東洋工機
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | 東洋工機 |
| 本社所在地 | 神奈川県平塚市久領堤2-46 |
| 設立 | 1925年(大正14年)9月 |
| 業種 | 電気機器 |
| 事業内容 | 電気機器 他 |
| 代表者 | 住山茂 |
| 資本金 | 1億円 |
| 従業員数 | 85名 (平成18年4月1日現在) |
| 主要株主 | 東洋電機製造株式会社 |
| 外部リンク | http://www.toyokouki.co.jp/ |
東洋工機株式会社(とうようこうき、英文社名TOYOKOUKI Co,.Ltd.)は、鉄道車両用電気機器の保守、修繕、各種部品などの生産を行う企業である。かつては鉄道車両メーカーであった。
目次 |
[編集] 企業概要
[編集] 事業所
[編集] 沿革
- 1935年(昭和10年)9月 - 日本鉄道自動車工業(株)設立。東京・品川で操業開始
- 1939年(昭和14年)12月 - 東京芝浦電気(株)と業務提携
- 1946年(昭和21年)9月 - 平塚工場を建設し車両製造部門を強化
- 1951年(昭和26年)5月 - 社名を日本鉄道自動車(株)と変更。特殊自動車部門に進出
- 1953年(昭和28年)7月 - 東洋電機製造(株)の系列に入る
- 1954年(昭和29年)5月 - 社名を東洋工機(株)と変更
- 1970年(昭和45年)4月 - 車両製造を中止。電動機、駆動装置の修理部門設置
- 1989年(平成元年)8月 - 品川工場を平塚工場へ集約
- 1990年(平成2年)1月 - 京都工場が操業開始
- 1990年8月 - 本社を平塚へ移転
- 1992年(平成4年)1月 - 平塚新工場(第2工場)建設
- 1994年(平成6年)12月 - 産業用回転機職場を整備拡張
- 1998年(平成10年)10月 - 京都工場を平塚工場へ集約。東洋電機製造(株)の制御機器製作担当会社となり製作開始
- 2001年(平成13年)5月 - 営業本部(品川)を東神田に移転
[編集] 主要取引先
[編集] 製造した鉄道車輛
「日本鉄道自動車工業」を称した1930年代後半から1940年代にかけては、大阪・堺の木南車輌製造と並んで、小ロットで車輌供給を行う新興メーカーの代表であった。当時の同社について、趣味者間では「日鉄自」(にってつじ)と略される事が多い。
日中戦争・太平洋戦争による戦時体制下・戦後混乱期には、物資統制の制約で大手メーカーから電車等を購入できない地方私鉄、大量の規格車両供給を要した路面電車事業者等からの需要があり、木南の先進デザイン志向に比べると概してローカル色が強く簡素ながら、当時の需要に適した小型・中型車両を廉価に製造・供給している。そのうちの少なからぬものが、中古電車・客車の台車・台枠・電装部品などを流用して製造された一種の半新造車(機器流用車)であった。改造元車輌やその経緯、車輌自体に複雑な製造経緯が付随することが多く、趣味者間からも興味を持たれることが多い。
戦後に東洋工機となってからも、三岐鉄道モハ120形電車や、上信電鉄200形電車 など、簡潔な造形の地方私鉄向け電車を製造しているが、少数事例に留まっている。
[編集] 納入先別製造車両一覧
- 500形電車
- 1080形電車 (1084 - 1087) 1955年(昭和30年)
- 1090形電車 1955年(昭和30年)・1957年(昭和32年)
- 1200形電車 1958年(昭和33年)・1959年(昭和34年)
- 1350形電車 1960年(昭和35年)
[編集] 関連会社
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月20日 (木) 08:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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