東京都立戸山高等学校
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| 過去の名称 | 補充中學校 共立中學校 東京府城北尋常中學校 東京府城北中學校 東京府立第四中學校 東京都立第四中學校 東京都立第四新制高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 東京都 |
| 設立年月日 | 1888年9月16日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科(8学級) |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 13207B |
| 所在地 | 〒162-0052 |
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東京都新宿区戸山3-19-1
北緯35度42分23.7秒東経139度42分38.1秒 |
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| 電話番号 | 03-3202-4301 |
| FAX番号 | 03-3204-1045 |
| 外部リンク | 公式サイト |
東京都立戸山高等学校(とうきょうとりつとやまこうとうがっこう)は、全日制普通科の都立高等学校。所在地は東京都新宿区戸山三丁目。
目次 |
[編集] 概観
1888年設立。都立高校で2番目に古い歴史を持ち、府立四中を前身とする都立進学校。進学指導重点校に指定されており、土曜授業試行校でもある。文理分けをしないいわゆる「教養主義」で有名で、伝統的に理数系教育に力を入れてきたことから国立大学入試に強く、これまで幾多もの著名な学者を輩出している[1]。また政界・官界・財界等の各界にも数多の有為な人材を送り出している。校風は「自主自立」と表され、私服校である。現在は文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受けている。
[編集] 教育方針
- 自ら重んじ個性をのばす
- 努力を尊び責任をはたす
- 心を豊かに体を健やかにする
[編集] 沿革
[編集] 略歴
皇典講究所の附属の私立学校として創設されたのが当校の由来である。当初は東京府尋常中學(日比谷)の補充的位置にあったが、その連絡もなくなり私立の共立中學校となった。ただ、1886年及び1891年の中学校令公布により、1府県1中学と定められたことにより東京に受験生が集まらなくなった私立各校とも軒並み経営が傾き、当時官公立校に対してだけ認められていた在学生に対する徴兵猶予や校地に対する免税などの特権を得る便法としての有利な条件も働き、数多ある私学のうち、共立中學(戸山)と共立學校(開成)が東京府の管轄下に入りそれぞれ東京府城北中學、東京府開成中學と名を改めた。1900年、文部省が私立を公立として待遇することを廃したため、翌年開成は私立に戻り、戸山は府立第四中学と名称を改め、現在に至る[1]。
府の管轄に留まったのは、当時の私立は江戸時代以来の寺子屋や塾など雑多であり、或は受験予備校的色彩が強く教科目も偏り正統性を持ち得なかったこと、それに対して官公立諸学校が当時の国家存立の教育手段として革新的位置づけにあった為である。また補充中学以来「府立」の名を慕って入学してくる生徒も多かった[1]。
府立四中中興の祖・深井鑑一郎校長(在任:1898-1938)時代は、一中(日比谷)を追い越すことを念頭に東京一の中学を目指し、猛勉と規律を強制した厳しさが特に知られる[2]。現在の都立の教育環境からは想像もつかないが、始業式当日に式の後に授業があった程で、予習、復習をきっちりやらせ、それを怠った場合や指されて応答できなかった場合は居残りをさせた。校則も大変厳しく中退者も1割に達するなど当時は「死中」と呼ばれるほどであった。主な成果として、毎年一高合格者数で一中に肉迫し、時(1932年)には一中を抑えて首位の座に躍り出たり、また昭和10年代に入ってからほぼ毎年旧制高等学校現役合格率は首位に立っていた。更にもともと位置していた市ヶ谷という場所柄、軍人の子弟が多く陸軍幼年学校、陸軍士官学校、海軍兵学校等の軍学校にも数多く入学していった。スパルタ教育はこういうことも原因があると思われる。また、漢文教育にも力を入れていた。
1950-60年代の都立高校全盛期には、日比谷高校・西高校・新宿高校等と共に東京大学へ多数の進学者を輩出していた。1967年に導入された学校群制度等の影響下、本校や西高校においては、日比谷高校等多くの都立校の進学実績面における急落に比べると緩やかなものに留まり、上位進学校の地位を維持していた[3]。 平成に入ってからの数年間も東大合格者数20-30人台、その後も二桁の合格者を維持していた。最近は若干名にとどまっているが、進学指導重点校指定による指導体制充実等により東大をはじめとする難関大学への進学実績はここ数年再び上昇トレンドとなっている。
