東武6050系電車
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| 東武6050系電車 野岩鉄道6050系電車(100番台) 会津鉄道6050系電車(200番台) |
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東武6050系(2008年6月17日、せんげん台駅)
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| 編成 | 東武:2両編成29本(58両) 野岩鉄道:2両編成3本(6両) 会津鉄道:2両編成1本(2両) |
| 起動加速度 | 1.65km/h/s |
| 営業最高速度 | 110km/h |
| 減速度 | 3.5km/h/s(常用最大) 4.5km/h/s(非常) |
| 編成定員 | 295名 |
| 車両定員 | モハ6150形 150名(うち座席 72名) クハ6250形 145名(うち座席 68名) |
| 全長 | 20,000mm |
| 全幅 | 2,878mm |
| 全高 | 4,200mm |
| 編成質量 | 74t |
| 車両質量 | モハ6150形 40t クハ6250形 34t |
| 軌間 | 1,067mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| モーター出力 | 130kW×4(モハ6150形) |
| 主電動機 | 直流直巻補極補償巻線付電動機 TM-63 |
| 歯車比 | 85:16 (5.31) |
| 制御装置 | 電動カム軸式多段制御器(抵抗・弱界磁制御,4M永久直列,抑速ブレーキ付) (日立製作所製 MMC-HTB-10L) |
| 駆動装置 | 可撓継手式中空軸平行カルダン |
| ブレーキ方式 | 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-D) |
| 保安装置 | 東武形ATS |
| 備考 | 6151F - 6172Fは6000系からの更新車 6173F - 6179F・61101F - 61103F・61201Fは新造車 |
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この表について
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東武6050系電車(とうぶ6050けいでんしゃ)は、1985年(昭和60年)に車体更新によって登場した、東武鉄道の近郊形電車。
伊勢崎線・日光線の快速・区間快速と一部の区間急行・普通で運用される。
本項では6050系の改造種車となった東武6000系電車、野岩鉄道・会津鉄道が所有する同型車、野岩鉄道6050系電車(100番台)・会津鉄道6050系電車(200番台)についても記述する。
目次 |
[編集] 6050系
[編集] 概要
1985年11月15日、6000系の車体更新によって2両編成(モハ6150形 (Mc) - クハ6250形 (Tc))22本の計44両が登場した。この車体更新中の運用車両が不足することからさらに1編成 (61101F) が新造され、後に野岩鉄道に譲渡された。その後1988年には完全新造車が7編成14両増備され、2006年現在は合計29編成58両が在籍する。
当初は6000系に不燃化等の改造を行い、長大トンネルが多い会津鬼怒川線で使用する予定だったとされる。しかし、同系列は非冷房車であり、車両設備も陳腐化していたことから、大規模改造よりも車体新造による更新を行う方が得策と判断された。
制御方式やブレーキシステムの仕様に6000系時代との大きな差はない。
1996年には、増解結時の省力化を図る目的で自動連結器から電気連結器付き密着連結器への交換が行われた。その後、2001年3月28日のダイヤ改正より日光線普通列車でも運用されることとなり、一部編成に霜取り用パンタグラフが搭載された。
台車は同社の8000系に用いられているTRS-62M(住友金属形式 FS356)と同様の鋳鋼製ミンデンドイツ型であるが、発電ブレーキとの制動力とのバランスを考慮し、基礎ブレーキが片押し式に変更されていること(8000系は電気ブレーキを持たない)と、高速域での運転に備えて特急車と同様に軸ダンパーを備えている点が異なる。
[編集] 外観
- 塗色はジャスミンホワイトを基調に赤(パープルルビーレッド)とオレンジ(サニーコーラルオレンジ)のラインを配している。
