東京学芸大学附属世田谷中学校

東京学芸大学附属世田谷中学校の最新ニュースをまとめて検索!

東京学芸大学附属世田谷中学校(とうきょうがくげいだいがくふぞくせたがやちゅうがっこう)は、東京都世田谷区深沢に所在する東京学芸大学附属の国立中学校。通称「学世田(がくせた)」。

目次

[編集] 概要

東京学芸大学の附属研究機関であるため教育実習が多く、毎年研究大会が開かれており実験的な授業が行われる事も少なくない。同校教諭は「大学職員」という位置づけなので「教官」と呼称され、職員室にあたる場所は教官室であるが、生徒は他校同様「先生」と呼ぶ。学校長は東京学芸大学の担当教授が任ぜられるが、実務は副校長が担っている。また授業はプリント学習が中心である。

東京学芸大学附属世田谷小学校から内部進学した生徒と、外部より中学受験をして入学した生徒で構成される。尚、生徒の間では前者を「内部生」(通称内部)、後者を「外部生」(通称外部)と呼ぶことがある。附属高校を有しても中高一貫教育制度ではないため、高校受験は全生徒が必ず通る道となる(詳細は後述)。

定期考査が、通常の公立中学校は年5回、中高一貫校の受験校ならば実質的に10回程度行っているのに対し、当校は1学期に1回の期末考査のみ、すなわち年3回である(ただし三年次から実力テスト・校内テストと称したテストが定期的に行われる)。教育実験校として、時間割編成は年度によって様々である。例えば、2003年度から3年間、文部科学省から研究開発学校の指定(「英語教育の充実・改善」)を受け、1学年次に週6時間、2学年次に3時間、3学年次に3時間あてるという授業集中型カリキュラム(6-3-3プロジェクト)を実施した。カリキュラムは終了したが現在もこの授業形式は続けられ研究が続いている。また選択教科は特定の学期末に集中して課業がなされる。校風は、自由な学校で多くが生徒の自主性に任せられており、生徒の強い要望による緑友会(世田谷中学校の生徒会組織)の企画により食品を販売する自動販売機が設置された。

[編集] 沿革

  • 1947年4月1日 東京第一師範学校男子部附属中学校として、世田谷区下馬(現附属高等学校所在地)に開校。
  • 1947年4月21日 第1回入学式、3学級132名(男子88名、女子44名)入学。
  • 1949年5月31日 東京学芸大学附属世田谷中学校(東京學藝大學附屬世田谷中學校)と改称。
  • 1951年8月29日 校歌制定。
  • 1952年8月29日 世田谷区深沢に移転。
  • 1965年4月1日 1学年4学級編成となる。
  • 1969年1972年 1学年度2期制を採用。
  • 1972年5月30日 新校舎(1号館)落成式。この日が開校記念日となる。
  • 1988年7月31日 特別教室棟(2号館)竣工。
  • 1995年1月27日 新体育館・武道場・プール竣工式。
  • 2004年4月1日 国立大学法人東京学芸大学附属世田谷中学校となる。但し、現在も学校の標識は「東京學藝大學附屬世田谷中學校」である。
  • 2007年5月31日 創立60周年記念式典挙行。

[編集] 進路

東京学芸大学附属高等学校は4校の附属中学校からの内部進学者(男子117名女子117名)と外部受験者を受け入れるが、本校から附属高校へ進学する割合は3分の1程度であり(進学を希望するのは100名程度、進学実数は70名程度)、その他3分の2の生徒は外部の高校へ進学する(附属高校を有しても完全な中高一貫校ではない)。附属高校へ進学する場合は入試を受ける必要が有るが、外部受験者と比較すると合格し易いという。外部の高校へ進学する場合は、難関高校に進学する場合が多い。近年は評価方法が相対評価から絶対評価へ変わったことにより、区立中学と比べて内申で不利になることがなくなったため、都立進学校への進学率が増加している。

[編集] 著名な卒業生

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年1月1日 (木) 08:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【東京学芸大学附属世田谷中学校】変更履歴

ご利用上の注意