東京都交通局10-000形電車

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東京都交通局10-000形電車
調布駅に停車中の10-000形4次車編成(2005年6月3日撮影)
調布駅に停車中の10-000形4次車編成
(2005年6月3日撮影)
編成 8両
起動加速度 3.3km/h/s
営業最高速度 110km/h
設計最高速度 120km/h
減速度 4.0km/h/s(常用最大)
4.5km/h/s(非常)
車両定員 138(先頭車)、149(中間車)
全長 20,000mm
全高 4,100mm
車両質量 28t~40t
軌間 1,372mm
電気方式 直流1,500V
モーター出力 165kW
主電動機 MB-3223A、HS-13533-01RB、TDK-8720A(出力165kW、端子電圧375V、定格電流490A、定格回転数1700rpm)
編成出力 3,960kW
歯車比 85:16(5.31)
制御装置 チョッパ制御
駆動装置 WN継手平行カルダン式
ブレーキ方式 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ
保安装置 京王形ATS、都営新宿線用デジタルATC

東京都交通局10-000形電車(とうきょうとこうつきょく10-000がたでんしゃ)は、東京都交通局都営地下鉄新宿線で使用されている通勤形電車。形式名は、東京都交通局の公式発表によると-(ハイフン)を抜かして「いちまんがた」と読むことになっている。

目次

[編集] 概要

1971年昭和46年)に試作車が三田線に登場した。三田線試運転時は帯の色は黄色だった。その後1978年(昭和53年)から新宿線の開業準備により量産車の投入が開始され、試作車も台車を交換した上で同線に転属する。そして、路線延長や8連化、列車増発などの増備により、1997年平成9年)までに8両編成28本の計224両が製造された。

しかし、初期に導入された車両(車両の変遷参照)は内部構体に普通鋼を使用するセミステンレス構造のため老朽化が進んでおり、試作車両の4両を含む1979年(昭和54年)までに製造されたセミステンレス車108両は2004年(平成16年)12月から2006年(平成18年)8月にかけて順次新型車両の10-300形10-300R形に置き換えられた。

20m片側両開き4扉の車体である。座席はすべてロングシートである。側扉窓ガラスは金属支持である。当初から冷房車または冷房準備車として設計され、屋根・天井が当時の地下鉄車両としては高い。

客室床面には主電動機点検蓋(トラップドア)が設置されている。

[編集] 性能

  • 試作車と1~7次車は電機子チョッパ制御を、最終増備の8次車はGTOサイリスタ素子によるチョッパ制御をそれぞれ採用。
  • 主電動機は三菱製MB-3223A形、日立製作所製HS-13533-01RB形、東洋電機製造製TDK-8720A形が使用されており、基本性能は出力165kW、端子電圧375V、定格電流490A、定格回転数1,700rpmで統一されている。
  • 台車は円筒案内式空気バネ付T-10,10A型で、多くは近畿車輛製シュリーレン式(同社形式KD-82,82A)だが、一部に日本車輌製造製(同ND-320)が存在する。
  • 起動加速度は都営線内3.3km/h/s、京王線内2.5km/h/s。
  • 運転最高速度は新宿線内が75km/h、京王線内が110km/h。
  • 歯車比は5.31と、地下鉄車両にしては高速向きであり、京王線内の高速運転にも対応している。
  • 制動方式は回生制動併用全電気指令式電磁直通空気制動である。
  • 保安設備は新宿線用デジタルATCと京王形ATSを搭載する(ただし京王側もATCに更新する計画がある)。

[編集] 運転台

T型ワンハンドルマスコンで力行4段・常用制動7段と非常制動1段である。TNS装置のモニタ(時刻や次の停車駅などを表示する画面で、新宿線内・京王線内共に使用される。)はデスクに設置している。

元々、速度計は黒地だったが、デジタルATC改造車は白地の物に交換された(共に最大目盛は140km/h)。なお、デジタルATCに改造されなかった先頭車は10-300R形先頭車に差し替えられた6本とデジタルATC化時に運用を終了した1本のみで、それ以外の編成はデジタルATC化の上で引き続き使用されている。

乗務員室と客室の仕切りは中央に乗務員室扉、その両脇に窓が配置されており、このうち運転席反対側は2段窓となっている。いずれの窓にも遮光幕が設置されている。

[編集] 編成

6M2T(電動車6両・付随車2両)の8両編成で、車種は本八幡方からTc1+M1-M2+M1-M2+M1-M2'+Tc2(+の所で分割可能)である。制御装置はM1に、補助電源用の電動発電機(第19編成からは静止型インバータ)はM2に、空気圧縮機はM2とM2'に搭載される。集電装置(菱形パンタグラフ)はM1に搭載されるが、2・6号車は2基、4号車は1基である。

