松下忠洋
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まつした ただひろ
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| 生年月日 | 1939年2月9日(70歳) |
| 出生地 | 鹿児島県川内市(現・薩摩川内市) |
| 出身校 | 京都大学農学部 |
| 前職 | 国家公務員(建設省) |
| 所属政党 | 国民新党(2007年 - 現在) 自由民主党(1993年 - 2005年) |
| 称号 | 農学士 |
| 世襲の有無 | 無 |
| 公式サイト | 国民新党 松下忠洋公式サイト |
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| 選挙区 | 鹿児島県第3区 比例九州ブロック |
| 当選回数 | 5回 |
| 任期 | 1 - 4期目 1993年 - 2005年 5期目 2009年 - 現職 |
| 議員会館 | 衆・第1議員会館636号室 |
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| 内閣 | 鳩山由紀夫内閣 |
| 任期 | 2009年9月18日 - 現職 |
松下 忠洋(まつした ただひろ、1939年2月9日 - )は、平成期の日本の政治家。国民新党の衆議院議員(当選5回)。鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)出身。
[編集] 人物
1993年7月の第40回衆議院議員総選挙に自民党公認で出馬し、初当選。以後、同じ鹿児島県第3区を地盤とする宮路和明との選挙区調整により1996年は小選挙区、2000年・2003年の総選挙では九州ブロック比例区単独で出馬し、4期連続当選。
2005年7月5日の郵政国会では郵政法案に反対票を投じた。このため、2005年9月11日の総選挙では自民党の公認を得られず無所属で出馬し、自民党公認の宮路に破れ落選。この際、引退を表明したが2007年の参院選では民主党候補を応援し、政治活動を再開する。
次回(第45回)総選挙において民主党県連などが出馬要請していたが固辞し、自民党時代から縁の深い綿貫民輔らの要請で国民新党に入党、同党の公認で出馬する意向を表明した。前回は独自候補を擁立した民主党も推薦することを決め、共産党も既に同選挙区から撤退しているため、自民現職の宮路と事実上の一騎打ちとなり、28,409票差で初の勝利を果たした。党副幹事長に就任。
2009年9月16日民主党鳩山由紀夫内閣において経済産業副大臣に就任し、鳩山内閣の副大臣では最高齢である(70歳)。
[編集] 経歴
- 1962年3月 京都大学農学部を卒業。大学時代は応援団に所属。
- 1962年4月 建設省に入省。
- 1991年6月 建設省砂防部長
- 1993年7月 衆議院議員総選挙に自民党公認で出馬し初当選。以後連続4期当選。
- 1998年7月 小渕内閣で農水政務次官に就任。
- 2005年9月 自民党を離党し、無所属で総選挙に出馬し落選。一旦、政界引退を表明。
- 2009年8月 第45回衆議院議員総選挙に鹿児島県第3区より国民新党公認で出馬し、自民前職の宮路和明を破り5期目の当選。
- 2009年9月、民主党鳩山由紀夫内閣において経済産業副大臣に就任
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年10月26日 (月) 10:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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