松山千春

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松山 千春
基本情報
出生名 松山 千春
出生 1955年12月16日(53歳)
血液型 O
学歴 北海道足寄高等学校
出身地 日本北海道足寄町
ジャンル フォークソング
ニューミュージック
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ギター
活動期間 1976年 -
レーベル Columbia Music Entertainment
事務所 オフィス・ゲンキ
影響 加川良
公式サイト 松山千春
  

松山 千春(まつやま ちはる、1955年12月16日 - )は日本の男性フォークシンガー。北海道足寄郡足寄町出身。身長170cm。体重55kg。血液型はO型。いて座。

目次

[編集] 略歴

北海道足寄郡足寄町出身。北海道足寄高等学校卒業後、1975年に「全国フォーク音楽祭」の北海道大会に出場するも落選。しかしSTVラジオの竹田健二ディレクターに見出され、1976年に同局の「サンデージャンボスペシャル」内の15分コーナー『千春のひとりうた』でメディアデビュー。続いて翌1977年1月25日、「旅立ち」でレコードデビューを果たすが、同年8月27日、二人三脚で歩んできた竹田が急性心不全のため36歳で急逝し、一時失意に陥る。しかしこれが契機となり、同年10月には個人事務所として「オフィス・パンタ」が設立され(正式な法人設立は1978年1月17日)、千春をバックアップすることになる[1]

足寄町にある「千春の家」に掲出された似顔絵

1977年10月には『オールナイトニッポン』水曜2部のパーソナリティに起用され東京進出(これに伴い『サンデージャンボスペシャル』からは降板した)。1978年4月には月曜1部に昇格し全国区の知名度を得るようになる。さらに同年に発売したシングル『季節の中で』が大ヒットしたことで一気にスターダムを駆け上り、以後も多数のヒット曲を出し、ニューミュージック界で確固たる地位を築くに至った。

主なヒット曲に「季節の中で」「大空と大地の中で」「恋」「人生の空から」「長い夜」「君を忘れない」などがある。1982年7月24日には札幌真駒内屋外競技場にて5万人コンサート「大いなる愛よ夢よ’82」を開催。

1985年12月に結婚し、一児(長女)をもうける。デビュー以来精力的にコンサート活動を続け、2007年には、コンサート公演回数が2000回に達した。CDの売れ行きは近年低調だが、コンサート動員数は相変わらず好調で、映画、ラジオ、ドラマ出演、雑誌「月刊松山SAGA」「月刊松山捨石」の発行、論評など、歌手以外の方面へ活動範囲を広げている。

長らく自由民主党北海道連青年部名誉会長を務め、鈴木宗男明石康らの支援を行なってきたが、鈴木の離党に伴い自らも離党し名誉会長職を辞任。鈴木と共に地域政党新党大地を結党した。新党大地の名付け親は松山であり、『大空と大地の中で』は新党大地のテーマ曲である。

2007年3月25日には、大橋純子細川たかし安倍なつみとともに「ゆうばり文化スポーツセンター」において、無料の「夕張応援コンサート」を開催した。

2008年1月28日付けの東京中日スポーツの記事によると、2008年3月9日に福岡県朝倉市のホテルセンチュリーヒルズにおいて、日本人最高の10万円ディナーショーを開催することが発表された。

2008年6月25日、コンサートツアー移動中の大阪で体調不良を訴え、病院に救急搬送された。医師の診断によると不安定狭心症で、重篤な病気のため当分の間絶対安静が必要とのことであった(元々糖尿病の持病があり、合併症の可能性が高い)。これに伴い、コンサートツアーを中止し、療養に努めることになった。

2008年7月20日、札幌で記者会見し、同日のラジオ番組から復帰するとともに、今後は徐々に仕事を増やしていくこととなった。療養中に聴いていた曲は全て自作曲であり「サザンオールスターズの曲は療養生活に合わない」と発言している。

2008年8月24日、札幌にて、小田和正、KAZUMASA ODA TOUR 2008 「今日も どこかで」にスペシャルゲストにて登場し、小田のギターにより「恋」を熱唱した。

2008年8月29日、大阪城ホールにてやしきたかじんプロデュースのコンサート「Koi-con」にて、不安定狭心症から初の本格的にステージ復帰を果たした。

[編集] 人物

好きなテレビ番組爆笑オンエアバトルで、「NHKの深夜にやってる球を転がすお笑い番組が好き」とある番組でコメントしている。

高音でソウルフルな歌唱法と、コード進行の単純な楽曲は、素人でも真似が容易なため、コロッケみのや雅彦を始めとして、多くの芸能人がモノマネのレパートリーにしている。芸能人以外にも読売ジャイアンツ阿部慎之助など真似る者も多い。元日本ハムファイターズ広瀬哲朗はスキンヘッドであることなど容姿が似ていることを現役時代からネタにしていた。。