車両番号は、2桁の数字の後にハイフンを置き、その後に3桁の数字を配置している。ハイフン以上の2桁は形式を、ハイフン以下の3桁のうち、上2桁は編成番号を、下1桁は編成内の順位を表す。編成順位を表す数字は、本八幡方から0~2、5~9で、3と4は10両化用に欠番とし、6両編成時は7と8も欠番としていた。結局本形式での10両化には至らず、10両での運用は京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の6000系8+2編成(2010年度末までに9000系に置き換え)と9000系10両編成で賄われるようになっている。ただし、10-300R形への組み替えの過程で3・5次車を抜き取ったセミステンレス車6両に10-300R形暫定編成に組成していたセミステンレス車4両を挿入して京王相模原線若葉台から新宿線の大島へ10両編成で廃車回送したことがあった。

[編集] 車両の変遷

本形式は、1971年(昭和46年)から1997年(平成9年)まで27年にわたって製造されたことから、車両の外観などで変更がある。

[編集] 試作車

運用離脱を告げるヘッドマークを装着した10-000形試作車(2004年11月30日、東大島駅にて撮影)
10-010F
  • 1971年(昭和46年)に全電動車構成・セミステンレス車体の試作車4両が日本車輌製造で落成。落成当時は新宿線開業前だったため、軌間1,067mmの狭軌対応台車を装着して落成し、後の帝都高速度交通営団(営団地下鉄、現・東京地下鉄有楽町線7000系に準じた黄色の帯を巻いて三田線で試運転を行った。当時の新技術であるATO冷房装置・地図式車内案内・自動放送が導入されており、特に地図式車内案内は当時世界初の試みだった。
  • 1978年(昭和53年)に一部車両の改番並びに1,372mm対応台車への交換、屋上機器の一部移設、冷房装置の撤去(後年他の編成の冷房化に合わせて復元)をそれぞれ行った上で新宿線に転属し、量産車で製造された中間車を組み込んで営業を開始した。なお、量産化改造後も正面形状は変わらなかったが、当初取り付けられていたライトケースは1987年(昭和62年)の更新工事の際に撤去されている。
  • 元々、先頭車にはヘッドマーク装着用の台座はなかったが、2003年(平成15年)11月に設置され、2004年(平成16年)元旦の「迎光かがやき号」や同年11月の先頭車の運用終了を告げるヘッドマークを装着した実績がある。なお、この年の10月には鉄道の日イベントの一環としてやはりヘッドマークを装着して多摩動物公園駅発の臨時列車「TAMA ZOO TRAIN号」に充当する予定だったが、台風の影響で中止になった。

[編集] 1・2次車

10-000形量産仕様(1次車)。前面形状は7次車まで引き継がれた。車体構造は3次車からオールステンレスとなった。画像の前から6・7両目は車体構造が異なっている(2006年7月17日、笹塚~幡ヶ谷間にて撮影)。
10-000形量産仕様(2次車)。オールステンレス製の2・3両目は屋根も異なっている(2005年11月13日、大島~東大島間にて撮影)。
(1次車)10-020F~10-090Fと10-010Fの015・016
(2次車)10-100F~10-180F
  • 量産車は6両編成となり、1次車は1978年(昭和53年)の岩本町東大島間開業に、2次車は1980年(昭和55年)の新宿~岩本町間開業にそれぞれ備えて量産された。製造は1次車が東急車輛製造、2次車が日本車輌製造。試作車と同じくセミステンレス車体の2段窓構造である。前面形状は試作車と異なり貫通扉部分以外にFRPを使用した額縁スタイル(いわゆる骸骨顔)となり、試作車では側面中央にあった種別行先表示器が車端部に移動した。また、冷房装置は搭載せずに準備工事とされた。これら初期に導入された車両は2005年(平成17年)から2006年(平成18年)にかけて10-300形および10-300R形に置き換えられた。
  • 1次車最後の先頭車は10-030Fで、同車は2006年9月末に離脱した。また、2次車の先頭車は一足早く消滅し、同年7月に離脱した10-170Fが最後だった。
  • 前述の通り、ハイフン以下2桁で編成番号を表しているが、10-030Fは中間車の10-031と10-032が故障で使用不能となったため、10-040Fの10-041と10-042と差し替えて運用していた。

