東京都立鷺宮高等学校
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| 過去の名称 | 東京府立高等家政女学校など |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 東京都 |
| 設立年月日 | 1912年7月4日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 定時制課程(2010年閉課程予定) |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 13169F |
| 所在地 | 〒165-0033 |
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東京都中野区若宮3-46-8
|
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| 電話番号 | 03-3330-0101 |
| FAX番号 | 03-3339-8420 |
| 外部リンク | 公式サイト |
東京都立鷺宮高等学校(とうきょうとりつさぎのみやこうとうがっこう)は、東京都中野区若宮三丁目にある都立高等学校。学制改革後の新制高校改組時に共学化され、現在の学校名である鷺宮高校となる。通称「鷺高」。
目次 |
[編集] 概要
前身は東京府立高等家政女学校(後に東京都立中野高等家政女学校)である。西武新宿線都立家政駅から徒歩3分。旧制中学、高校レベルでは日本で最初に通学用に駅が誘致された学校。学校名と同一の駅名を持つ学校は多く存在するも、最初に学校があり、その後に駅名が決まった「高校」としては唯一である。厳密には下記沿革の通り当校の現在地移転は府立家政駅開業(1937年12月25日)の後であり、移転計画に伴い新駅設置が先行した。
校章の由来については、昭和17年から40年間教壇を努めた鈴木豊子教諭から「和鋏とチャコとへらの3つを組み合わせてデザインしたもの」と伝えられている。
尚、定時制は2007年度から募集停止、補欠募集のみとなる。(東京都立稔ヶ丘高等学校へ統合) 2010年3月に閉課予定。
1970年から15年間本校で教師を勤めた「本多啓二」教諭は、赴任直後に当時殺風景だった学校の緑化に勤め、これに同調する多くの生徒が「本多土建」と称して集まり、スコップ、つるはしなどを使って学校の緑化や施設の整備を行い、緑あふれる環境を作った (昭和50年6月30日付朝日新聞夕刊参照)。
本校では犬を飼い、新聞等の話題に取り上げられたこともある。 飼われた犬は「太郎(メス)」その子供の小太郎(オス)、二代目「太郎」の3匹である。 初代「太郎」は生徒が拾ってきた犬を本多教諭が引き取り、学校内で飼っていたもの。 学校内では原則放し飼い状態であり、朝礼等の学校行事にも参加していた。 「小太郎」は校外への放浪癖があり、諸問題から繋がれることが多くなった。
近年では、日本テレビで放送されている高校生バンド日本一を決める番組「音燃え!」に数組が(当時を含めて)同校の生徒によるバンドが出演していて、中には優勝したバンドもある。
2012年7月4日に開校百周年を迎える前後に、全面的に改築が行われる。
[編集] 沿革
- 1912年7月4日 - 豊多摩郡立農業学校(現東京都立農芸高等学校)の附設実業女学校として創立。
- 1923年4月1日 - 東京府移管により東京府立中野実業女学校と改称。
- 1926年4月1日 - 改組により東京府立中野家政女学校と改称。
- 1929年4月1日 - 東京府立高等家政女学校と改称。
- 1938年4月1日 - 東京市中野区桃園町15から現在地に移転。
- 1943年7月1日 - 都制施行により東京都立中野高等家政女学校と改称。
- 1946年3月30日 - 東京都立鷺宮高等女学校となる。
- 1948年4月1日 - 学制改革により東京都立鷺宮新制高等学校となる。
- 1948年6月1日 - 定時制課程設置。
- 1949年4月1日 - 男女共学実施。
- 1950年1月26日 - 東京都立鷺宮高等学校と改称。
[編集] 交通
[編集] 著名な卒業生
- 三遊亭円弥 - (さんゆうてい えんや・落語家。)
- 米長邦雄 - (棋士・元名人)
- 海江田万里 - (元衆議院議員)
- 蔵持不三也 - (早稲田大学教授)
- 沢向要士 - (俳優)
- 村山直之 - (フリーアナウンサー)
- 假屋崎省吾(華道家)
- 群ようこ(作家 著書「都立桃耳高校」など)
- 山本龍二(俳優 青年座取締役)
- 浅岡雄也 - (歌手・元FIELD OF VIEW)
- 榎本秋 - (文芸評論家)
- 寺門ジモン - (芸人)
- HIROMIX/ヒロミックス - (フォトグラファー)
- 小林健二 - (東京都議会議員/練馬区選挙区)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月13日 (日) 05:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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