高校時代はバスケットボール部に所属しており、当時は十勝地区で「シュートの鬼」の異名を取ったという。練習ではフリースローを75回連続で成功させたこともある。しかし当時の十勝地区では帯広柏葉高校が圧倒的な力を持つ強豪として立ちはだかっていたため、足寄高校はいつも地区2位で全道大会進出が叶わなかった[2]

千春の父・松山明は、1954年に足寄町でたった一人で旬刊紙『とかち新聞』を創刊し主筆を務めた人物(なお同紙は1984年に休刊した)。しかし経営(=家計)は苦しく、特に1965年には当時の足寄町長の不正を紙面で取り上げたことで裁判沙汰となり、町長からの圧力で購読者数が大きく減少し、千春も納豆売りをして生活費を稼がねばならないところまで追い込まれた(なおこの裁判は1969年にとかち新聞側の勝訴で終わっている)[3]。千春は足寄高校では卒業時に首席となるなど成績は優秀で、担任からは大学進学を勧められていたが、このような苦しい家計を踏まえ「早く働いて父を助けたい」との考えから大学進学を断念している[4]

テレビ出演を「出るもんじゃなくって、見るものだから」という理由で拒否していたが、「あなたにはたくさん届いた番組出演のリクエストのハガキに何か答えなければならないはず」というプロデューサー・弟子丸千一郎の言葉に感銘を受け「ザ・ベストテン」の出演を承諾。デビュー以来、テレビに初めて出演。その後、同番組には3回の出演を果たした。かつては滅多にテレビに出ない事を売りにしている側面もあったが、30歳になった1985年頃を境に、一転してバラエティや音楽番組、ニュース、ドラマ等にも頻繁に出演する様になった。また、フジテレビの「SMAP×SMAP」に出演した際、「松山が生きている限りは自分以上に歌が上手い歌手は出てこない」と発言するなど、自分の歌唱力には相当の自信を持っている。

毒舌キャラで知られる。自身より年上の小田和正井上陽水さだまさし中島みゆき和田アキ子らを呼び捨てにしタメ口をきいたりすることも多いが、時には相手を評価することもある。小室哲哉に対しても『TK MUSIC CLAMP』(フジテレビ)に出演した際に「(小室の曲が)好きか嫌いかと言われれば嫌いだが、音楽性としては認める」として一定の評価をしている[5]

地元愛が強く、「北海道を愛するフォーク・シンガーである」というポリシーを持つ。牛肉偽装問題が発覚、大きな騒動を巻き起こした際には北海道「北の食大使・牛肉大使」に任命され、牛肉のPRで全国を飛び回っていた。

また、スキージャンプの大ファンであり、かつて全日本ジャンプチームに大量の牛肉を差し入れているほか、ジャンプチームの応援歌として「空-翼をひろげて」を製作している。

また、ボーカリストの素質を見抜くのが得意である。DREAMS COME TRUE吉田美和は同じ十勝地方出身ということもあって「歌唱力がある」と何かとひいきにしているが、一方で「『LOVE LOVE LOVE』までは自信だが『七月七日、晴れ』は過信」「自分で自分に酔ってしまっている。ソロアルバムも聴いたが過信以外の何物でもない」として苦言を呈したこともある[6]。他にもB'z稲葉浩志を「自分とタイプは違うが素晴らしいボーカリスト」と手放しで認めている。

2006年9月に旧足寄駅前に「大空と大地の中で」の歌碑を建立した。

なお、お笑い芸人のタカアンドトシ吉本興業東京本社所属)のトシの父親が、元マネージャーだということが、タカアンドトシが出演したバラエティ番組で明かされた。また、トシの姉がオフィス・ゲンキで働いていることも、さんまのまんまで明かした。

[編集] 暴力団との関係

2007年2月12日夜、京都市下京区指定暴力団会津小鉄会の図越利次会長就任10周年記念パーティに招かれ、その場で3曲歌っていたことが京都府警の調べで判明した。さらに図越会長と10数年来の付き合いがある事や他の暴力団も含めて過去に数回、会合に出席している事を認めた。芸能人が暴力団との関わりを明らかにするのは極めて珍しい。この件は、その後自身のラジオ番組で度々話のネタにしており、暴力団の反社会性を認識している様子は全くない。

この報道を受け、札幌テレビ放送が2月18日に予定していた特別番組「松山千春 30年目の旅立ち」が放送中止となり、同時に1976年以来レギュラー番組を持ち続けてきた同局ラジオ(STVラジオ)の番組も打ち切りとなった。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