[編集] 年表
- 1888年 - 麹町区飯田町五丁目の皇典講究所内(現在の千代田区飯田橋三丁目、東京地下鉄東西線飯田橋駅A5出口付近)に府立一中校長・丸山淑人、松野勇雄、元田直、今泉定助らによって補充中学校の名称で創立。
- 1891年 - 私立中学校に改変し、共立中学校と改称。
- 1894年 - 私立から東京府に移管し東京府城北尋常中学校と改称(私立城北高は城北尋常中学を母体に深井鑑一郎によって創設)。
- 1899年 - 中学校令改正により、東京府城北中学校となる。
- 1901年 - 東京府立第四中学校と改称。
- 1903年 - 牛込区市ヶ谷加賀町一丁目(現在の新宿区市谷加賀町一丁目の新宿区立牛込第三中学校建設地)に移転。
- 1943年 - 都制施行により東京都立第四中学校と改称。
- 1948年 - 4月1日、新学制により都立第四新制高等学校となる。現校章制定。
- 1949年 - 男女共学となる。7月15日、新宿区戸山町(現在の戸山三丁目)に移転。
- 1950年 - 4月1日、都立戸山高等学校と改称。5月10日、火災により校舎全焼。
- 1952年 - 学区合同選抜制度導入。
- 1956年 - 第1回新宿高校戦実施。
- 1966年 - 学園祭を戸山祭と改称。
- 1967年 - 学校群制度発足。青山高と共に第22群に。
- 1970年 - 1年生HR合宿開始。
- 1982年 - 学校群制度が廃止され、グループによる合同選抜(グループ選抜)制度発足。赤城台高・駒場高・目黒高・都立大附属・新宿高・青山高・広尾高の各高校と第21グループに。
- 1994年 - グループ合同選抜制度が廃止され、単独選抜制度発足。
- 1996年 - 推薦入学選抜を初めて実施。東京私立中学高等学校協会の反対もあり適性試験は行われず。
- 2001年 - 東京都進学指導重点校に指定される。
- 2003年 - 1940年以来続いた学区制度が廃止され、旧第2学区外からの受検者が大幅に増加。12月 新校舎・新体育館竣工。
- 2004年 - 都立高校として初めて文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定(指定期間は3年間)を受ける。11月 新校庭が完成。定時制課程の募集が終了。以後閉課まで補欠募集のみ。
- 2005年 - 3月 正門から新校舎に至る新しいアプローチガーデンが完成(新校舎建設の全工程が完了)。5月 校舎改築を記念して城北会(同窓会)より寄贈されたビオトープ完成。6月 新校舎落成記念式典挙行(卒業生代表記念講演:小宮山東大総長)。
- 2007年 - スーパーサイエンスハイスクールに再び指定(指定期間は5年間)。2007年度をもって定時制課程が閉課。
- 2008年 - 創立120周年。地下鉄副都心線開通、戸山高校正門前に「西早稲田駅」開設。
[編集] 基礎データ
[編集] 所在地
- 早稲田大学に近く、理工学部は明治通りを挟んで目の前にある。また、学習院女子大学・学習院女子高等科と隣接している。
- 正面と裏手の2箇所に分かれて広大な緑を有する都立戸山公園があり、一帯は都心にありながら緑豊かな都内有数の文教エリアを形成している。
[編集] アクセス
- JR山手線・西武新宿線・東京地下鉄東西線 高田馬場駅。または渋谷駅・新宿駅・池袋駅より都営バス利用、「都立障害者センター前」もしくは「学習院女子大前」下車。
- 2008年に渋谷-池袋をつなぐ東京地下鉄副都心線が完成し、正門前に新駅「西早稲田駅」ができた。
- JR高田馬場駅の「戸山口」は、混雑緩和と通学時間短縮を願った戸山高校の生徒達が当時の国鉄と交渉を重ねた結果、増設された出口である。
[編集] 生徒会活動
三権分立をひとつの特徴としており、評議会(立法)・執行委員会(行政)・監査委員会(司法)で権限を分散するねらいをもっている。また、生徒会長という役職名は、実際には存在しないが、執行委員長の別称として用いられることもある。
生徒大会--+--評議会
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| +--内務局 +--図書委員会
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+--執行委員会--+--外務局 +--体育委員会
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| +--会計局 +--厚生委員会
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| +--書記局 +--戸山祭運営委員会
