東京都交通局12-000形電車

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東京都交通局12-000形電車
12-000形 塗装車(第5編成 2007年11月22日、木場車両検修場)
12-000形 塗装車(第5編成 2007年11月22日、木場車両検修場)
編成 8両
起動加速度 3.0km/h/s
営業最高速度 70km/h
減速度 3.5km/h/s(常用最大)
4.5km/h/s(非常)
編成定員 780(座席328)人
車両定員 先頭車90(座席36)人
中間車100(座席44または40)人
全長 先頭車16,750mm
中間車16,500mm
全幅 2,498mm
全高 3,145mm
編成質量 1・2次車200t
3・4次車197t
車両質量 1・2次車25.0t
3・4次車24.0-25.0t
軌間 1,435mm
電気方式 直流1,500V(架空電車線方式)
主電動機 車上1次片側式三相リニア誘導電動機 120kW
編成出力 1,920kW
制御装置 GTOまたはIGBT素子による
VVVFインバータ制御
台車 リニアモーター駆動式空気バネ台車
T-12D形
ブレーキ方式 ATC連動形回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置 ATCATO
製造メーカー 日本車輌製造日立製作所
備考 駆動装置・歯車比はリニアモーター直接駆動のためなし

東京都交通局12-000形電車(とうきょうとこうつうきょく12-000がたでんしゃ)は、東京都交通局都営地下鉄大江戸線用の通勤形電車

1986年昭和61年)に試作車が落成し、各種試験を実施したが、車両として竣工せずに終わった。その後の1990年平成2年)に量産車として現在の12-000形が落成した。なお、東京都交通局の公式発表などでは「いちまんにせんがた」と読む。

本項では、試作車についても記述する。

目次

[編集] 概要

本形式は4次に亘って製造され、2009年(平成21年)4月時点では8両編成53本(424両)が在籍する。製造メーカーは日本車輌製造日立製作所である。車体は大形押出形材や中空押出形材を用いたアルミニウム合金製車体に大江戸線のラインカラーであるマゼンタ色(紫紅色)の濃淡2色の帯を巻く。

車体は小断面地下鉄ながら居住性や快適性向上のために車両限界を最大限に使用しており、断面は側窓から天井に向かって狭くなっている。また、関東の地下鉄で初めて鉄輪式リニアモーター駆動方式を採用している。主電動機は車上1次片側式三相リニア誘導電動機(形式:TLIM-12形・120kW出力)である。各台車に1台装架しており、全電動車方式である。保安装置はATCATOを搭載しており、ワンマン運転に対応している。

東京都交通局では、大江戸線の朝ラッシュ時の混雑緩和のため、2010年(平成22年)度に2本の増備計画を発表している。

[編集] 編成組成・車両番号

←都庁前・光が丘→

12-001(M2c) - 12-002(M1) - 12-003(M2) - 12-004(M1) - 12-005(M1) - 12-006(M2) - 12-007(M1) - 12-008(M2c)

本形式における車両番号の付番方法は、木場車両検修場(高松車庫・木場車庫)において都庁前方を1号車、光が丘方を8号車、とし、例えば12-011ではハイフン以下の2桁が編成番号(この場合は第01編成で、第53編成の場合には53となる。)、下の1桁は前述した号車(1 - 8号車)となる。

  • 上記は解説のために下1桁を号車番号として記載しているが、正式な車両形式はすべて12-000形である。実車では00の位置に編成番号が入る。また、前述した号車番号は本形式での車両の解説に用いる。
  • 2・4・5・7号車に制御装置とパンタグラフを、3・6号車に空気圧縮機 (CP) を搭載する。静止形インバータは2次車までは1・3・6・8号車に、3次車以降は3・6号車に搭載する。

[編集] 車両概要

試作車(2008年6月17日)

[編集] 試作車

1986年(昭和61年)4月中旬に地下鉄12号線(現在の大江戸線)用の小型地下鉄用車両の試作車として12-001(Tc)+12-002(Mc)の2両が東急車輛製造で落成した。この車両は新しいから地下鉄を目指し、以下の項目をコンセプトとした。

  1. 21世紀にも通用する車両
  2. 省エネルギー、省メンテナンス化を図る。
  3. 最新の技術の導入による車両システムの統合化
  4. 車体・機器などの小形軽量化を図る

