東池袋

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東池袋(ひがしいけぶくろ)は、東京都豊島区の地名。1丁目から5丁目まである。

目次

[編集] 概要

  • 地名は、池袋駅の東側に位置することに由来する。元々は大半が北豊島郡雑司ヶ谷村に属しており、本来の池袋村とは関係が薄い。かつては雑司ヶ谷の名の通り雑木林に覆われた土地であった。この現在の東池袋及び南池袋一帯は、江戸時代には旗本三千石中西公の拝領地であったために「中西の森」と呼ばれ、明治時代根津嘉一郎が土地を買収すると「根津山」と呼ばれるようになった。「根津山」とは現在の豊島岡女子学園中学校・高等学校あたりにあった小さな丘のことだが、この周辺一帯の地名として使われた。太平洋戦争中は大規模な防空壕があり付近の避難場所ともなった。
  • 池袋駅東口と西口の繁華街を繋ぐ道路に車なども通る事が可能な池袋大橋と池袋駅北口目の前に出る歩行者専用通路の雑司が谷隧道(通称:WE ROAD、ウイ・ロード)の出入口があるのも東池袋である。なお、雑司が谷隧道は自転車を降車して手で押していけば通る事が可能である。

[編集] 歴史

江戸時代には豊嶋郡池袋村及び雑司ヶ谷村の一部であった。

  • 1878年(明治11年)7月22日 - 池袋村、雑司ヶ谷村が、郡区町村編制法により北豊島郡所属となる。
  • 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により北豊島郡巣鴨村が発足。大字池袋、巣鴨、雑司ヶ谷となる。
  • 1918年大正7年)7月20日 - 巣鴨村が町制施行し北豊島郡西巣鴨町となる。この地域の大字名は代わらず。
  • 1932年(昭和7年)10月1日 - 巣鴨村が東京市に編入され豊島区の一部となることに伴い、池袋一・二丁目、西巣鴨一・二丁目、雑司ヶ谷町となる。
  • この後、幾度か地名が変更される。
  • 1966年(昭和41年)11月1日 - 新住居表示に伴い、池袋東一丁目の大半、池袋東の一部、西巣鴨一丁目の全部、西巣鴨二丁目の一部、日出町一・二丁目の北半分をあわせ、東池袋となる。

[編集] 交通

[編集] 主な道路

[編集] 鉄道

[編集] バス

  • 池袋駅東口停留所は一部南池袋にも存在する。

[編集] 路線バス

  • 池袋駅東口停留所(三越裏)、サンシャインシティ停留所(国際興業バス
  • 池袋駅東口停留所、池袋駅東口停留所(三越前)、豊島区役所前停留所(都営バス
    • 王40甲系統 - 西新井駅
    • 深夜02系統 - 豊島五丁目団地行
    • 王55系統 - 新田一丁目行
    • 草63・草64系統 - 浅草雷門行
  • 池袋駅東口停留所、東池袋一丁目停留所、東池袋四丁目停留所(サンシャイン前)(都営バス)
  • 池袋駅東口停留所、六ツ又陸橋停留所、東池袋二丁目停留所、東池袋三丁目停留所(都営バス)

[編集] 長距離・高速バス

[編集] 主な施設

[編集] 東池袋一丁目

[編集] 東池袋二丁目

[編集] 東池袋三丁目

[編集] 東池袋四丁目

[編集] 東池袋五丁目

[編集] 東池袋地区再開発計画

「東池袋四丁目地区再開発地区計画」及び「東池袋四丁目地区地区計画」として、東池袋四丁目及び南池袋二丁目の一部における再開発が進められている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月23日 (月) 01:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【東池袋】変更履歴

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