東大寺大仏殿
東大寺大仏殿の最新ニュースをまとめて検索!
東大寺大仏殿(とうだいじだいぶつでん)は、奈良県奈良市の東大寺にある仏堂。「奈良の大仏」として知られる東大寺の本尊を安置している。
正式には東大寺金堂というが、「大仏殿」の名で広く知られ、東大寺の公式ホームページでも主に「大仏殿」が使用されている。この記事でも、以下「大仏殿」と表記する。
現在の建物は1691年(元禄4年)に完成、1709年(宝永6年)に落慶したもので、日本の国宝に指定されている。
この記事は、下記のページに内容を分割しています。このテーマに関する情報については、それぞれのページをご参照ください。
[編集] 概要
東大寺の伽藍の中央に位置し、境内で最大の建物である。現存する大仏殿は、正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1m。奥行きと高さは創建当時とほぼ同じだが、幅は創建当時(約86m)の約3分の2になっている。
大仏殿の正面には、国宝に指定されている金銅八角燈籠がある。
また、大仏殿の屋根を支える2本の虹梁については、「東大寺大仏殿虹梁」で詳述している。
[編集] 歴史
最初の大仏殿の建設は大仏の鋳造が終わった後に始まり、758年(天平宝字2年)に完成した。
1181年(治承4年)1月15日(旧暦12月28日)、平重衡などの南都焼討によって焼失。その後、1190年(建久元年)に再建され、落慶法要には源頼朝なども列席した。
1567年(永禄10年)11月10日(旧暦10月10日)から11月11日(旧暦10月11日)にかけて、東大寺大仏殿の戦いによって焼失。『多聞院日記』には、
| “ | 今夜子之初点より、大仏の陣へ多聞城から討ち入って、数度におよぶ合戦をまじえた。穀屋の兵火が法花堂へ飛火し、それから大仏殿回廊へ延焼して、丑刻には大仏殿が焼失した。猛火天にみち、さながら落雷があったようで、ほとんど一瞬になくなった。釈迦像も焼けた。 | ” |
|
—『多聞院日記』 |
||
と記されており、穀屋から出火し、法花堂、回廊と燃え広がったのち、11月11日(旧暦10月11日)午前2時頃には大仏殿が完全に焼失したと考えられる。その後、仮りの仏堂が建設されたが、1610年(慶長15年)の暴風で倒壊した。
さらにその後、公慶上人の尽力や、徳川綱吉などの寄進により、現存する大仏殿の建設が始まり、1691年(元禄4年)に完成、1709年(宝永6年)に落慶した。
また、1879年(明治12年)から1915年(大正4年)までと、1973年(昭和48年)から1980年(昭和55年)まで、それぞれ修理が行われているほか、1952年(昭和27年)3月29日には国宝に指定された。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年9月30日 (水) 16:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【東大寺大仏殿】変更履歴