[編集] 3次車

10-190F~10-210F
10-120F~10-180Fの末尾7・8
  • 1986年(昭和61年)の船堀篠崎間の開通に備えて量産された。製造は日立製作所。一括製造された第19編成以降はオールステンレス車体で1段窓構造になった。またこの編成から8両編成で製造しているほか、10-120F~10-180Fの8両化のための中間車も同じ仕様で登場している。このうち10-190Fは前面の種別表示器を試験的にトンネル内での視認性向上を目的として他の幕式種別表示器搭載編成が快速通勤快速急行を黒地赤文字で表記するのに対し、京王6000系・7000系と同様の白地に青又は赤の文字を使用している。
  • 10-120F~10-180Fに組み込まれた車両は10-300R形の中間車へと転用が行われ、吊り革が10-300形と同じものに(進行方向に並んでいる吊り革では軌道方向→枕木方向)、車両番号プレートはステッカーに、車体側面表示器は7・8次車のものとは異なるLED式に変更した。これに伴い使用しなくなった表示器は撤去した。

[編集] 4~6次車

(4次車)10-220F・10-230F
(5次車)10-010F~10-110Fの末尾7・8
(6次車)10-240F
  • 一括製造された1988年(昭和63年)製造の第22編成から冷房装置を搭載した。以後既存編成にも搭載され、試作車にも再搭載された。
  • 5次車は当初、組み込み先編成に合わせて冷房準備車として登場している。3次車の増備中間と同様に10-300R形の中間車への転用が行われた。
  • 製造は4次車と6次車が近畿車輛、5次車が川崎重工業

[編集] 7次車

10-000形7次車(10-260F)(2006年10月28日、東大島駅にて撮影)
10-250F・10-260F
  • 1992年(平成4年)に近畿車輛で製造された。このグループから自動放送装置および浅草線5300形と同タイプの車内案内表示器を地図式とLED・1段表示式をそれぞれ千鳥配置で交互にドア上部に設置した。このうち地図式のものは1997年12月の急行運転開始を機にドア開閉予告を除く機能を使用停止の上でランプの部分を埋め、路線図のみとして使用した。さらに急行の運行範囲が京王線に拡大した2001年3月にはこれまでの路線図では対応できなくなったためこの部分を平面に埋める改造を実施し、現在は8次車と同じ紙製の路線図を掲出するスペースとなった。当初の改造では広告スペースのサイズで改造されたため改造後しばらくの間この2編成のみ車内に路線図が全くない状態で運用されていた時期があり、再改造後に路線図が掲出された。長い間京王線内では行先表示のみの対応だった車内案内表示器は、2006年より京王線内でも停車駅案内が表示されるようになった。表示方法は10-300R形とほぼ同様である。ドアチャイムは当初、閉時のみに旧・営団式チャイムが鳴っていた(開時は無音)が、後に改良され、開閉時に都営式チャイムが鳴っている。Toei10269 doorchimeopen.ogg ドア開時ヘルプファイル Toei10269 doorchimeclose.ogg ドア閉時ヘルプファイル)。
  • 化粧板も黄色から白系に変わり、座席も当初は明るいピンク色だったが、汚れが酷いために更新車と同じ青系へと変更している。またこのグループから種別・行先表示器についても明朝体フォントのLED式に変更している。運転台はこれまでの茶色から白色系に変更された。
  • つり革の形状は従来の三角形から丸形に変更された。
  • 2004年(平成16年)にATC機器を更新した際、先頭車の正面にスカートが取り付けられた。

[編集] 8次車

笹塚駅に入線する10-000形8次車 (10-270F)。前面の形状が従来の車両と異なる(2006年3月6日撮影)。
10-270F・10-280F
  • 1997年(平成9年)にアルナ工機(現・アルナ車両)で製造された。このグループは側面のコルゲートがビードプレスに変わり、凹凸が減ってすっきりした印象に変わった。先頭部の配色や額縁の形状も変更されており、東武30000系に類似する前面となった。また三田線6300形とほぼ同タイプのLED・2段表示式の車内案内表示器をドア上部に千鳥配置で設置された。この8次車の車内表示器も7次車と同様に京王線内では長い間行先表示のみの対応だったが、2006年から停車駅案内機能など新宿線内と同様の表示が可能になった。10-300形と同様に新宿線と京王線とでは若干表示が異なるが、停車中の表示は両線とも同様である。
  • この頃には日本で新規製造される電車のほとんどがVVVFインバータ制御だったが、新宿線では当時のATCシステムに誘導障害を起こすため採用されなかった。またこの8次車が京都市交通局京都市営地下鉄10系6次車と共に日本における最後のチョッパ制御での新規製造車両である。
  • 登場から2000年までは広告貸切列車「メディアライナー」に指定されていた。車内広告は1社のみの掲出となり、貸切契約がない時は無広告で運用していた。その後は7次車を「メディアライナー」指定編成とし、通常の広告を掲出している。

