東京都交通局7500形電車

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東京都交通局7500形電車
飛鳥山駅付近ですれ違う車体更新後の7500形(2007年4月26日撮影)
飛鳥山駅付近ですれ違う車体更新後の7500形(2007年4月26日撮影)
車両定員 96名
(座席定員:旧車体21名、新車体24名)
全長 12520mm
全幅 2203mm
全高 3550(旧車体) / 3890(新車体)mm
軌間 1372mm(特殊軌間)mm
電気方式 直流600V
主電動機 60kW
制御装置 抵抗制御
駆動装置 吊り掛け駆動方式
製造メーカー 日本車輌製造
新潟鐵工所
備考 旧車体の床面積は21.9m²(「都電おもいで広場」の掲示内容より)

東京都交通局7500形電車(とうきょうとこうつうきょく7500がたでんしゃ)は、1962年昭和37年)に登場した東京都交通局路面電車都電)。

目次

[編集] 概要

1962年(昭和37年)に日本車輌製造で7501 - 7510、新潟鐵工所(現・新潟トランシス)で7511 - 7520の各10両・計20両が製造された。1956年(昭和31年)に8000形が登場しているので、形式称号としては数字が逆戻りする形となった。これは本形式が「7000形と8000形の長所を組み合わせる」というコンセプトの下に製造されたからだといわれている。

[編集] 構造・歴史

8000形は耐用年数を10 - 12年程度とした設計で製造されたため、すぐに老朽化が始まった。また、一部の路線では廃止の延期や存続の可能性もあったため、このまま同形式を増備することもできなかった。そのため、新たにこの7500形が製造されることになった。当初は全車が青山営業所に配置され、6・9・10系統に使用された。

車体は再び丸みを帯びたものとされ、製造コストを下げるためにバスの構造が取り入れられた。側面のバス窓に最も顕著に表れているほか、前照灯シールドビーム2灯とされたのもその影響である。塗色はそれ以前の車両と同じ黄に赤色の帯とされた。

1968年(昭和43年)の路線縮小で青山車庫が廃止されると、経年が浅かった7501 - 7510は荒川区の27・32系統(後の荒川線)を担当する荒川車庫へ、7511 - 7520は多数の路線が残存していた江東区の柳島車庫に転属した。

その後、1972年(昭和47年)に江東区内の路線が廃止されると7517と7519が廃車され、残る18両が荒川車庫に集結した。

1978年(昭和53年)から荒川線のワンマン運転開始に併せて7509と7514以外の16両がワンマン対応改造された。この際、7000形は車体が新造のものに更新されたが、本形式は既存車体の改造での対応となった。外観では以下のような変化が見られる。

  • バックミラーの追加
  • 運転台部分の小窓が閉鎖されて1枚化
  • 側面行先表示器の設置
  • 電停ホームの嵩上げに伴うステップ撤去
  • 営業運転で使用する運転台側ドアがホームと直角に[1]
  • 帯色の赤色から青色への変更

1984年(昭和59年)以降、7502・7504・7508の3両を除く13両に対して都電初となる冷房装置の搭載を伴う車体更新が施工された。

新車体はアルナ工機(現・アルナ車両)製で、7000形新車体を基本としつつ前面3枚窓・縦並びライトとされ、旧車体のイメージが踏襲されている。屋根は冷房ダクトの関係で旧車体より深くなった。これに合わせて正面行先表示器が大型化され、外部塗装は都バスなどと共通のアイボリー地に黄緑の新色に変更された。

更新直後も集電装置ビューゲルだったが、これは旧車体のものではなく、屋根の高さが変わったのに併せて新調されたものであった。しかし、冷房装置との干渉や離線対策のために比較的早期にパンタグラフに変更された。

更新されなかった3両のうち7502と7508はすぐに廃車となった。また、7504は朝ラッシュ時専用車両の「学園号」として運用されていたが、1998年平成10年)頃に運用から離脱し、2001年(平成13年)に廃車された。その後は整備が行われず座席が撤去されて荒川車庫内で倉庫として使用されたが、車体の老朽化が激しいものの自走は可能であり、「路面電車の日」のイベント時には公開されることもあった。そして2006年(平成18年)に都職員の手によって修復工事が実施され、同年6月10日の「路面電車の日」の記念イベントで特製の方向幕とともに公開、翌2007年5月26日より静態保存ではあるが5500形5501とともに荒川車庫内の「都電おもいで広場」で一般公開されるようになった。車内は復元され、修復工事の軌跡を写真で綴るポスター(後に都電沿線の切り絵)が掲示されている。