- 後にこの車両塗色は塗り分けこそ異なるが、100系「スペーシア」・300・350系にも採用され、日光方面優等系車両のイメージカラーとなる。
- 前面は大型ガラスを使用した三面折妻構造で、窓周りをくぼませた、いわゆる「額縁」スタイルである。急行灯は貫通扉の上に装着される。
- 客室側窓は一枚下降式を採用している。
- 両開き式ドアを前後2か所に備える。
[編集] 車内設備
- 座席配置はドア間固定クロスシート、車端・戸袋部ロングシートのセミクロスシートとした。
- ボックスシートは座席間隔(シートピッチ)が6000系の1,480mmから1,525mmに拡大された。また、折り畳み式テーブルを設置している。
- 分割運転時の誤乗防止のため、車内妻面に行先表示器を設置している。
- 長距離運用が前提のため、クハ6250形にトイレを設置している。
- 冷房の冷気吹き出し口はラインフロー式で、扉部分には補助送風機も設置してある。
- 車内保温のためのドアカット機能はあるが、西武鉄道4000系のような開閉ボタン機能は装備していない。
[編集] 完全新造車の製造
6050系の完全新造車は、前述したが1985年に100番台1編成 (61101F) が製造されたことに始まる。1986年には61102Fが新造され、野岩鉄道開業に合わせて2編成とも譲渡された。
新造車と更新車の大きな相違点は、台車がSUミンデン形台車(台車型式TRS-882M/TRS-882T(住友金属工業型式FS529/029))に変更されたことである。
1988年には、1986年の開業時から予想以上の人気で混雑し、定期快速列車用の6050系に加え、臨時快速列車として8000系を追加投入し、会津高原駅(現・会津高原尾瀬口駅)まで直通運転していた野岩鉄道会津鬼怒川線の状況を解消するため[1]、また会津鉄道会津線の会津田島電化開業に備えるため、完全新造車が7本(および野岩鉄道車1本)製造され追加投入された。
その後、1990年には同年10月12日の会津田島電化開業用として会津鉄道車6050系200番台1編成 (61201F) が製造された。これは会津鉄道が所有する唯一の電車である。
野岩鉄道・会津鉄道所属の6050系列は、書類上は東武鉄道からの譲受とされている。これは各鉄道会社ごとの新造車の扱いにすると、たとえ同一図面で設計されたものであっても、各社ごとの形式取得などの許認可手続きが必要となり、このための費用も発生するため、形式的にまず東武車として籍を入れた後に改めて譲受することで、手続きの簡略化やコストダウンを図ったものである。
製造年度
- 61101F:1985年
- 61102F:1986年
- 6173F - 6179F・61103F:1988年
- 61201F:1990年
[編集] 運用
野岩鉄道・会津鉄道の所有車両も運用上の区別はされておらず、3社の保有車両が南栗橋車両管理区新栃木出張所に配置され、完全に共通運用されている。過渡期には6000系と6050系の併結運転も見られた。
2009年現在は、伊勢崎線・日光線・鬼怒川線・野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線を直通する快速・区間快速を中心に充当されており、下今市で東武日光/会津田島方面列車の連結・切り離し作業が頻繁に見られる。その他にも、日光線(栃木 - 東武日光間)・鬼怒川線の普通の一部や、下今市で特急に連絡する特急連絡列車、さらには出・入庫の関係から早朝・深夜の浅草 - 新栃木間区間急行にも使用される。
- 1991年7月21日のダイヤ改正までは、座席指定制の優等列車である快速急行「だいや」「おじか」「しもつけ」にも使用されていたが、これらは急行に昇格の上300系・350系に置き換えられた。また、2001年までは「尾瀬夜行」「スノーパル」などの臨時夜行列車にも使用されたが、現在は300系での運用となり、本系列の定期有料列車の運用はない。
- 2001年3月28日のダイヤ改正では旧型車の置き換えと運用合理化のため、それまで本系列が主体であった団体列車に300系・350系が充当されることになった。その代わりに、日光線栃木 - 東武日光間の普通や宇都宮線の一部列車に運用され、5050系を置き換えている。
- 2005年3月1日のダイヤ改正までは新藤原 - 会津田島間の区間列車も存在していたが、改正後は早朝を除くほとんどの列車が浅草 - 会津田島間の直通快速列車となった。