小断面地下鉄として、また新しい技術を採用するに当たって各種試験を行う必要性あることから試作車が製造された。

車体は軽量ステンレス構造とし、前頭部はFRP成形品を取り付ける構造とした。前面は非対称で、プラグドア方式の非常扉を備えている。行先・運行表示器には液晶方式を採用し、前照灯は窓下部に2灯まとめている。この前面形状は後の量産車とは大きく異なるものである。前面下部と側面には12号線のラインカラーであるマゼンタ色(紅紫色)の帯を巻いている。

制御装置には都営地下鉄初のGTO-VVVFインバータ制御を採用し、主電動機は120kW出力の小形三相誘導電動機(通常の回転式モーターだが、小形形状である)を使用した。MT比1:1で起動加速度3.0km/h/sの性能を持つ。

台車についても都営地下鉄初のボルスタレス台車で、軸箱支持は筒形積層ゴムブッシュ方式[1]である。小断面地下鉄のため車輪径は660mmと小さく、その関係上、床下は一杯に機器が設置されている。集電装置は小形地下鉄用のパンタグラフを開発する目的から「菱形」「Z形」「下枠交差形」の3種類を試験した。折りたたみ高さは170mmと低く、非常に小形のものである。

車内設備では12-001の側窓は下窓固定・上窓内倒し式、座席はFRP成形品の上に1人分のパッドを載せたセパレート方式を採用した。一方、12-002の側窓は一段下降式で、その一部はパワーウィンドウが採用されている。座席は従来の平板形状を採用し、両者で比較を行った。

冷房装置は車両限界から屋根上に設置できず、床下には機器が多く設置できないことから、車内床置式冷房装置を採用し、車端部の一部は冷房機器室となっている。

乗務員室は右側運転台で、押しボタンスイッチやタッチスイッチの採用、バーグラフ式の計器類の採用など新しい運転台を目指したものとした。主幹制御器は小形の右手操作形ワンハンドル式採用している。

さらに当時としては珍しい光ファイバー伝送システムを用いた乗務員支援、検修支援機能を備えた多機能形の車上集中制御装置(モニタ装置)を採用した。また、保安装置には、片側先頭車にATC装置ATO装置を備えている。

[編集] 馬込検車場での試験

馬込検車場(現・馬込車両検修場)の10番留置線(延長300m・現在は新工場の用地)に12号線用の剛体架線列車無線(空間波無線や誘導無線方式の試験)設備、信号設備を仮設し、1986年(昭和61年)5月 - 9月に構内走行試験を実施した。

同時期には、浅草線用のパンタグラフに取替え、浅草線最終電車終了後に本線高速走行試験を戸越 西馬込間において実施した[2]。これは車両基地内では40km/hが限度であるが、本線において70km/hで走行し、高速走行時における機器の状態や車両の振動・騒音等を試験する目的があった。なお、この走行試験の結果はおおむね良好であったとされている。

[編集] リニアモーター試験

1987年(昭和62年)6月に地下鉄12号線の走行方式について、地下鉄12号線建設推進本部が「現在開発が進んでいるリニアモーター車両のメリットも大きいので、1987年3月に開始されたリニアモーター車両の試験状況および車両技術の動向を踏まえ、今後車両の駆動方式(リニアモーター方式・回転形モーター方式)について 放射部車両の製作時期までに決定する。」と提言した。

これを受け、東京都交通局は本試作車をリニアモーター方式に改造することを決定した。これは鉄輪式リニアモーター車両は日本国内では試験段階にあり、実用化はされておらず、車両性能や安全性・経済性など確認するためであった。

リニアモーター方式への改造および試験は社団法人日本地下鉄協会に委託をして実施した。車体やVVVF制御装置、ブレーキ装置など各種機器をリニア用に改造を実施した。特にブレーキ装置には逆相ブレーキおよび電磁吸着ブレーキを取り付けた[3]

新たにリニアモーター(車上1次片側式三相リニア誘導電動機・120kW出力)が新製されたほか、新たに12-001も電動車に改造された。台車はリニアモーター専用台車を新製したが、リニアモーター装荷方式の違いから2種類の台車を試作した。また、車輪径は610mmとさらに低床化された。