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| +--クラブ管理局 +--新宿戦実行委員会
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| +--環境問題対策委員会
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+--特別執行委員会-----------------+--学生公論編集委員会
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+--監査委員会
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+--選挙管理委員会
HR自治会
[編集] 学年委員会
学年委員会とは、各学年の行事準備等のために設けられる委員会。生徒会機関ではない。
- HR合宿実行委員会(1年)
- 奉仕委員会(1年)
- 修学旅行委員会(1・2年)
- 卒業式委員会(3年)
- 卒業アルバム委員会(3年)
[編集] 部活動
クラブ活動は非常に盛んで生徒の参加率は例年100%前後に達している(一人で複数の部活に所属する者もいるため100%を超える年も多い)。なお新宿高校との間では、50年の伝統がある新宿戸山対抗戦が毎年行われている。
陸上競技部は2004年に全国大会に3種目出場し、男子1500Mでは東京都新記録を樹立。また、ブラスバンド部は毎年戸山祭で「スーパーブラス」として演奏しており、浦清英、笠原直樹、新澤健一郎、菊地武、島裕介をはじめ多くのミュージシャンを輩出している。
- 新聞部 放送部
- ESS(休部中) 文学部 地理歴史部 美術部 漫画研究部 写真部 囲碁将棋部 百人一首同好会
- 化学部 生物部 天文気象部 数学同好会 パソコン同好会
- 管弦楽部 ブラスバンド部 軽音楽部 合唱部 演劇部 アンサンブル同好会(休部中) 吹奏楽同好会
- 剣道部 柔道部 卓球部 空手道部 水泳部 ダンス同好会
- バドミントン部 男子バスケット部 女子バスケット部 男子バレー部 女子バレー部
- 硬式野球部 サッカー部 ラグビー部(休部中) アメリカン・フットボール部 陸上競技部 女子サッカー部 硬式テニス部 ソフトテニス部 山岳部
[編集] 学校行事
- 運動会は5月に4級対抗で行われる。
- 1年生は10月に那須寮でHR合宿を行う。HR合宿ではHRごとに定めるテーマによる討論会を中心に行う。
- 新宿戸山対抗戦
- 毎年6月に行われる新宿高校との運動部対抗戦で、総合成績を競う。戸山高生にはもっぱら「新宿戦」と呼ばれる(対する新宿高校では「戸山戦」である)。近年は駒沢オリンピック公園で開催されている(但し、水泳部は新宿高校か戸山高校のプールで行われている)。競技の他にも、閉会式で両校のクラブによるダンスや、新宿高校のチアリーディング部の発表が行われるなどのプログラムが組まれている。
- 戸山祭
- 毎年9月に行われる文化祭。3年は自主制作映画、2年は演劇、1年は展示発表を行う。これらHR発表は「問題提起は明確か」、「問題提起に対する結論はしっかり示されているか」、「展開と結論が矛盾しないか」といった点をポイント化することにより、審査・表彰される。戸山祭は、有志で構成される戸山祭運営委員会が中心となって運営する。なお、表彰も同委員会の下部組織である表彰部により行われる。
[編集] 特色ある取り組み
理科系の大学教授によるSSH講演会が年に数回実施されている。また、以前はこれとは別に東大教授や医師、弁護士、大使、検事総長、財界人など各界で活躍する著名な卒業生等による在校生のための講演会「世間と学問」が2・3ヶ月に1度開催されていた。
[編集] 学校施設
2003年に5階建ての新校舎が竣工。白を基調としたデザインは、「最先端のイメージ」「私立校のようだ」との評を得るが、「汚れが目立つ」、「病院のようだ」といった批判もある[要出典]。校舎中央部は2階から吹き抜ける「階段広場」と3階から吹き抜ける「階段庭園」が存在するため、上空から見ると漢字の「日」のような形をしている。理科系の講義室が特に充実しており、各教科ごとに講義室や実験室に加えて、大学の教室のような階段教室もある。また新校舎1階には最先端の設備を備えた330人収容の講堂もある。校門を入ると左手に卒業生の寄贈による「ビオトープ」と100周年記念碑、正面には戸山の象徴「ラジアン池」がある。
校地面積は25,000m²強あり、山手線の内側にある高校としては広い。施設は新校舎、新体育館、武道場、プール、グラウンドのほか、テニスコート4面、多目的コート3面などが整備されている。また、那須には敷地面積6万m²を超える那須寮があり、毎年1年生のHR合宿や各部活動の合宿、「戸山の教育を語る会」(戸山の保護者と教師の集まり)の合宿などに活用されている。那須寮は元々皇室の所有物だったが、深井校長が四中先輩・三矢宮松帝室林野局長官と交渉し安価で買い取ったものである。
