松平乗尹
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松平乗尹
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| 時代 | 江戸時代中期から後期 |
| 生誕 | 安永6年7月4日(1777年8月6日) |
| 死没 | 文政元年5月23日(1818年6月26日) |
| 別名 | 亀三郎、次郎三郎(幼名)、乗畢(別名) 木斎(法号) |
| 墓所 | 林宮寺 |
| 戒名 | 乗尹院 |
| 官位 | 従五位下、対馬守、主水正 |
| 藩 | 三河奥殿藩主 |
| 氏族 | 大給松平家 |
| 父母 | 父:松平乗穏、養父:松平乗友 |
| 兄弟 | 松平乗統、松平乗友、渡辺綱光 松平乗尹 |
| 妻 | 正室:松平近儔の娘 |
| 子 | 永井尚志(長男)、娘(松平某室)、 養子:松平乗羨 |
松平 乗尹(まつだいら のりただ)は、三河奥殿藩の第5代藩主。奥殿藩大給松平家7代。永井尚志の実父である。
安永6年(1777年)7月4日、第3代藩主・松平乗穏の四男として江戸で生まれる。父の隠居後は兄の松平乗友が第4代藩主となっていたが、兄の長男・松平乗詮が渡辺規綱と名乗って渡辺綱通の養子となっていたため兄の養子となり、寛政2年(1790年)3月6日の兄の隠居で家督を継いで第5代藩主となり、寛政3年(1791年)に従五位下・対馬守に叙位・任官し、寛政5年(1793年)に主水正に遷任した。
しかし病弱であり、藩政の実権は隠居した兄に握られ、自らは日光祭祀奉行や江戸城門番役、大坂加番などを歴任しただけにとどまった。享和2年(1802年)12月2日に隠居し、家督は12月6日に甥で養子の乗羨が継ぐこととなった。
文化13年(1816年)5月に出家して木斎と号した。文政元年(1818年)5月23日、奥殿で死去。享年42。
子に、永井氏に養子として入り、幕末に活躍した永井尚志がいる。
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最終更新 2007年12月24日 (月) 09:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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