前途した馬込検車場の試験線にはリアクションプレートが敷設され、1988年(昭和63年)4月 - 11月に走行試験を実施した。この試験結果もおおむね良好であったとされており、この結果から1988年12月21日に大江戸線全線リニアモーター方式を採用することが決定された。

この車両で得られた実績の多くは量産車において採用された。しかし、開業後に営業運転に使用することなく試験終了後は廃車となった。その後豊島区に払い下げられ、1991年(平成3年)2月より千早フラワー公園にて静態保存されている。

[編集] 1次車

試作車の結果を反映した量産車として1990年(平成2年)9月から10月にかけて光が丘検修所(当時)に搬入した。そして、1990年平成2年)12月から1991年(平成3年)10月にかけて練馬 - 光が丘間で1次車を使用したリニアモーター車両の高速走行試験を行い、全般的な性能ならびに安全性等の各種確認を行った[4]。このグループは練馬 - 光が丘間の開業用として第01 - 05編成の6両編成5本(30両)が日本車輌製造で製造された。

車体はアルミ合金となり、アイボリーに塗装されている。外観デザインは「次世代感覚」「親しみやすさ」「軽快感」などをモチーフとし、ソフトなイメージを表現した。前頭部は傾斜があって流線型に近く、さらに大きく曲面を帯びた形状としている。車外から向かって右側には非常扉を備える。前照灯は窓の下部に設置し、尾灯LED前面行先表示器両端に設置した。LED式の前面・側面行先表示は走行区間によって変化するが、これは都営地下鉄大江戸線の項を参照のこと。本車両にはワイパーが付いているが、これは地上線を通るためだけではなく地下線内の漏水対策上や車体洗浄機を通過するのに必要な装備でもある。

[編集] 客室内装

客室内装はアイボリー系の化粧板、床材は車内中央をベージュ、外側を茶色として乗客が足を投げ出すのを防ぐフットライン入りを採用している。天井は試作車と異なり、薄形冷房装置と冷房用ダクトの設計に工夫がされ、さらにパネル式の平天井の採用によって、2,100mmの高さが確保されている。客用ドアは車体構造に合わせて上部が内側に傾斜しており、室内側は化粧板仕上げである。開口幅は1,300mm、高さは1,850mmとなっている。車内の蛍光灯にはいずれもアクリル製のカバーが取り付けられている。当初のつり革はオムスビ形で、座席前のみに設置している。網棚はステンレス線を格子状にスポット溶接した網を使用している。

座席は濃いピンク系の「ファインレッド」、優先席部は青色系のバケットシートで、1人分の掛け幅は460mmを確保している。側窓は基本的に一段下降式の窓であるが、全線地下区間のためカーテンは設置していない。連結面の貫通路は開放感を持たせるために断面の大きなものとしている。貫通扉は各車片側のみの設置で、ドアガラスは下方向に拡大されている。

車椅子スペースは4号車設置である。この場所の側窓は固定窓で保護棒付き、さらに安全手すりと非常通報装置車椅子固定用のベルトが設置されている。非常通報装置は運転士と相互通話なもので、各車両に6台設置している。また、通報ボタンが押され、運転士が応答できない場合には列車無線に接続し、運転指令所の指令員が応答できるシステムが搭載されている。

ドアの上部にあるLED式の旅客案内表示器は、落成時は路線図式案内表示器[5]とLED式文字式案内表示器が一体になったもの(左は路線図式、右はLED式)が各ドア上に設置された。その後4次車の導入に合わせて現状のLEDのみの千鳥配置に変更される(同時に反対側は路線図収納枠に交換)とともに、すべての編成でシートモケットも変更された。このほか、自動放送装置と車外案内用スピーカーを設置する。

[編集] 運転台

運転台(3次車以降)

乗務員室内奥行きは2,200mmと広く確保されており、大江戸線の駅は基本的に島式ホーム構造のため、運転台は右側設置としている。乗務員室と客室の仕切は運転席背面がスモークの入った大窓、左端に乗務員室仕切扉窓(透明ガラス)がある。前面窓への光の反射が少ないため遮光幕は設置していなかったが、後年に大窓部に遮光幕が設置された。仕切扉は電磁鎖錠に対応したものである。

