東方植民
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東方植民(とうほうしょくみん、ドイツ語:Ostsiedlung)は、12世紀~14世紀にドイツの辺境伯、騎士団、修道院(中心となったのはシトー会)などが行ったエルベ川以東、北東ドイツ及びポメルン地方のスラヴ人居住地などへの植民のことをいう。ドイツ東方植民ともいう。
とくに、ドイツ騎士団は先住民のキリスト教化を理由にバルト海東南沿岸地域で軍事的性格の濃い植民を推し進め、のちのプロイセンのもとになる大規模な領土を獲得した。
[編集] 関連項目
- 在外ドイツ人、ドイツ系移民(Auslandsdeutsche (category))
- 少数者ドイツ語話者(Deutschsprachige Minderheiten (category))
- 民族ドイツ人(Volksdeutsche)
- 東方への衝動
[編集] 関連文献
- Charles Higounet (1911–1988) "Les allemands en Europe centrale et oriental au moyen age"
- German translation: "Die deutsche Ostsiedlung im Mittelalter"
- 日本語訳: "ドイツ植民と東欧世界の形成"、彩流社、シャルル・イグネ(著)、宮島直機(訳)
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最終更新 2009年9月30日 (水) 17:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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