No. 発売年月日 タイトル曲 c/w サイズ レコード会社名(発売元)
1st 1977年1月25日 旅立ち 初恋 EP キャニオン・レコード
2nd 1977年6月25日 かざぐるま 銀の雨 EP キャニオン・レコード
3rd 1977年11月25日 時のいたずら 白い花 EP キャニオン・レコード
4th 1978年4月25日 青春 MY自転車 EP キャニオン・レコード
5th 1978年8月21日 季節の中で 青春Ⅱ EP キャニオン・レコード
6th 1979年3月21日 卒業 EP キャニオン・レコード
7th 1979年8月21日 夜明け サイクリング EP キャニオン・レコード
8th 1980年1月21日 帰ろうか EP キャニオン・レコード
9th 1980年9月21日 人生の空から 雨の夜
海を見つめて
こいこごろ
EP NEWSレコード
10th 1981年4月21日 長い夜 わかれ EP NEWSレコード
11th 1981年9月21日 ふるさと 風の中 EP NEWSレコード
12th 1982年4月21日 夜よ泣かないで 春の足音 EP NEWSレコード
13th 1982年9月5日 夢の旅人 二人の季節 EP NEWSレコード
14th 1983年3月21日 Sing a Song 涙の街 EP NEWSレコード
15th 1983年6月21日 電話 流れ雲 EP NEWSレコード
16th 1983年9月21日 流れ星 愛は物語 EP NEWSレコード
17th 1984年3月21日 On the Radio 雨の歌 EP NEWSレコード
18th 1984年10月21日 男と女 粉雪 EP NEWSレコード
19th 1985年6月25日 ナイト・エンジェル 情熱 EP アルファレコード
20th 1985年11月10日 燃える日々 あふれる愛 EP アルファレコード
21st 1986年4月25日 野良犬 華(HANA) EP アルファレコード
22nd 1986年10月10日 旅路 旅立ち EP アルファレコード
23rd 1987年4月25日 七つちがい あなただけの季節 EP アルファレコード
24th 1987年10月25日 春夏秋冬 ブルース EP アルファレコード
25th 1988年5月25日 いつのまにか 幸せ EP アルファレコード
26th 1988年11月10日 愛のぬくもり Trouble EP アルファレコード
27th 1988年12月21日 午前3時 Say EP アルファレコード
28th 1989年4月25日 抱きしめたい ホーム・タウン EP アルファレコード
29th 1989年11月10日 SWAY 希望 8cmCD アルファレコード
30th 1990年4月25日 夏の陽 Lullaby 8cmCD アルファレコード
31st 1990年9月25日 男達の唄 踊り子 8cmCD アルファレコード
32nd 1991年10月21日 純-愛する者たちへ- 今・・・ 8cmCD アルファレコード
33rd 1992年9月1日 INTENTIONAL 陽だまりの中 8cmCD 日本コロムビア
34th 1993年9月1日 東京 俺の人生 8cmCD 日本コロムビア
35th 1994年4月21日 生命 風のささやき 8cmCD 日本コロムビア
36th 1994年10月21日 時計 風は泣いている 8cmCD 日本コロムビア
37th 1995年4月21日 夕やけ 8cmCD 日本コロムビア
38th 1995年10月21日 泣いてしまいたい それも愛 8cmCD 日本コロムビア
39th 1996年4月20日 君を忘れない 今をいきたい 8cmCD 日本コロムビア
40th 1996年10月19日 あなたのために 10月・雨 8cmCD 日本コロムビア
41st 1997年5月10日 逢いたくて 愛よ永遠に 8cmCD 日本コロムビア
42nd 1997年8月30日 ひまわり ねえ君 8cmCD 日本コロムビア
43rd 1997年11月21日 クリスマス 雪化粧 8cmCD 日本コロムビア
44th 1998年5月9日 この世で君が一番好き 大空と大地の中で 8cmCD 日本コロムビア
45th 1998年10月10日 翼を持たない天使 さよなら 8cmCD 日本コロムビア
46th 1999年5月29日 僕なら ため息をつかせてよ 8cmCD 日本コロムビア
47th 2000年4月29日 君に soupir 8cmCD 日本コロムビア
48th 2000年10月21日 遠い愛 僕は君になれない 8cmCD 日本コロムビア
49th 2001年4月21日 新たなる旅立ち 愛したい 12cmCD 日本コロムビア
50th 2001年10月21日 宇宙のはるか です。 12cmCD 日本コロムビア
51st 2002年5月18日 egoist:エゴイスト 受難の時代 12cmCD 日本コロムビア
52nd 2002年10月23日 存在 冬のマリア 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
53rd 2003年5月21日 都会の天使 兵士の歌 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
54th 2003年11月5日 最後の涙 君の全てを 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
55th 2004年5月19日 一輪の花 こもれ陽 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
56th 2004年11月17日 北風の子守唄 山の向こう 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
57th 2005年5月18日 青春の街 水溜まり 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
58th 2006年5月24日 現実 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
59th 2006年11月1日 祈り 月あかり 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
60th 2007年5月9日 自壊 青空
宗谷岬
賭け
12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
61st 2007年10月24日 捨石 真冬のサンバ
アヴェマリア
12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
62nd 2008年5月21日 我家 2020年の遺言
激情
夢中
12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
63rd 2008年8月20日 思ひ 君は花 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント
64th 2009年5月20日 ひき潮 涙ポロリ 12cmCD コロムビアミュージックエンタテインメント