乗務員室内は客室同様にアイボリー系の配色で、運転台計器台は紺色としている。運転台の計器類にはLEDによるデジタル式、バーグラフ方式(速度計は円形、圧力計、電圧計などは横バーグラフ式)が採用されている。さらに運転士が前方を前方確認に集中できるよう前面ガラスに速度計やATC信号を映し出すHUD(ヘッドアップディスプレイ)を設置した。ただし、前方風景と重なってかえって見にくく、ほとんど使われないことから2次車以降廃止[6]し、後述するC修繕工事の際に撤去した。

マスコンハンドルは小形の右手操作式で、ノッチは手前から力行2・定速・力行1・切・常用ブレーキ1 - 7・非常となっている。

マスコン台周囲にはドア開閉スイッチを配置するほか、これとは別に各側面用に車掌スイッチも設置されている。これは非常ブレーキスイッチ(線路方向手前に引く)、合図ブザ、注意喚起放送スイッチ、[7]と押しボタン式の開閉ボタンで構成されている。

運転台にはホーム監視カメラからの映像を表示するモニター画面がある。この伝送システムには日立製作所八木アンテナが開発した赤外線で地上と車上の通信を行う「対列車光空間伝送システム」が採用されている[8](近赤外線空間波伝送方式)。また、このシステムは地上と車両間のインタフェースを行うものであり、画像伝送のほかトランスポンダと同様に車両情報の伝送機能も有する。このため、車両基地内での在線検知や地上検査装置とのインタフェースにも使用されている。

本車両には乗務員支援を行う車両情報制御装置(ATI)を採用している。これはATC/ATO装置と一体化して車両全体を総合的に管理するシステムで、機器のモニタリング、サービス機器(空調、放送など)の操作機能などがある。さらにATO装置の制御や、ホーム監視カメラからの映像の伝送を行う機能があり、これらの伝送には光ファイバーを用いている。乗務員用のモニター画面(タッチパネル式表示器)はスペースの都合上、運転台上部に設置した。なお、車内案内表示器・行先表示器および自動放送装置は地上からのデータをATI装置経由により自動設定される方式である[3]

[編集] 走行機器など

床下は非常に低く、車輪径は610mmで、床面高さはレール上800mmのために床下機器は500mm以下に抑えている。制御装置には日立製作所製のGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御(形式:T-INV12形)を採用し、1台で2両分4台のリニアモーターを制御する。1・2次車の磁励音大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線向けの70系と酷似している。

空気圧縮機 (CP) は交流駆動式・レシプロ式C-2000LB形を採用し、当初は3号車に2台搭載した。補助電源装置は素子にパワートランジスタを使用した静止形インバータ(SIV)を空調用(35kVA)、空気圧縮機用(23kVA)、制御用(25kVA)をM2車系に分散して搭載した。これは機器の小形化や負荷条件に応じた最適な電源を確保するためである。パンタグラフは非常に小形のものを採用しており、集電舟は剛体架線対応形である。

台車は自己操舵機構(セルフステアリング台車)を有するリニアモーター駆動の空気バネ台車(ボルスタ付)を採用し、試験的な意味もあってリニアモーターの装荷方法の違いで3種類(T-12D形、T-12N形、T-12S形)ある。いずれも軸距は1,900mm、基礎ブレーキにはディスクブレーキを採用している。なお、試験の結果から2次車以降はT-12D形が採用され、1次車も後年にすべてT-12D形へ交換した。車内床面には主電動機点検蓋(トラップドア)を4次車まで全車両に設置して いる。

列車無線には漏洩同軸ケーブル(LCX)を使用した都営地下鉄初の空間波無線(SR)方式を採用しており、異常時に列車防護が行えるよう防護無線も搭載した。前述したが、保安装置には車内信号ATC装置を使用しており、さらに停止精度を高めるためにファジィ制御を取り入れたATO装置を搭載する。このATC装置とATO装置は一体形とされており、ATO装置の停止精度は前後50cm以内とされ、交通局の発表では熟練運転士並みの停止精度であるとしている。

ブレーキ装置にはATC連動形の全電気指令式空気ブレーキ回生ブレーキ併用・遅れ込め制御付き)である。ブレーキ段数は手動操作時は常用ブレーキが1 - 7段・非常だが、ATO運転時は31段の多段制御となる。リニアモーターの特性上、停止時には逆相ブレーキ、非常ブレーキ時にも一部を回生ブレーキが負担する方式である。また、ブレーキの応答性向上のため台車中継弁を設置している。