更新された13両は、7000形と異なり、車体更新時に車両番号の整理が行われることはなかった。そのため、欠番が生じたままである。

2009年時点でも、更新された本形式は更新7000形とともに荒川線の主力として運用されている。一部車両は集電装置シングルアーム・パンタグラフに換装されたが、同形式とは異なり、行先表示器LED式への改修は施工されていない。

[編集] 保存車

動態保存的な存在だった7504号以外も数両が都内各地に静態保存されている。廃車数に対して、保存されている車両の比率は高い。

  • 7502(改造)
    • 廃車後の1991年には塗装がピンク地に白帯に変更されて大田区の萩中交通公園内に静態保存されていた。しかし、車体の荒廃が激しかったため、2006年に撤去された。
  • 7506(更新)
    • 2008年1月31日で運用を離脱して除籍、翌2月1日付けで台東区に譲渡され、同区池之端にある建築中の公園「池之端児童遊園」内に静態保存されている。展示に合わせ、方向幕は白地に黒文字で「池之端児童遊園」と表記されたものが掲出されている[2]。公園はかつて都電の池之端七軒町電停があった場所である。保存用のレールはかつて荒川線で実際に使用されていたものを使っている。車体はきれいだが、下回りの再塗装などは施されていない。更新7500形としては最初の除籍車となる。
  • 7508(改造)
    • 廃車後、板橋区の板橋交通公園内に静態保存されている。周囲を柵で囲われるなどして配慮されているが、状態は悪い。
  • 7512(改造)
    • 現存車。車体更新時に不要となった旧車体が国立市内の幼稚園に静態保存されている。
  • 7514
    • 廃車後20年近くの間荒川車庫で静態保存されていた。その後、1999年(平成11年)に整備の上で小金井市江戸東京たてもの園内に移転され、同園の展示物として静態保存されている。この時に前面の系統表示枠内に同園のキャラクター「えどまる」の絵が入れられ、車内広告枠を利用して歴史解説がなされるようになった。ワンマン化されなかったため、7504号よりも製造時の原形をとどめている。
7500形を模したバス(2003年6月15日撮影)

[編集] その他

  • 沿線のあらかわ遊園には本形式を模したバスがある。かつて無料送迎バスとして使われていた。
  • 1977年制作のNHKドラマ男たちの旅路 シルバーシート』の撮影に、荒川車庫と7514号が使用されている。
  • 7515号は2007年頃から「史絵鉄号」として運用しており、早稲田方の東京都のシンボルマークの色が青で上部に「史絵鉄号」の黄色い文字が記載されている。

[編集] 今後

本形式は製造から45年が経過し、かつ老朽化が進行していることから、2008年2月に7506が、同年3月に7507が廃車となった。更新後の本形式の廃車はこれが初めてである。両車とも特に告知などは行わなかったが、後者に関しては前面と側面、前ドア上の銀杏マークが青く塗られ、マークの中に「おつかれさま」と記載されていた。また、前ドア上部の帯の部分には「1962.12.12 - 2008.3.31」という製造日と除籍日が記載された。現在、7507はラッピング広告やメッセージなどがすべて排除された状態で荒川車庫内に留置されている。廃車された車両の置き換えは9000形8800形の増備で対応する。そして、2011年度までに新型車両との入れ替えで全車廃車となることが2008年5月に明らかになった[3]

2009年は4月に7515、6月に7513、7月に7503が廃車になった[4]

[編集] 脚注

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  1. ^ そのため、ワンマン改造車は原型車に対して前面向かって右側の部分がやや張り出している。
  2. ^ 更新7500形の方向幕は当初から青地に白抜きの文字で、白地に黒文字の方向幕は使用されていない。
  3. ^ 「都電7500形 3年後全廃」(2008年5月7日、MSN産経ニュース)
  4. ^ 『鉄道ダイヤ情報』2009年10月号より。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月23日 (月) 20:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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