[編集] アルバム

  1. 君のために作った歌(1977/06/25発売)
  2. こんな夜は(1978/01/25発売)
  3. 歩き続ける時(1978/10/21発売)
  4. 空を飛ぶ鳥のように 野を駈ける風のように(1979/05/21発売)
  5. 起承転結(1979/11/21発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  6. 浪漫(1980/05/05発売)
  7. 木枯しに抱かれて(1980/11/21発売)
  8. 時代をこえて(1981/05/21発売)
  9. 起承転結II(1981/11/21発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  10. 私からの手紙-MY LIFE(1982/2/25発売)インストメンタル・アルバム(未CD化)
  11. 大いなる愛よ夢よ(1982/05/21発売)
  12. STAGE(1982/11/21発売)ライブ・アルバム
  13. 今、失われたものを求めて(1983/05/21発売)
  14. 眠れない時代(1983/11/05発売)
  15. 愛を贈る(1984/05/21発売)
  16. 起承転結III(1984/11/21発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  17. 明日のために(1985/07/10発売)
  18. 風の歌がきこえる(1985/11/28発売)
  19. あなたが僕を捜す時(1986/05/10発売)
  20. 旅立ち(1986/10/25発売)ベスト・アルバム
  21. あなただけの季節(1987/05/10発売)
  22. 起承転結IV(1987/10/25発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  23. 自由の彼方へ(1988/05/25発売)
  24. Message(1988/11/28発売)
  25. STANCE(1989/04/25発売)
  26. ISHI(1989/11/28発売)
  27. 起承転結V(1990/04/25発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  28. 男達の唄(1990/11/10発売)
  29. 燃える涙(1991/06/01発売)
  30. (1991/11/01発売)
  31. 物語/松山千春バラード・セレクション(1992/6/21)ベスト・アルバム
  32. 挫折(1992/09/21発売)
  33. 夏の終わりに(1993/09/21発売)
  34. 起承転結VI(1994/04/21発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  35. 24時間(1994/11/21発売)
  36. 勇気ありがとう(1995/11/01発売)
  37. 風景(1996/04/20発売)ベスト・アルバム
  38. TOUR(1996/06/21発売)
  39. 起承転結VII(1997/03/20発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  40. 叫び(1997/08/30発売)
  41. 笑っていたい(1998/10/01発売)
  42. 起承転結8(1999/04/21発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  43. ガリレオ(1999/08/01発売)
  44. La La La(2000/05/10発売)
  45. 季節の旅人〜春・夏・秋・冬〜(2001/03/31発売)
  46. LIVE BOX1980-1999 o・i・ra〜(2001/08/22発売)デビュー25周年記念企画(2009/10/21分割再発売)
  47. egoist:エゴイスト 自己中心主義者(2002/05/18発売)
  48. 起承転結9(2002/10/23発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  49. 風光る(2003/11/05発売)
  50. 冬がやってきた(2004/11/17発売)
  51. 起承転結10(2005/05/18発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  52. 現実(2006/05/31発売)
  53. 再生(2006/05/31発売)カバー+セルフカバー・アルバム
  54. 起承転結11(2008/05/21発売)ベスト・アルバム(シングル・コレクション)
  55. 旅立ち〜足寄より〜(2008/10/01発売)ベスト・コレクションアルバム+映画サウンドトラック・アルバム
  56. 天才・松山千春のラブバラード(2008/10/01発売)松山千春自身の選曲によるバラードベスト・アルバム
  57. 偶然と必然(2009/05/20発売)