冷房装置には厚さ200mmと薄形のセミ集中式(集約分散式[9]で能力12,500kcal/h装置(TCL-12A形)を屋根に埋め込む形で各車2台搭載する。車内には補助送風機としてラインデリアを各車3台設置している。

[編集] 2次車

1次車が重要部検査を施行するために予備車の確保を目的として1995年(平成7年)2月に6両編成1本(6両)が日本車輌で製造された。基本的な外観デザインや走行機器などは1次車に準拠したものとなっている。ただし、乗務員や検修員など現場からの意見を取り入れて仕様を一部変更している。

外観ではスカートを130mm下げ、ロングスカート化した。連結器はカバーをやめ、露出状態が正規となった。なお、この時期に1次車の連結器もカバーを廃止した。制御装置をはじめとした電装機器関係は1次車のものを踏襲しているが、台車は乗り心地等の性能や保守性の観点から以後、T-12D形に統一している。

車内では連結面で幅広のをやめて狭幅幌にしたほか、併せて貫通路も狭くした。蛍光灯カバーは客用ドア上部6カ所以外はやめて照度を向上させた。また、当初より中吊り広告枠を設置、合わせて1次車も新設した。英語による自動放送もこの編成から導入が開始され、後に全編成に導入されている。旅客案内表示器は各車3台の千鳥配置に変更し、表示器のないドア上部は路線図掲載スペースとした。

運転台についてはバーグラフ式の計器類は視認性に難があるためか、指針式に戻されて、各機器の配置も大きく変更されている。

基本的に速度計、圧力計は指針式として正面パネル左寄りに収納した。運転台右下部にあった配電盤は左壁部に移設し、電圧計と電流計も指針式として左壁の配電盤上部に設置した。ATIモニターとホーム監視モニターはCRTディスプレイから液晶式に変更し、正面に2枚まとめて収めるように変更した。

[編集] 1・2次車の8両編成化など

8両編成化時には5号車と6号車を増結し、3号車に2台搭載していた空気圧縮機は新造の6号車に移設した。また、車いすスペースは3次車同様に4・5号車の設置となった。

運転台ではホーム監視用モニターを2台に増設したが、2次車では正面パネルに収納し、ATIモニターは1次車同様に上部に移設した。これは6両編成時ではモニターは1台で監視可能だが、8両編成時には1台では曲線ホームでのホーム監視が困難なため、増設する必要があった。このほか、車内サービス機器のプログラム変更や車両間転落防止幌が新設された。

その後、1999年(平成11年)12月から2000年(平成12年)3月にかけて環状部の開業(この時点では一部のみ先行開業)に合わせて連結器に電気連結器を追加[10]したほか、旅客案内表示器を変更したことは前述した。

[編集] 3次車

12-000形 非塗装車(2007年11月22日、木場車両検修場)

1997年(平成9年)3月から9月にかけて、光が丘車両検修所(当時)に搬入され、練馬 - 新宿間の延伸開業用として第07 - 15編成の8両編成9本(72両)と、さらに1・2次車の6編成分の中間車各2両(12両)の合計84両が増備された。製造メーカーは日本車輌と日立製作所が担当した[11]。最初に第07 - 12編成の8両編成6本を5月25日より8両編成で既営業区間に投入[12]し、その間に1・2次車を8両編成化のため離脱させ、8両編成化後に復帰させる形をとった。

3次車のみで組まれた車両は保守の低減や車両コストを低減させるために仕様を大幅に変更した。主な変更点は以下のとおり。

  1. 車体外板の無塗装化(ヘアライン仕上げ)
  2. 乗務員室の拡大、それに伴う前頭部形状の変更
  3. 主制御装置のIGBT素子の採用
  4. 補助電源装置の集約化
  5. ATC・ATO装置の構成を変更

車体は外板塗装をやめて無塗装車体としたほか、前面の傾斜を緩くして実質的に乗務員室の空間を広くした(奥行きなどは変更なし)。また、前面にレインボーカラーの帯が追加されたほか、電気連結器を設置した。側面には車両間転落防止幌が設けられた。