[編集] その後の動向

[編集] 更新工事

モケットが張り替えられた普通席
モケットが張り替えられた優先席

8次車の登場により、1998年頃から試作車から2次車までの編成(4次車以降の中間車を含む)が更新され、現在は3次車以降にも更新車が出て来ている。普段乗客の目に触れる部分の内容は以下の通りである。

  • 両先頭車の乗務員室助士側客用扉後方に車椅子スペースを設置。2段窓の車両はこの部分のみ2段窓ではなくなった。
  • 上記該当部のドアエンジン装置を座席下からドア上に移設。
  • 座席モケットおよび床板を張り替え。座席モケットは普通席が茶系から青系、優先席が灰色から茶色に変更。
  • 第1・2編成のみ座席詰め物をバケット式に改造。
  • 車体側面車両番号の表記色を緑色から藍色に変更。
  • つり革を増設(増設されたつり革の形状は丸形)。

座席モケットの張り替えと車両番号表記色は3次車以降も同じ時期に先行して変更された。その後3次車以降では吊り革の増設工事を追加している。

2009年には、10-220Fを対象に更新工事が施行された[1]。7・8次車同様に車外スピーカーの設置、前面・側面行先表示機のLED化が図られた。側面行先表示機については車端部から車体中央部へ移設されている。

[編集] 車体広告

1999年春頃、2次車編成で2段窓の下段部分にビール広告を貼付した編成が数本存在していた。当時はまだ東京都の屋外広告条例による規制が厳しい時期であり、都営バスでの「ラッピングバス」が登場する前であったためかなり異様な状況だった。その後は車体にシールを貼付する方式を採用したため、車体広告の中でも珍しい部類に入っている。この車体広告は新宿線以外の都営地下鉄各線でも実施されていた。

この車体広告に使用したシールの素材は、その後都営バスの降車ドア後方窓に貼付するようになった「みんくる」シールと同様に「外側からは内側が見えにくいが、内側から外側は見える」特殊な素材を使用し、車内からの視界は確保されていた。

[編集] 地下鉄路線図について

本形式の車内に掲出されている地下鉄路線図は、登場当初はドアと窓の間にある座席上の広告枠のうち1枠を使って掲出していた。しかし、10-300形が登場した頃からは新宿線の路線図と共にドア上部に掲出している。

[編集] 現状

2005年のD-ATC導入に合わせ、3~8次車では車上装置の交換が進められた中、試作車と1・2次車は車齢の低い中間車を残すと共に先頭車両を新製し、他の中間車と編成を組み込むことで10-300R形が登場した。それ以外の車齢の高い車両は廃車とし、編成が不足することから、すべて新造車による10-300形が登場している。10-300R形に組み込んだ車両以外は各停の種別表示はされていない。

京王線用のSR無線アンテナの形状は当初棒形だったが、ATC機器更新の際に自線用誘導アンテナと共用の逆L字形に取り替えられた。また、枠状無線アンテナも一部編成で撤去が行われている。

2006年9月1日以降、大部分の直通急行・快速の運用が10連の京王車に置き換わったため、8両編成しかない都営車は本八幡~笹塚(一部は桜上水・つつじヶ丘)と精算運転のために京王相模原線調布~橋本間の各駅停車での運用が中心になっている。このため相模原線では、直通急行の大半を京王車が占めるようになったのとは反対に、線内各停の多くを都営車が占めるという、いわば逆転現象が起きている。調布で折り返す際は京王線の車両と同様に新宿方面の3番線で乗客を降車させた後に一旦布田寄りの本線上に列車を回送してから1番線へと転線する。また、土休日には高尾山口行きの都営車運用が2本あり、このうち1本は折り返しで高幡不動行きに使用される。

[編集] 脚注

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[編集] 参考文献

  • 大手私鉄の多数派系列ガイド「東京都交通局10-000形」 - 交友社『鉄道ファン』2001年11月号 No.487 p96~p107

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月28日 (土) 00:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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