[編集] 出演ラジオ番組

・レギュラー番組のみ記載、単発番組は除く

番組名 キーステーション 期間
千春のひとりうた(コーナー枠) STVラジオ 1976年4月 - 1977年10月
アタックヤング月曜深夜 STVラジオ 1977年4月 - 1978年3月
オールナイトニッポン木曜二部 ニッポン放送 1977年10月 - 1978年3月
オールナイトニッポン月曜一部 ニッポン放送 1978年4月 - 1979年3月
アタックヤング水曜深夜 STVラジオ 1978年4月 - 1979年4月
ひとつぶの青春 FM東京 1978年10月 - 1979年9月
松山千春の今夜はきめよう! STVラジオ 1979年4月 - 1980年10月
オールナイトニッポン火曜一部 ニッポン放送 1980年4月 - 1981年3月
松山千春の今夜はきめよう! partII STVラジオ 1981年4月 - 1982年4月
松山千春のワンダーランド 朝から最高 ニッポン放送 1982年4月 - 1983年4月
松山千春のポテトタイム STVラジオ 1982年4月 - 1983年4月
松山千春のMY LIFE & MY TALK STVラジオ 1983年4月 - 1986年4月
松山千春 スターダストタイム STVラジオ 1986年4月 - 1987年4月
松山千春 風にのせて STVラジオ 1987年4月 - 2001年4月
松山千春・おまたせ! 10分 文化放送 1996年4月 - 1996年9月
松山千春のオールナイトニッポンDX ニッポン放送 1997年10月 - 1998年3月
松山千春 君に勇気ありがとう ニッポン放送 1998年4月 - 1998年9月
松山千春のスーパーミュージック・スタジアム ニッポン放送 2000年10月 - 2001年3月
松山千春 季節の旅人 STVラジオ 2001年4月 - 2007年2月
松山千春 新たなる旅立ち〜21世紀の君に勇気ありがとう〜 ニッポン放送 2001年10月 - 2002年3月
松山千春のON THE RADIO FM NACK5 2007年7月 - 現在

[編集] タイアップ一覧

曲名 タイアップ
季節の中で グリコ「アーモンドチョコレート」CMソング
第51回選抜高校野球大会開会式 入場行進曲
JRグループ「ナイスミディパス」CMソング
JR東日本「東京NEXT」CMソング
TBS系「改札口」主題歌・挿入歌
生きがい 日本航空「秋の北海道キャンペーン」CMソング
大いなる愛よ夢よ ホクレン農業協同組合連合会企業イメージ広告
ばんえい競馬CMソング
札幌テレビ放送ドキュメンタリー番組「彼方にはフロンティア」テーマ曲
Sing a Song 日本コカ・コーラボトリングス「コカ・コーラ」CMソング
大空と大地の中で 雪印乳業「ウィンターギフト」CMソング
新党大地イメージソング
雪化粧 コロナ暖房機器「SPACE21シリーズ」CMソング
足寄より TBS系ドラマ「改札口」主題歌・挿入歌
夜明け NHK銀河ドラマ小説「家族日記」主題歌
NHKテレビドラマ「海を渡って」主題歌
残照 TBS系ドラマ「三男三女婿一匹」主題歌
風の詩 日本コカ・コーラボトリングス「ファンタ」CMソング
インストゥルメンタル ミズノ・スポーツ「ラッセル」CMソング
日本コカ・コーラボトリングス「ファンタ」CMソング
あなただけの季節 野村證券「野村のエース」CMソング
愛のぬくもり 明治乳業「明治ラブ・エース」CMソング
INTENTIONAL 味の素「ほんだし」CMソング
夕暮れ時の町 味の素「ほんだし」CMソング
Only You TBS系ドラマ「看護婦日記パートⅠ」主題歌
流れ星 TBS系ドラマ「胸さわぐ苺たち」主題歌
眠れない時代 テレビ朝日系「稲尾Q談」テーマ曲
男と女 テレビ朝日系ドラマ「私鉄沿線97分署」主題歌
粉雪 テレビ朝日系ドラマ「私鉄沿線97分署」主題歌
抱きしめたい TBS系「世界・ふしぎ発見」テーマ曲
流浪 TBS系ドラマ「改札口」主題歌・挿入歌
ねえ君 JR北海道「ダイヤ改正・スーパーおおぞら」CMソング
生命 住友生命「愛&愛」CMソング
さくら不動産CMソング
春夏秋冬 サッポロビール「サッポロクラシック」CMソング
あなたのために コロナ暖房機器「床暖パルスシリーズ」CMソング
純-愛する者たちへ- 東映映画「極道戦争 武闘派」主題歌
燃える涙 フジテレビ系ドラマ「千代の富士物語」「千代の富士物語Ⅱ」主題歌
新成トラスト「ゆとりing。・スワンズマンション」CMソング
君を忘れない フジテレビ系ドラマ「みにくいアヒルの子」主題歌
アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング
さよなら テレビ朝日系ドラマ「新撰組血風録」主題歌
です。 ハウス食品「北海道シチュー・北海道グラタン」CMソング
君に フジテレビ系ヒューマン・ドラマスペシャル「最後のストライク〜炎のストッパー・津田恒美・愛と死を見つめた直球人生」主題歌
新たなる旅立ち 北海道文化放送「のりゆきのトークDE北海道」テーマ曲
北風の子守唄 北海道文化放送「のりゆきのトークDE北海道」テーマ曲
一輪の花 テレビ朝日系時代劇「銭形平次」主題歌
申し訳ない テレビ朝日系火曜時代劇「太閤記〜天下を獲った男・秀吉」主題歌
ため息をつかせてよ 映画「海風に吹かれて-Hokkaido-」エンディングテーマ
オロオロ 札幌テレビ放送ドキュメンタリー番組「神々の住む森」テーマ曲
青空 アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング
幸せ アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング
我家 映画「旅立ち〜足寄より〜」主題歌
思ひ 日本テレビ系開局55年記念特別ドラマ「霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち」主題歌
祈り 朝日放送ホップ!ステップ!!シャンプー エンディングテーマ
自分なりに ニッポン放送「ショウアップナイター」エンディングテーマ
生きております アサヒ緑健「緑効青汁」CMソング