制御装置は磁励音低減のため、日立製の3レベル方式IGBT-VVVFインバータに変更(T-INV12A形)した。補助電源装置はIGBT素子を使用したSIVとし、出力を110kVAに変更して編成で2台に集約した。冷房装置はセミ集中式に変更はないが、インバータ制御式からON/OFF制御式(稼働率制御方式・TCL-12B形)に変更した。ATC/ATO装置は両先頭車搭載から片置き式として8号車に搭載し、両先頭車間をATIにより制御伝送するシステムに変更して、機器艤装の簡略化を図っている。

運転台は2次車をベースにしているが、8両編成時にはホーム監視モニターの台数が2台となるため、これを正面パネルに収納し、ATIの画面は左パネルを広げた部分に移設し、横に非常通報受報器と列車無線送受話器を並べて配置した。また、乗務員室仕切は運転席背面を透明ガラスとし、遮光幕を設置した。仕切扉窓はスモークの入ったガラスに変更された[13]

客室の仕様は2次車に準じているが、荷棚は網棚をやめ、パイプ式に変更した。コストダウンのため座席前にあるつり革や蹴込みに設置してある暖房器具の数を減らしたほか[14]、非常通報装置を1両6台から3台に削減した。中吊り広告枠横1枚分から2枚分掲出できるように拡大し、8両編成での車いすスペースは4・5号車に設置した。旅客案内表示器はLED文字スクロール式に変更して、ドア上千鳥配置とした。

なお、1・2次車への組み込み車両は1・2次車に仕様を合わせて登場している。蛍光灯カバーの形状や転落防止幌は3次車の同じものとしたが、車体は塗装され、制御装置や補助電源装置は1・2次車と同じものとしている。連結面の幌は新車同士は狭幅だが、在来車連結部は広幅幌を使用している。また、一部の編成ではシートモケットが変更されている。

[編集] 発注方法の変更

1・2次車では車体や台車・各電気機器をメーカーへ個別に発注し、それを製造メーカーへ送り全体の艤装をしていた。

しかし、3次車では、すべてを製造メーカーに一括発注し、機器メーカーとの調整も製造メーカーが責任を持たせる方式とした。さらに3次車は東京都地下鉄建設が発注する環状部開業用の4次車304両と合わせた388両を一括発注し、大量生産による大幅なコストダウンを図った。

このため、1両あたりの平均製造費用は1次車が約1億5,300万円、2次車は約1億7,200万円、3次車は約1億1,000万円と約30%のコストダウンが実現された[3]

[編集] 4次車

ファイル:Toei-subway 12-301.jpg 環状部開業用として1999年(平成11年)から2000年(平成12年)にかけて8両編成38本(304両)が日本車輌と日立製作所で落成した。このグループは環状部を建設した東京都地下鉄建設が購入し、東京都交通局に無償譲渡の形を採った。第16 - 28編成は日立製作所で、第29 - 53編成は日本車輌製造で製造した。

基本的には1999年(平成11年)2月22日から翌2000年(平成12年)2月17日にかけて1年がかりで36編成(第17 - 32・34 - 53編成)288両を木場車両検修場(木場車庫)に搬入した。これは陸送によるため、1晩に2両しか搬入できないためであり、1週間で1編成を搬入した。

なお、1999年(平成9年)7月には第16・33編成を新宿 - 国立競技場間の開業用として木場車両検修場(高松車庫)に搬入、先行導入された。この2編成は全線開業までの間は交通局が地下鉄建設より一時的に借用していた。

基本的な仕様は3次車とほとんど同一である。細かな変更点としてはドア上の路線図を収納する枠が1次車と同様に白塗装に戻された点である。4次車のうち第52編成までは2000年5月 - 11月にかけて順次竣工(入籍)した。

一方、第53編成は2000年2月17日までに4次車としては最後に搬入された編成である。しかし、この編成はPQ輪軸と呼ばれる脱線係数を測定するための特殊な輪軸を装着して脱線係数の測定車両として使用されていた。その後、試験終了後の2001年(平成13年)5月に正式に竣工した[6]

[編集] 改造

[編集] 修繕工事

1次車は製造から15年程度が経過しているので、2007年(平成19年)から順次車体の塗り直しや車内機器の一部交換などを行うC修繕の時期に差し掛かかり、馬込車両検修場で改修が行われている。また重要部検査・全般検査2006年(平成18年)度より馬込車両検修場で行われている。ただし、途中経由する浅草線内では自走できない関係上、2005年(平成17年)3月に新製したE5000形電気機関車の牽引により無動力回送される。

