東池袋
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東池袋(ひがしいけぶくろ)は、東京都豊島区の地名。1丁目から5丁目まである。
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[編集] 概要
- 東池袋は、おおむねJR山手線環内で、国道254号(春日通り、川越街道)の南側、グリーン大通り(旧称:市電通り)の北側に一丁目から五丁目まで存在し、北側に上池袋、北大塚、東側に南大塚、文京区大塚、南側に南池袋、西側に西池袋と接している。
- 池袋駅東口北側の地域で、日本有数の繁華街池袋の中心街を形成する。豊島区役所や三越池袋店、サンシャイン60通り、サンシャインシティなどがあり、飲食店や商業施設がひしめいている。ただし、西武百貨店本店や池袋パルコ、東口地下街の池袋ショッピングパーク(ISP)は南池袋になる。
- 地名は、池袋駅の東側に位置することに由来する。元々は大半が北豊島郡雑司ヶ谷村に属しており、本来の池袋村とは関係が薄い。かつては雑司ヶ谷の名の通り雑木林に覆われた土地であった。この現在の東池袋及び南池袋一帯は、江戸時代には旗本三千石中西公の拝領地であったために「中西の森」と呼ばれ、明治時代に根津嘉一郎が土地を買収すると「根津山」と呼ばれるようになった。「根津山」とは現在の豊島岡女子学園中学校・高等学校あたりにあった小さな丘のことだが、この周辺一帯の地名として使われた。太平洋戦争中は大規模な防空壕があり付近の避難場所ともなった。
- 南池袋にかけて寺社が多数あり喧騒なイメージと異なった静寂さが広がっている。そのため各種学校・大学もあり池袋東口の豊かな一面をのぞかせる。グリーン大通り北東側の豊島岡女子学園に隣接して人生横丁(飲酒飲食店街)がある。また明治天皇野点の碑もある。副都心の商業集積地区と昭和時代の古い猥雑さとが同居しているが、全体に高台で神田川に向けて緩やかに下っているので、住宅地としても良好である。
- 池袋駅東口と西口の繁華街を繋ぐ道路に車なども通る事が可能な池袋大橋と池袋駅北口目の前に出る歩行者専用通路の雑司が谷隧道(通称:WE ROAD、ウイ・ロード)の出入口があるのも東池袋である。なお、雑司が谷隧道は自転車を降車して手で押していけば通る事が可能である。
[編集] 歴史
江戸時代には豊嶋郡池袋村及び雑司ヶ谷村の一部であった。
- 1878年(明治11年)7月22日 - 池袋村、雑司ヶ谷村が、郡区町村編制法により北豊島郡所属となる。
- 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により北豊島郡巣鴨村が発足。大字池袋、巣鴨、雑司ヶ谷となる。
- 1918年(大正7年)7月20日 - 巣鴨村が町制施行し北豊島郡西巣鴨町となる。この地域の大字名は代わらず。
- 1932年(昭和7年)10月1日 - 巣鴨村が東京市に編入され豊島区の一部となることに伴い、池袋一・二丁目、西巣鴨一・二丁目、雑司ヶ谷町となる。
- この後、幾度か地名が変更される。
- 1966年(昭和41年)11月1日 - 新住居表示に伴い、池袋東一丁目の大半、池袋東の一部、西巣鴨一丁目の全部、西巣鴨二丁目の一部、日出町一・二丁目の北半分をあわせ、東池袋となる。
[編集] 交通
[編集] 主な道路
[編集] 鉄道
[編集] バス
- 池袋駅東口停留所は一部南池袋にも存在する。
[編集] 路線バス
- 池袋駅東口停留所(三越裏)、サンシャインシティ停留所(国際興業バス)
- 池袋駅東口停留所、池袋駅東口停留所(三越前)、豊島区役所前停留所(都営バス)
- 池袋駅東口停留所、東池袋一丁目停留所、東池袋四丁目停留所(サンシャイン前)(都営バス)
- 池袋駅東口停留所、六ツ又陸橋停留所、東池袋二丁目停留所、東池袋三丁目停留所(都営バス)
- 上60系統 - 上野公園行
[編集] 長距離・高速バス
- 西武バス(池袋駅東口停留所)
- 国際興業バス(池袋駅東口停留所)
- ドリーム八戸・十和田(シリウス)号 - 八戸ラピアバスターミナル行、十和田市駅行
- ドリーム盛岡(らくちん)号 - 盛岡バスセンター行
- その他(池袋駅東口停留所)
- 東京空港交通(サンシャインシティプリンスホテル停留所)
[編集] 主な施設
[編集] 東池袋一丁目
- 池袋駅(東口)
- 豊島区役所
- 豊島公会堂
- 池袋保健所
- 池袋P'パルコ
- ビックカメラ
- 池袋本店
- ビックパソコン館池袋本店
- ヤマダ電機
- 東急ハンズ池袋店
- サンシャイン60通り
- 銀行
- 豊島岡女子学園中学校・高等学校
- 雑司が谷隧道(通称:WE ROAD、ウイ・ロード) - 東西池袋を繋ぐ連絡通路
[編集] 東池袋二丁目
[編集] 東池袋三丁目
[編集] 東池袋四丁目
[編集] 東池袋五丁目
[編集] 東池袋地区再開発計画
「東池袋四丁目地区再開発地区計画」及び「東池袋四丁目地区地区計画」として、東池袋四丁目及び南池袋二丁目の一部における再開発が進められている。
- 池袋駅南側のびっくりガード付近より小さな川が流れておりかつて神田川に注いでいた。流域が町内にありこの水運を利用して旧大蔵省造幣局が貨幣を鋳造していた。現在では一般公開する展示室になっているが付近ではその周辺工程を行う工場が多かった。
- 工場は小規模なものでなおかつ暗渠沿いにあるので周辺は道路付けもままならず幅1m前後の通路で連絡されている。地元豊島区も防災防犯の立場から広場を開設しており特徴的な町並みである。特に都電荒川線の東池袋四丁目停留所と向原停留所の間は密集市街地であり都心でも長屋の風景が今でも残っている。
- 都電軌道より都心側は一部文京区大塚になり護国寺も近い。以前は大日本愛国党の本部もあり今でも昭和時代の雰囲気が残っている。また都電沿線の商店街は今も活況を呈しており、建物も歴史を感じさせるものと新しいものとが混在している。
- グリーン大通り沿いに区の文化施設が(一部住宅を含む)建設中である。豊島区立中央図書館が更に文化設備を加えて2007年より新規開館した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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