[編集] 出演映画

  • 「極道戦争 武闘派」(東映) 映画初出演 第15回日本アカデミー賞優秀助演男優賞・新人俳優賞受賞。中井貴一との共演。

[編集] 自伝映画

  • 「旅立ち〜足寄より〜」(プラスミック・シーエフピー)2008年11月22日(土)から北海道にて先行上映。以降全国でロングラン上映中。

松山千春が23歳のときに自ら書き下ろした自伝「足寄より」をベースに、監督・今井和久、脚本・鴨義信が映像化した作品。1975年に全国フォーク音楽祭北海道大会に出場した際に、審査員の札幌テレビ放送(STV)の竹田健二ディレクターは松山千春の才能をいち早く見い出したものの、同北海道大会の方は落選。竹田健二ディレクターは、札幌テレビ放送(STV)の上司たちを説得し、「北海道のスーパースター」を誕生させるべく、1976年に同局の毎週日曜日午後からの「サンデージャンボスペシャル」内に15分の「千春のひとりうた」コーナーを設けて松山千春をメディアデビューさせた。続いて翌1977年1月25日には、「旅立ち」でキャニオンレコードからレコードデビューを果たし、その後コンサートツアーを開始した。二人三脚で年齢を超越した男同士の友情と深い絆には、誰もが胸を熱くせずにはいられない。竹田がいなければ、本当に今の松山千春はありえなかった。1977年8月27日の函館でのコンサートを目前として、竹田が急性心不全のために36歳で急逝してしまった。とてもコンサートができる状況ではなかったが、プロ歌手としてコンサートは中止せず、コンサートのアンコールにおいて竹田が亡くなったことを発表し、デビュー曲「旅立ち」を会場の観客たちと一緒に歌うところが、最大の見所である(収録会場は相模原市民会館で、千春を見守る会の会員がエキストラで参加した。)。主題歌は松山千春「我家」。

  • 出演俳優

松山千春-大東優介

・竹田健二~千春の才能にいち早く目をつけ、周囲の反対を押し切って彼をテビューさせた札幌テレビ放送(STV)萩原聖人

・松山明~千春の人生に大きな影響を与え続けた父親-泉谷しげる

・河合紀美子~千春の慣れのヒロイン-伴 杏里

・菊池絵里子~千春の姉-尾野真千子

・佐藤耕造(通称・シュガー)~千春の地元の大切な仲聞のひとり-裵ジョンミョン

・高木雪彦~千春の地元の大切な仲聞のひとり-林 剛史

・竹田依子~竹田の妻-奥貫 薫

・西口祐介~札幌テレビ放送(STV)のプロデューサー-石黒 賢

札幌テレビ放送(STV)の番組スタッフ-江口のりこ

・足寄駅長-石田純一

・山本亮治~キャニオンレコードディレクター-斎藤 歩

・全国フォーク音楽祭北海道大会における司会者の喜瀬アナウンサー-佐藤二朗

・杉浦邦雄~札幌テレビ放送(STV)の常務-渡辺 哲

・坂上宏治~千春の引き抜きを画策-津田寛治

・全国フォーク音楽祭北海道大会の警備員-ドランクドラゴン鈴木 拓

[編集] コラム連載

  • 天才松山千春 とにかく言わせろ(2008年1月5日~2月26日、全32回。東京スポーツ

[編集] 主な交友関係・関連人物 (50音順)