主に塗装の塗り直し、床材変更(新宿線10-000形7次車以降と同一)貫通路扉への銀杏マークの貼付け、蛍光灯カバーをアクリル製から金属製(スリット状の穴あき形)のへの変更(大邱地下鉄放火事件の影響による難燃性基準変更による)、および補助送風機(ラインデリア)の大型化等が行われた。なお、1次車の中間に組み込まれている3次車は更新されていない。

[編集] その他

  • 修繕が行われていない一部の3/4次車の編成もラインデリアの大型化(中には10-000形の廃車発生品も使用)や貫通路扉への銀杏マークの貼付けが行われている。
  • 一部の編成ではシートモケットが変更され、またつり革もオムスビ型から他の車両と同様三角形に変更されている。
  • なお、後年に交換、新設されたつり輪(ドア上部と優先席部)は新宿線用の10-300形でも使用されている標準の△形で、握り部は枕木方向となっている。また優先席部のつり革はオレンジ色として、さらに座席前では4個のうちの2個を100mm低くしている。

[編集] 運用

全編成が木場車両検修場に所属している。車両の管理は木場車庫、高松車庫の2か所で行われており、重要部検査・全般検査は馬込車両検修場において施行されている。車両の運用は基本的に標準型の3次車・4次車が平日の日中や土曜・休日の運用に幅広く就いている。1次車・2次車は少数派で機器が異なるためか、平日の朝夕の運用が多い。

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ この軸箱方式の台車は、ボルスタ付ではあるが、後の浅草線5300形三田線6300形においても採用されている。
  2. ^ 浅草線で試運転を行ったことは「東京都交通局80年史」ならびに「大江戸線放射部建設史」という東京都交通局発行の文献において公式に記載されている。
  3. ^ 東京都交通局「大江戸線放射部建設史」参照。
  4. ^ これは馬込検車場内でのリニアモーター試験は試験線の都合上、速度は40km/hに抑えられ、高速走行時の安全性などが確認できないためであった。回転形モーター車では浅草線を走行することは可能であるが、リニアモーター車両ではリアクションプレートを敷設しない限り、浅草線本線の走行は不可能である(大江戸線放射部建設史参照)。
  5. ^ 帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄銀座線01系丸ノ内線02系に設置されているものに類似したもの。
  6. ^ 鉄道ピクトリアル2001年7月号臨時増刊号参照。
  7. ^ ドアを閉めた後、車両のそばにいる乗客に離れるよう注意を喚起する放送。
  8. ^ 八木アンテナ 対列車光空間伝送システム納入事例集(PDFファイル)
  9. ^ 東京都交通局の発表では「セミ集中式」と称しているが、冷房装置2台をダクトを用いて分散する方式は集約分散式が正しい。
  10. ^ これは異常時に救援編成を連結した際にブレーキの引き通しを行うことや、検査入場時にE5000形電気機関車を連結することを目的としたものである。
  11. ^ 一部の雑誌では全車両が日立製作所製となっているが これは誤りで、第07 - 12編成と中間増備車は日車、それ以外が日立製なのが正しい。
  12. ^ これは当時の練馬 - 光が丘間の運用数が4本と予備2本のため、同数の3次車で1・2次車を一時的に編成替えのため置き変えるためであった。
  13. ^ 1・2次車とは逆配置となった。
  14. ^ つり革はつり手棒を短くしてドア間10個から8個に削減。暖房器は750kW出力品を使用している。1・2次車では先頭車10台、中間車12台だが、3次車では先頭車6台、中間車8台に削減された。

[編集] 参考文献

  • 東京都交通局「大江戸線放射部建設史」(2003年発行)
  • 交友社鉄道ファン
    • 1986年8月号 新車ガイド「12-000形完成」
    • 1991年3月号 新車ガイド「東京都交通局 リニア地下鉄用12-000形」
    • 1997年6月号 CAR INFO「東京都交通局12-000形増備車」
    • 2009年7月号 公営地下鉄在籍両数ビッグ3「東京都交通局」
  • 鉄道図書刊行会鉄道ピクトリアル
    • 1986年8月号 「東京都交通局12-000形」
    • 1998年10月号増刊 新車年鑑1998年版「東京都交通局12-000形増備車」
    • 2001年7月臨時増刊号 特集「東京都営地下鉄」

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月30日 (月) 14:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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