[編集] スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)
2006年度でSSHの指定は一旦終了したが、2007年度より再度指定を受けた(2012年度までの5年間)。
1年次にはSSH探究基礎、2年次にはSSH化学・物理・生物を受講できる(文科省の特別措置により、それぞれ情報・保健・総合の時間などの振り替え扱いとなる)。探究基礎では生物、地学などのフィールドワークなどを通して自然科学を幅広く学び、科学の楽しさを実感することを目指す。その成果は戸山祭や学校説明会の際の発表や掲示によって見ることができる。また、例年SSH全国大会に参加し、他校の様々な研究に触れることによって、さらなる研究発表の向上に努めている。
2年次では授業内容が専門化し、化学では化学IIの内容、生物では生物Iの内容の詳しい箇所、物理では相対性理論について学習・研究する。研究成果をSSH全国大会等で発表する機会もある。その他にもSSH数学、英語、論述基礎という講座が自由選択科目として設置されている。夏休みにハワイのキラウエア、すばる望遠鏡等などを訪問する「海外サイエンスセミナーセミナー」という講座もある。
1年次にはSSH探究基礎を希望する生徒が多く例年抽選となっているものの、2年次にはその忙しさを敬遠され希望者は全員受講可能な状況である。
1・2年生のSSH受講者は特定のクラスに集められている。これは現在のSSH指定校では戸山高校だけに見られるシステムである。1年生はSSH受講者が100%のクラスが1クラス、2年生はSSH化学受講者が半分を占めるクラスとSSH生物・物理受講者が半分を占める2クラスがある。
学校の近くにあることもあり、早稲田大学との連携実習が盛んである。
SSH講演会では東京大学大学院の教授をはじめ、様々な理系の教授を招いており、年に数回保護者の参加も可能な講演会を開いている。
2006年8月9-10日に開催されたSSH全国大会ではポスターセッション賞を受賞、また2008年の日本地球惑星科学連合大会では最優秀賞を受賞している。
[編集] 入試・進路
学校群制度導入以降も西高と並んで長く都立高トップの進学実績を維持、平成に入ってからの数年間も東大合格者数20-30人台、その後も二桁の合格者を維持していた。近年は若干名にとどまっているが、2001年以降、進学指導重点校指定、入試における自校作成問題の出題(2003年度入試から国語・数学・英語に導入)、最新設備を備えた新校舎の完成、都立高校初のSSH指定、学区撤廃、カリキュラム改革、土曜授業の復活、夏休み・冬休みの補講充実 など切れ目のない改革施策の導入により、ここ数年難関大学への進学実績は再び上昇トレンドにある。同時に全盛期でも「4年制」と言われるほど浪人が多かった状況も様変わりし数年前から現役合格率も急上昇している。
こうした一連の動向に呼応して2005年以降受検者数も急増し都立高校の中でトップクラスの倍率となっている。2008年に同校の正門前に地下鉄副都心線の新駅(西早稲田駅)が開通したこととも相まって、2009年入試では人気の高い男子の実質倍率は2倍を超えるレベルとなった
主要大学の2009年合格実績は 東大5、京大3、一橋8、東工大6、国公立医歯7(千葉2、筑波1、金沢1、横浜市立1、他医学部1、東京医科歯科(歯)1)、東京外大9、国公立計121(うち現役80)、早大107(うち現役64)、慶大35(うち現役21)、上智23(うち現役17)など。
[編集] 高校関係者と組織
[編集] 関連団体
- 城北会・・・同窓会
[編集] 高校関係者一覧
- 東京都立戸山高等学校人物一覧を参照。
[編集] 関連書籍
- 『帰らぬ日遠い昔』 林望 講談社文庫
- 『東京府立中学』 岡田孝一 同成社
- 『鎮魂 吉田満とその時代』 粕谷一希 文春新書
- 『人と人びと -戸山高校ノート- 』 山極圭司 近代文芸社
- 『五体不満足』 乙武洋匡 講談社
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ い ろ は 『東京府立中学』 岡田孝一 同成社 を参照。
- ^ 新生通信編『日本の名門高校ベスト100 公立高校編』(新生通信・朝日新聞社)を参照。
- ^ 1980年代前後まで40-50名前後を東大に輩出していた。同時に、本校と同群の青山高校、および西高校と同群の富士高校それぞれの東大合格者数も常時30名以上輩出させる相乗効果も伴った。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月22日 (木) 22:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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