  • 明石康…元国連事務次長。
    自民・公明推薦で東京都知事選に出馬の際、応援。鈴木宗男離党前は自民党の積極的な支持者だった。
  • 猪谷千春IOC副会長
    父親が、松山に千春と名づけるきっかけとなった人物。千春が誕生した時に、彼がオリンピックで銀メダルを獲得したことから、千春と名づけられたらしいと松山が語っている。
  • おすぎ
    デビューし上京時、同じマンションに住んでいたことなどをきっかけに親交が深まる。札幌のSTVラジオで、松山のデビュー当時からレギュラーを持っており、デビュー前後の経緯にも詳しい。また、アルバム「時代をこえて」のジャケットの写真をプロデュース。その時の絵が、足寄の実家の屋根の上に掲げてある。松山の実家でコロッケを揚げて待っていたなど、現在もラジオなどでエピソードを語ることが多く、若い頃の松山に恋心を抱いていたことを告白している。
  • 小野伸二(浦和レッズ)
    彼が、松山のコンサートに行って感銘したためにスキンヘッドにしたのは有名な話。松山は「俺も、伸二がやっちゃったときにはびっくりしたよ。」と語った。
  • 柏原芳恵
    曲提供したことで交友がある。
  • 桂竹丸(落語家・ラジオパーソナリティー)
    STVラジオで同じ時期にパーソナリティーとして活動し始めた時に出会う。北海道でのデビュー当時をよく知っており、立場や世界は違えど本音で明け透け語り合える間柄。
  • 喜瀬ひろし…フリーアナウンサー。
    同時代にSTVラジオの人気深夜番組「アタックヤング」などのパーソナリティーで活躍した元札幌テレビ放送(STV)アナウンサー(2007年定年退職)。1975年当時のSTVで、松山が出場した「全国フォーク音楽祭北海道大会」の司会を担当しており、松山のデビューに至る経緯を目の当たりにしている。
  • GLAY
    同じ北海道出身ということもあり、深い親交がある。メンバーには「チー様」と呼ばれている。GLAYがゲスト出演した音楽番組にスペシャルゲストとして松山も出演し、メンバーとの交流歴やGLAYの音楽について語ったこともある。また2007年7月1日に行われたCUE MUSIC JAM-BOREE IN YUBARIにGLAYが出演した際に、松山のヒット曲「長い夜」をカバーし披露した。
  • 権藤博(元中日投手→元横浜ベイスターズ優勝監督→現野球評論家)
    1998年(日本一の時の)横浜監督で北海道遠征時に真っ先に松山へ連絡を入れる。
  • 佐伯三貴
    女子プロゴルファー。佐伯の父親が松山と20年来の親友で、プロ転向後も所属先が決まらず「フリーじゃ格好悪い」と、松山の個人事務所「オフィス・ゲンキ」に入れてもらった。
  • 佐々木主浩(元プロ野球選手、野球評論家)
    松山千春がかつて『加藤晴彦のオールナイトニッポンコム』にゲスト出演した際、当時マリナーズの佐々木に現地時間午前5時に電話をかけたことがあると話していた。
  • さだまさし
    同時期にニューミュージックの一時代を築いたシンガーソングライター。コンサートでは「作詞はさだの方が上である」と、さだを褒めるコメントをしていた。さだはその後も、自身司会のNHK『松山から生放送! 大型連休もさだまさし』でも松山の歌を歌うなどしている。2009年にリリースされたさだのライブ・アルバム『さだまさし35周年記念コンサート FESTIVAL HALL200』のステージ・トークでさだは「スタッフ同士は仲が良いので、(2008年6月に千春が)倒れたときはすぐに情報が来た」という表現をしている。また、脚本家の倉本聰にさだを紹介したのは、当時、倉本に傾倒していた松山で、それがきっかけで「北の国から」の主題歌作成がさだに依頼されることとなった。さだは「千春(もしくは中島みゆき)の方が適任では」と進言したが、結局さだが主題歌を書くこととなった。以来、松山は倉本を「北海道のことなど何も知らないくせに」と罵り嫌悪している。松山とさだの2人で札幌で飲んでいたら、そこへたまたま北野武が入ってきて、結局3人で飲んだ、という事もあった。松山は酒が飲めないので「ずっとコーラを飲んでいる」とさだは語っていた。
  • ジャイアント馬場プロレスラー
    個人的に親交があったかは定かではないが、松山が馬場のファンで、馬場が所属していた全日本プロレス1990年頃の東京ドーム大会の日本テレビのゲスト解説として登場した。
  • 角盈男(元プロ野球選手・コーチ、野球評論家・タレント)
    現役当時より親交があり、今でも毎年コンサートに行き楽屋で挨拶する。
  • 鈴木宗男衆議院議員新党大地代表。
    地元足寄町出身で学校の先輩後輩の仲。鈴木宗男が衆議院議員に初当選する1983年から選挙応援をしている。鈴木宗男が代表である地域政党「新党大地」の名付け親は松山千春。新党大地・鈴木宗男の政治パーティーや勉強会にも顔を出す。松山は鈴木宗男後援会青年部の名誉会長も務めている。2002年からの鈴木宗男疑惑に対するムネオバッシングの際にも一貫して鈴木を援護し続け、自身のラジオ番組などには擁護に対する批判の声があがった。
  • 図越利次…指定暴力団会津小鉄会5代目会長
