
先代:
-
クリスマスの約束収録会場
2001年 - 2003年
次代:
TBS放送センター

テレビ東京天王洲スタジオ
2004年
(『風のようにうたが流れていた』の総集編として)

最終更新 2009年10月27日 (火) 16:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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