- 2006年3月18日のダイヤ改正からは区間快速(浅草 - 東武動物公園間快速運転、東武動物公園以北各駅停車)が新設され、昼以降の快速が区間快速に置き換えられた。これに伴い、種別表示器の「快速」表記は白地に赤から白地に青に変更され、「区間快速」の表記はは青地に白抜きとされた。また、ダイヤ改正による伊勢崎線・日光線の種別名称変更に伴い、送り込み輸送の種別が準急から区間急行へ変更された。同時に通勤車と同じ書体から前面種別表示器を除き若干丸みを帯びた大きな書体に変更された。
- 2007年10月31日から宇都宮線の普通でワンマン運転が開始されるのに伴い、同線での運行が終了した。
- 2009年6月6日のダイヤ改正で、以下の変更があった。
- 主な車内外設備
- 主な運用パターン
[編集] その他
- 本系列にはそれまで他の通勤用車両とは違い、ドアステッカーが貼付されていなかったが、2009年頃からフリーパスの広告が入ったドアステッカーが貼付されるようになった。
[編集] 6000系
[編集] 概要
日光線系統の快速に用いられていた5310系や3200系・5400系(後に3000系に更新)を置き換えるために、1964年3月23日に登場した。
当時、競合する日本国有鉄道(国鉄)日光線で準急形電車(80系または153系)を使用した料金不要の快速列車の運転が計画されており、これに対して戦前製の3210系が主力の準快速列車は大きく見劣りしたため、国鉄準急形に匹敵する居住性を持った車両が投入されることとなった。
基本性能は、1963年に製造を開始した8000系ベースの車体・台車に、1961年に製造を開始した2000系の制御装置に抑速ブレーキを追加したタイプを組み合わせた形となっている。そのため、性能的には1720系「DRC」の制御装置を載せた8000系といったところで、同時期に登場したやはり勾配線区用で2扉クロスシートの国鉄165系電車に近い。ただし、高速域からの発電制動を考慮して端子電圧375Vのモーターを使用した1M方式のため、制御装置の力行ステップは永久直列回路の抵抗制御+弱め界磁 (20%) のみとなっている。定格速度は全界磁が8000系と同じ49.5km/hだが、弱め界磁最終段では110km/hに達する。前頭形状は8000系と比べて丸みを帯び、行先表示窓が運転台窓の上に移り、前照灯・尾灯が少し中心に寄っていた。外板の塗色は5700系と同様のツートーンで、ゆったりとした窓配置も相まって、同社の通勤車に比べ、落ち着いた印象の外観であった。
接客設備は片開き2つドアとし、座席配置はドア間固定クロスシート(ボックスシート)、車端・戸袋部ロングシートのセミクロスシートとした。クロスシートについては、背もたれは腰より上の部分にクッションがなく、デコラ板張りとなっていた。また、長距離運転に配慮してトイレが設けられた他、日光・鬼怒川方面への分割・併合を行うことから誤乗防止として車体側面に行先表示器が設置されており、車内の貫通路上には『日光線』/『鬼怒川線』と表記され、かつ色分けもされた札を差し込める枠も設けられていた。冷房装置は製造当時の鉄道車両の趨勢から設けていない。
1960年に先行して登場した1720系「DRC」は6両固定編成としたが、快速列車については日光・鬼怒川方面へ分割・併合を行うため、モハ6100形 (Mc) - クハ6200形 (Tc) の2両編成とし、これを組み合わせて最大6両編成で運行されることとなった。
本系列は、快速の他に5700系が使用されていた日光線急行列車(後の快速急行)でも運用され、この体制は6050系化された以降も続いた。
変わったところでは、新造直後に秩父鉄道経由で東上線に乗り入れ、池袋駅まで入線したことがあった。これは、池袋 - 東武日光間で定員制のイベント列車「にっこう」号として運転されたものである。また、その翌年にはやはり臨時快速「たびじ」号が池袋 - 鬼怒川公園間で運転された記録がある。
[編集] 廃車後の保管・保存
6050系への更新に伴い、不要となった旧6000系の車体は杉戸工場に隣接する倉庫で解体された。
また、浅草寄り先頭車2両が保存を前提に保管され、うち1両は倉庫の片隅(東武動物公園駅北側踏切付近)に7800系とともに雨ざらし状態で置かれていたが、結局解体された。
他には、クハ6222が群馬県邑楽郡大泉町の割烹「停車場」でワラ1形貨車とともに店舗として使われていた。その後閉店したが、車両はそのまま残っている。
解体中の旧6000系と保存前提に留置された6000系(仮台車にのせ換えている)
[編集] 脚注
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最終更新 2009年11月12日 (木) 23:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【東武6050系電車】変更履歴