    京都で行われた図越会長の就任10周年を祝う催しの際には無償で歌を披露するなど、十数年来の付き合いである。個人的な友人である。
  • 竹田健二…札幌テレビ放送ラジオ局(現・STVラジオ)ディレクター
    1975年の全国フォーク音楽祭北海道大会に落選した松山に光るものを感じ、周囲の反対を押し切り彼を自身の番組に起用、全国デビューさせた、千春の人生における最大の恩人。厳しく、移動中に車内で漫画を読んでいた松山に対し「そんなの見る暇あったら車窓を見て感じたことを詞に書け」と一喝した。しかし「東京に行くことはない。お前の好きな北海道で歌い続けろ。あとは俺が全部やる」といい、松山のプロ生活を全面的にバックアップしたが、台本を書いたファーストコンサート「旅立ち」の函館公演のあった1977年8月27日朝、36歳の若さで急逝。
    松山は、自身のコンサートのステージにはいつもバラの花を一輪置くが、これは竹田への追悼の表し。
  • 中井貴一
    前出、1991年公開の映画「極道戦争 武闘派」にて、ともに主役として共演して以来親交がある。
  • 中島みゆき
    千春と同時期にニューミュージックの一時代を築いたシンガーソングライター。ともに北海道出身ということで、かつては両者の比較を、雑誌、ラジオ等がよく企画していた。さだと松山(二人とも髪が薄い)がワカメスープを飲んでいるのを中島が発見し、オールナイトニッポンでネタにしたこともある。関西ローカルのやしきたかじんの番組内において、松山はかつて男女の関係にあったことを匂わせる発言をしたことがあるが、真偽のほどは不明である。
  • マイケル・ジョーダン…バスケットボールの伝説的スター
    ジョーダンに憧れてスキンヘッドにしたのは有名な話。
  • 松山明人…ユニバーサルミュージック(株)クラシックス&ジャズ本部 クラシック部次長
    実弟。クラシック音楽に精通し、180枚組のモーツァルト生誕250年記念企画CDをプロデュース。25万円を超える価格にもかかわらず驚異的なセールスを記録した。
  • 三井浩二プロ野球埼玉西武ライオンズ投手
    地元足寄町出身で学校の後輩。自身の変化球に「チハルボール」なる名称を付けており、交流も深い。
  • 宮地佑紀生
    名古屋のタレント、パーソナリティ。かつて松山に誘われて番組にレギュラーとして出演。また、デビュー前に宮地の番組にもゲスト出演したことがある。今でも聞いてみや〜ちのリスナープレゼントに私物を提供するなど交流が深い。過去、不遇を救われたことから宮地は松山を年下の兄貴として公言、慕っている。
  • やしきたかじん(歌手・タレント)
    長年の親友であり、たかじんの番組にゲストとして出演したこともある。また大阪での松山のコンサートにもアンコールで飛び入り出演している。2006年4月2日放送のたかじんのそこまで言って委員会(よみうりテレビ)では鈴木宗男が翌週の出演に先立ってたかじんにメッセージを送っており、そのなかで「たかじんさんの親友の松山千春さんの…」という趣旨を述べている。ムハハnoたかじん関西テレビ)でも共演をした際一度コンサートに飛び入り参加するとたかじんが名言、同年6月2日のコンサートツアー「我家」大阪厚生年金会館で実現した。(たかじんと松山のふたりで「恋」をデュエットし、たかじんが持ち歌の「やっぱ好きやねん」を歌った)2008年不安定狭心症で入院した時も、病院に見舞いに行った。
  • 山本詔治
    キャニオンレコードのディレクター。その後所属事務所オフィス・パンタの社長。元NEWSレコード社長。元ロンドンレコード副社長。所属事務所オフィス・パンタの名は、同社長の「がに股」=パンタグラフからとったそうである。
    1982年6月に松山との出会いなどを記した「遙かなり」を出版。

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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  1. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』(富澤一誠著、立風書房1979年)pp.166 - 176
  2. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』pp.57 - 62
  3. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』pp.28 - 30
  4. ^ 『松山千春 - さすらいの青春』p.79
  5. ^ 『With t 小室哲哉音楽対論』Vol.4(幻冬舎文庫、1997年)pp.372 - 374
  6. ^ 『With t 小室哲哉音楽対論』Vol.4 pp.377 - 379

最終更新 2009年9月7日 (月) 20:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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