東大橋 (広島市)

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東大橋
歩道橋
車道橋
所在地
左岸:南区南蟹屋、右岸:南区段原
北緯34度23分東経132度29分
5.5m
形式 12径間単純H桁橋
素材 上部:鋼橋;下部:RC構造;基礎工:?
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東大橋(ひがしおおはし)は、広島県広島市猿猴川に架かる道路橋。上流側に人道橋(歩道橋)が併設されている。

2009年現在「車両通行止め」。なお、人道橋は引き続き通行可能である。

目次

[編集] 概要

昭和初期からある橋で戦後架け直されたが、老朽化に伴い現在は架け替えが行われている。

上流に平和橋がある。下流には2009年現在、広島高速2号線筋の橋梁が架設中である。

右岸側に比治山病院や広島市立比治山小学校、北詰(左岸)交差点からまっすぐ行くと広島県道164号広島海田線(大洲通り)に出る。

[編集] 歴史

1933年(昭和8年)に木橋の「東大橋」として架橋される。当時上流側には宇品線が通っていた。なお1966年仁保橋が架橋されるまで、猿猴川では東大橋より下流に橋が架けられておらず、広島駅付近のいくつかの橋を含めても数少ない橋の一つとなっていた。

1945年(昭和20年)8月6日、原爆被災爆心地から2.90kmに位置した。ほとんど被害は無く、避難者はここを渡って東へ逃げ、これから大洲通りに通ずる道路上は、火傷した避難者や運搬される重傷者でごった返していた。当日正午ごろまでは、憲兵がこの橋に立ち、市内に入る者を制止していた。翌7日からこの付近の土手で火葬が始まった。

同年9月の枕崎台風に伴う水害により 橋脚数基が洗掘により沈下してしまう。戦後になると木橋で再建されていたが、1962年(昭和37年)に併設する形で現在の鋼H桁橋に架け替えられている。1969年(昭和44年)にその上流側に人道橋が併設されたか、下流側には旧橋の橋脚は撤去されずそのまま残っていた。

老朽化と段原東部土地区画整理事業により橋の架け替えが決定し、2009年(平成21年)1月から通行止め。2013年(平成25年)までに新橋の架け替えを目指している。

[編集] 関連項目

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最終更新 2009年10月12日 (月) 22:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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