東京大学駒場寮
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東京大学駒場寮(とうきょうだいがくこまばりょう)とは、東京大学駒場Iキャンパス東部にかつて存在した学生自治寮である。旧制第一高等学校から建物と歴史を受け継ぎ、一時は日本最大の自治寮であった。2001年8月22日、強制執行によりその歴史に幕を閉じた。
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[編集] 沿革
[編集] 旧制一高時代
- 1890年 旧制一高(当時、第一高等中学校)木下廣次校長が学生自治を認め自治寮を開設。
- 1935年9月14日 旧制一高が駒場に移転。当時は北寮・中寮・南寮の三寮。
- 1939年9月6日 明寮を開設。
- 1950年 旧制一高から新制東京大学教養学部へと移管される。南寮は研究棟に。
[編集] 東京大学時代
- 1976年頃 寮食堂建物の北側部分が劇場として改装され、「駒場小劇場」と命名される。
- 1991年10月 教養学部評議会が駒場寮廃寮を突然決定。
- 1996年4月 大学側による「廃寮」宣告。学生側はこれを認めず、新入寮生募集を継続。
- これ以降大学と、大学の言う「違法に占拠する学生」との対立が激化。大学による電力供給停止や、数度にわたる警備員大量動員による寮生追い出し・解体工事強行などが行われる。
- 1997年2月 東京大学(国)が寮内に残っている学生と寮自治会を相手取り、明け渡しを求める仮処分を東京地裁に申請。大学は廃寮問題を法廷に持ち出す。
- 2000年3月28日 大学(国)側の請求を認め、寮生らに明け渡しを命じる地裁判決。
- 2001年8月22日 約570名の警備員と教職員が学生追い出し強制執行。駒場寮は67年の幕を閉じる。この日は台風で大荒れだった。
- 強制執行後、建物は解体される。追い出された寮生は明寮跡地の空地で仮設テントを自力で建てる生活を余儀なくされた。
[編集] 寮生活の実際・エピソード
- 建物は三棟(中寮・北寮・明寮)、鉄筋コンクリート三階建て。関東大震災後の建設であり、堅固かつ重厚。
- 部屋の広さは24畳であり、机と畳ベッドが備え付けられていた。天井は約4m。建設直後は「ホテルより豪華」と言われたが、後年は窓ガラスや床板など内装の損傷が著しかった。大学設備なのだが補修は稀だった。
- 戦前は原則として全学生が寮生であった。戦後は学生数も増え、寮自治会が入寮選考を行った。
- 寮生活は共同生活が必須要件とされ、2~6人が同じ部屋で生活を共にした。多くの部屋はサークル部屋を兼ね、寮自治の最小ユニットとして機能した。
- 寮費が月数千円と安価であった。家庭の収入や自宅の位置を考慮して、寮生自身(寮自治会)が入寮審査を行った。
- 自治寮とは、新入寮生選考や退寮命令を含む大幅な管理・運営を寮生自身が行い、大学側も自治権を認める学生寮のことである。寮生のみからなる一種の三権分立(寮委員会・寮生大会・懲罰委員会)を備えていた。執行部が政治・宗教セクトに乗っ取られる危険と隣り合わせであるため、慎重に直接民主主義が実践されて長年機能した。
- 長らく男子寮だったが1990年代後半から女子の入寮を自治会が定め、女子寮生部屋が誕生した。
- 入寮予定者や寮生の家族などを泊める仮宿部屋があった(一泊300円、全国の自治寮でいくつか現存)。
- キャンパス内にあることから通学にも便利であったが、寮生活は共同生活が大前提であり後年はやや人気が衰えた。
- 部屋には卒業・退寮した学生の生活品が残っていた。過去には戦前からの落書きも多数見られた。
- 寮委員会の議事録は戦前からほぼすべて保存されており、現在は駒場の学生自治団体に引き継がれている。
- 畳ベッドという珍妙な備品がある。頑丈な木製ベッドに畳が嵌め込まれたもので、一高生の洋風設計と学生の畳への固執の妥協の産物であったという。
- 一高時代の伝統を受け継いだ、いわゆる『寮雨』を近年になっても続ける者がいた。これは建物が奥に長く、トイレまで遠いというのも原因があった。
[編集] その他
- 駒場寮出身の主な著名人:福永武彦、加藤周一、柄谷行人、畑正憲、堀江貴文、磯崎新、野田秀樹、立花隆など。名前の出ていない者多数。
- 駒場寮には駒場小劇場が併設されていた。これは寮食堂の一部を野田秀樹の『夢の遊眠社』が劇場として使い始めたもの。寮自治会と学内主要劇団により運営された。現在、駒場寮跡地に存在する多目的ホール(駒場小空間)は駒場小劇場の代替施設として建てられたが、本来は食堂のため劇場としての再建に予算が付かないはずが、学生側の廃寮反対運動が盛り上がってから計画が具体化されたもの。寮生と劇団の学生の分断策の産物でもある。
[編集] 駒場寮が登場する主な文学・映画
- 『僞證の時』大江健三郎、『死者の奢り』所収
- 『ムツゴロウの青春記』ほか、畑正憲
- 『回想の東大駒場寮』高橋健而老、文藝春秋、1994年
- 『二十歳のころ』立花隆+東京大学教養学部立花隆ゼミ、新潮社、1998年
- 立花隆(1959年入寮)、野田秀樹(1975年入学)らの寮生時代も取材されている。
- ※駒場寮存続運動に着想を得たドラマだが実際とは全く異なる。
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年7月16日 (木) 17:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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